大人ですから
その次の日の昼。
私は執務室にベッドを持ち込み、いつも通りゴロゴロしていました。
ミリアさんとヴィエラさんはまだ仕事が片付いていないのか、黙々と作業しています。
残りの二人はこの場に居ませんが、それぞれの役割をこなしているのでしょう。
……にしても、毎日のように書類整理に追われて、本当に大変なのですね。
まぁ、だからって手伝うつもりはありませんが。
私の仕事はミリアさんの護衛であって、お手伝いではありませんから。
と言っても、時々遊び相手になっていますが……『子守り』も護衛の仕事に含まれるから仕方ないと割り切ります。
「なぁリーフィア」
「……んぁぃ? なんです?」
ふとミリアさんが私を呼び、ベッドの上でくつろいでいた私は彼女に体を向けました。
「お前、ウンディーネにエルフを運ばせたよな。あいつらはどうしたのだ?」
「んー……ポイしました」
適当な返事にミリアさんとヴィエラさんはコケました。
「ポイしたって……そんな適当に言いおって」
「だって面倒だったんですもの」
「それでは、なぜわざわざウンディーネを使って運ばせたのだ? そのまま魔王城に放置していても良かったではないか」
「まぁ、そうなんですけれど……ずっと放置しているのもうるさいし、私の精神衛生的に良くないので、用事がなくなったから自由にしてあげたんですよ」
「……お前、本当にエルフが嫌いなのだな」
「そりゃあ勿論。あんな奴ら居ない方がマシです」
自分達の利益や目的のためなら、手段を選ばない。
そんな人達を嫌いにならないわけがありません。
「だが、大丈夫なのか? 恨みを持たれたりとかしないのか?」
「それは大丈夫だと思いますよー」
「なた適当に言いおって……だがまぁ、その通りか」
一度エルフに侵入されたこともあり、城だけではなく魔王城下の城下街を見張る警備が強化されたと、ディアスさんから報告を受けました。
特にエルフが危険視され、それらしき人物が発見され次第すぐさま上の方……つまり私達の元に連絡が入る仕組みになっています。
そのためエルフが私に恨みを持って襲ってくることも、城下街に侵入することも困難になりました。
だから私は、余裕を持って大丈夫と言えるのです。
「しっかし、エルフは何の用でリーフィアを訪ねたのだろうな。結局のところ、それだけが分からずじまいだ」
その言葉で、ヴィエラさんがまだミリアさんに何も言っていないことを知りました。
このまま本格的に動き出すまで、エルフと魔女についての話は黙っている予定なのでしょう。
ヴィエラさんがアイコンタクトを取ってくるのを、私は頷きで返します。
「まぁ、エルフの行動が理解不能なのは、今に始まったことではありませんし……何かあっても魔王城に来ることは出来ません。気にしなくても問題はないでしょう」
「そうだなぁ……リーフィアの言う通り、気にしなくてもいいのかもしれないが……」
口ではそう言っているミリアさんですが、何か納得していない様子でした。
「なぁんか、このままでは終わらない気がするのだ」
「ほう? というと?」
「エルフの執着心というのか? あれが尋常ではないような気がしてな。何か大きな目的のために動いている……そんな予感がするのだ」
「意外にちゃんと考えているのですね…………ミリアさんのくせに」
「まぁ、これでも余は魔王だし──って、おいぃ!? 最後の言葉は余計ではないのか!」
偉そうに踏ん反り返ったかと思いきや、急に騒ぎ始めたミリアさん。
椅子から立ち上がり、ズカズカと私の元まで歩いて講義の声をあげました。
「あら? 聞こえていましたか?」
「それはもうバッチリとな!」
「意外と耳が良いのですね〜」
「わざと聞こえるように言ったのバレバレだからな!?」
「えぇ〜? そんなことないですよぉ〜……ねぇヴィエラさん?」
「……私は、仕事で忙しいんだ」
我関せずといった様子で書類から目を話さないヴィエラさんですが、彼女からは「こっちまで巻き込まないでくれ」と言いたげな雰囲気が漂っていました。
つれないなぁと肩をすくめながら、ミリアさんに向き直ります。
「で、何でしたっけ? ミリアさんがどうして子供なのか、でしたっけ?」
「全っ然違うわい! いやそれも気にしているのだが……今は違う!」
そこで迷うから、ついつい弄りたくなっちゃうんですよねぇ。
「まぁ問題はありませんよ。魔族は寿命が長いのでしょう? 一年後には数センチ伸びていますって……多分」
「そういうことじゃなーーーーい!」
ミリアさんが間近で吠えるので、私は耳を塞いでそれを遮断します。
そのおかげと言うべきか、そのせいと言うべきか、ミリアさんが次々と何かを言ってきますが、何も聞こえません。
「あーあー、聞こえなーい」
「このっ……! ヴィエラ! お前からも何か言ってやれ!」
「……わ、私は、仕事に忙しいので……」
ミリアさんは、ヴィエラさんに助けを求めましたが、見事に撃沈。
顔を真っ赤にしながら「うぐぐっ……!」と呻いたと思ったら、意外と大人しく椅子に座り直しました。
これには私も驚きです。
「あら、偉いですね。いつもは我慢出来なくなってギャーギャー喚くのに」
「ふんっ! 余は大人なのだ。この程度のことで怒っていては、示しがつかん!」
「……今朝おねしょしたくせに?」
「なぁ!?」
冷静さを取り戻し始めていたミリアさんは、予想外の言葉が私の口から出てきたことに絶句し、今度こそ私に掴みかかってきました。
「どうして、お前が、それを知っている! 余は必死に隠し──はっ!?」
私はニヤリと口を歪め、それを見たミリアさんは我に返りました。
「お前、まさかカマをかけたのか!」
「いやぁ……今朝偶然にもシミの出来た布団を持って歩いていた使用人の方を見かけましてね? まさかとは思ったのですが……そうですかそうですか。『大人』なミリアさんがおねしょですかぁ」
「お、おおっ、おま、お前……!」
「いえ、別に仕方のないことだと思いますよ? 誰だってミスはあります。ええ、仕方ありませんとも」
つらつらと言葉を並べながら、私は口元に手を当て──
「プフッ!」
ミリアさんを笑ってやりました。
「ちくしょぉおおおおおお!!」
次の瞬間、ミリアさんの絶叫が執務室に木霊しました。
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