どうも魔女です

 魔女だと言ってみれば、ヴィエラさんは見事に呆けた表情を晒しました。


「どうも、魔女です」


「……お、おう……」


 聞こえていない可能性を考慮してもう一度言えば、なんとも曖昧な返事が返ってきました。


 ……まぁ、ヴィエラさんの気持ちもわかります。

 エルフと魔女が関係していると話している中で、仲間が突然「私が魔女です」と言い出したら驚くのは当然でしょう。


「…………どうしてそうなった?」


 とても長い兆候の末に出てきたのは、そんな疑問でした。


「わかりません」


「魔女本人がわかっていないの?」


「ええ、なんかいきなり『お前は魔女に選ばれた』とか言われちゃって……ほんと面倒ですよね」


 あはは〜、と困ったように笑ってみると、めちゃくちゃ変な顔をされました。

 色々な感情がごちゃごちゃになったような顔です。


「そこで面倒だと思ってしまうのが、なんともリーフィアらしいよね」


「だってその通りじゃないですか」


「……まぁ……そうだね」


 魔女って何? って思っているところに「あなたは魔女でーす」とか……え、新手の詐欺ですか?


 ダインさん達は怪しいので、そのまま通報した方が良かったでしょうか?

 ……でも、それさえも面倒ですよねぇ。


「でも、大丈夫なのかい?」


「大丈夫とは、何がです?」


「だって君は魔女になったんだろう? 望んでいなかったとしても、魔女はエルフの里に行くことが決定しているらしいじゃないか。でもリーフィアは今ここに居る」


「ああ、なるほど。そういうことですか……」


 ヴィエラさんの言いたいことを何と無く察した私は、立ち上がって彼女の側まで移動し、深々と頭を下げました。


「え、ちょ、何をしているんだリーフィア!」


「今回の件で、私はあなた方に迷惑を掛けることになりました。その謝罪です」


「リーフィアが謝ることは何も無いって! 頭を上げてくれ。お願いだから!」


「……?」


 予想していたヴィエラさんの反応とは異なることに首を傾げつつ、椅子に座り直しました。


「ったく、急に謝られるから驚いちゃったよ」


「だって、私がエルフの招待を蹴ったから、魔王城にエルフが押し寄せてくる可能性がある。私のせいでミリアさんが危険に晒され、自分達は面倒な仕事が増えることになってしまった。……と言いたかったのでは?」


「……君、私がどんな奴に見えているんだ?」


「え……仕事馬鹿?」


 正直なことを口にすると、ヴィエラさんがその場でずっこけました。


「案外容赦無く言ってくれるね……」


「今までのヴィエラさんを見ていれば、誰もが同じような感想を抱くかと」


「……まぁ、いい。間違いではないからね」


 あ、いいんですね。

 そこら辺は大らかなのですね。


「私は、リーフィアが予想しているようなことは何一つ思っていない」


「えぇ〜? ほんとにぃ?」


「……どうしてそこで疑う!?」


「いや、なんとなく」


「……本当に君と話していると調子狂うなぁ」


 ヴィエラさんは深い溜め息をつきながら、頭を抱えました。


「大丈夫ですか? 頭痛いのなら、頭痛薬出します?」


 素直に心配してあげると、彼女は再び「はぁ〜〜〜〜ぁ……」と溜め息を吐きました。


 人には溜め息を吐くたびに幸せが一つ逃げて行くという迷信がありますが、今のヴィエラさんからは物凄い勢いで幸せが逃げていますね。

 まぁ、それを口に出したらまた溜め息が出そうだったので、これ以上何も言いませんでしたが……。


「とにかく、私はリーフィアが戻って来てくれて嬉しく思う。たとえエルフが襲撃してくる可能性が出たとしてもだ」


「普通ならば、自分達が安全に過ごすために出て行けと言うところですよ」


 特に今は、沢山の国が魔族に対して警戒している状況です。

 これ以上の悩みを抱えたくないと思うのが普通です。

 ……しかも、そういう系の仕事を束ねるのがヴィエラさんなので、今回の件に関しても彼女には多大な負荷がかかることでしょう。


 元を辿ってしまえば、人間の国が魔族を酷く警戒するようになったのは、私が原因でもあります。


 ──この疫病神が!

 と言われるくらいの覚悟はしていたのですが……これは意外でしたね。


「リーフィアは私達のところに帰って来てくれた。それは私達を裏切らなかったということでもある。それなりに信用してくれている証拠だと、私は思っているよ。……違う?」


「まぁ、そうですね」


 共に来るように言われた時、私はウンディーネだけではなく、ミリアさん達とも離れたくないと思っていました。

 再び迷惑を掛けることになるのは心苦しいですが、それでも私は仲間を頼ってしまった。


 ──それはきっと、私なりに彼女らを信用している証だったのでしょう。


「本当はここまで事が大きくなるとは思っていなかったんですよ」


 私が一時的に魔王城を離れたのは、エルフと遠ざけるためでした。……少しだけ、たまには邪魔者無しでゆっくり休みたいなとは思っていましたが、行動の根本的な理由としては前者が一番でした。


 彼らはどう見ても私を必要以上に狙っていた。

 だから私が離れれば、彼らは私を狙って来るのではないかと思い、そして予想通りエルフの別働隊は私のところまでやって来て、そうしたら管理者まで出て来た。


 ついでに魔女だと言われ……結果的に予想していたことよりも大きな事態となってしまった。


 それをヴィエラさんに話すと、彼女は「仕方ないよ」と諦めたように言ってくれました。


「エルフの行動もその目的も、誰だって予想出来なかった。私だって色々と想定はしていたけれど、こうなるとは思ってもいなかったのだから」


 私の考えていたことが全て裏目に出てしまった。

 エルフ達の行動は、それだけ予想外のことだったというわけです。


 仕方ない。と言えばそうなのでしょう。

 彼らが何を考え、何のために行動しているのか。それがわからない今、エルフに対する警戒心はより一層強まりました。


「でも、少し残念だったのかもしれません」


 私はポツリと、そう呟きました。


「私があのままエルフの森に行っていれば、今まで秘匿されてきたエルフの知識の全てが手に入ったかもしれませんでした。そうすれば魔王軍は、人間に対してより有利に立ち回れた可能性がありました。…………でも、そんなこと、今更ですよね」


「……、………………」


「あれ? なんですかその残念そうな顔は」


「い、いや! 何でもないよ!」


「ほんとですかぁ?」


「勿論だとも! エルフの知識より、仲間の方が大切に決まっているじゃないか!」


「…………ほんとにぃ?」


 私の疑いの目を向けられたヴィエラさんは「うぐっ……」と言葉に詰まり、降参したように両手を挙げました。


「本音を言えば、エルフの知識は欲しかったさ。あんな頭でも彼らの技術はかなり重宝されるからね。魔王軍には必要なものだ」


 でも……とヴィエラさんは言葉を続けます。


「そんな知識よりも、リーフィアの方が大切なのは間違いない。確かに知識は欲しかったけれど、そのために仲間を危険な場所に送ることはしないよ」


 言葉の節々に『本当は欲しかった』という気持ちが表れていますが、それでもヴィエラさんは私の方が大切だと言ってくれました。



 今日のところはそれで満足しておきましょう。



「でも、本音は欲しかったんですよね?」


「………………すまない」


「そこは否定して欲しかったです」


「………………ほんと、すまない」

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