遊びの誘い

 あれから一週間。


 私は相変わらず、ベッドで惰眠を貪っていました。

 隣にはウンディーネが横になり、おとなしく私の抱き枕となっています。


 彼女は精霊です。

 形を保つだけで契約者……つまり私ですね。そこから魔力を吸います。しかも上位精霊となれば、かなりの消耗です。

 勿論、ウンディーネはそれを心配していました。


 でも、私にとってはそんなものどうでもいいです。


「この抱き心地に比べれば、安い消費ですよねぇ……」


「うぅ……恥ずかしいよぉ」


 もう一週間も経つというのに、ウンディーネはこの恥ずかしさに慣れていないようです。

 そろそろ慣れていいのではないかと思うのですが、この子は超が付くほどの恥ずかしがり屋で、極度のあがり症です。いくらやっても慣れることはないのでしょうね。


 ──コンコンッ。


 でも、そんなウンディーネの恥ずかしがる姿も可愛いので、このままで良いとも思ってしまいます。

 なんか微笑ましくなるんですよねぇ……。これを母性というのでしょうか?


 ──コンコンッ!


 おそらく、ウンディーネがこの羞恥に慣れてしまったら、少し寂しくなるのでしょうね。

 ……ああ。想像しただけで哀愁感が。


 ──ドンッ!!


「り、リーフィア?」


「はい、なんですか?」


「誰か、来ているけれど……出なくて良いの?」


「はい、出なくて良いです」


 どうせろくなことではないでしょう。

 なので、絶対に出ません。出たくありません。


「でも──」


「出たらウンディーネを嫌いになります」


「絶対に出ない……!」


「よし」


「──よし、じゃなぁーーーーい!」


 ドカァンッ! という轟音。

 案の定、扉はぶち破られました。


「定番になっていますねぇ……いやぁ、勘弁して欲しいのですが?」


 私はベッドから起き上がり、扉を壊す常習犯に文句を言います。


「それで、何の用です? 遊びに来たんですか?」


「そうだ!」


 うっわ。言い切った。

 どうせ「違うわい!」と言われると思っていたのですが……これは予想外です。


 私はこめかみに手を当てます。


「子守なら他を当たってくれます?」


「誰が子守だ!」


 そこは予想通りに反論してきましたね。

 ……ですが、ミリアさんの遊び相手になる、イコール、子守では? と言ったら、また何か言われてしまいそうですね。


「お帰りください」


 私はそう言い、扉を…………ああ、壊されたのでしたね。


「──まぁ、遊んであげてくれ」


 そこで新たに登場したのは、ヴィエラさんです。

 彼女は困ったように、私に笑いかけてきます。……いや、そんな感じで笑われても心は動きませんよ?


「あなたが出てくるのは珍しいですね……それで、遊んであげてくれとは?」


「言葉の通りだよ。今日は珍しく早めに仕事が終わってね。暇になったミリア様は、君と遊びたいと言ったんだ。……ふっ、好かれているね」


「いや、これっぽっちも嬉しくないです」


「なぁ!?」


 ミリアさんは「そんな馬鹿な!」と言いたげに私を見つめますが、私はそれをあえて無視しました。面倒なので。


「ヴィエラさんも暇そうにしているのですから、彼女に遊んでもらえば良いではないですか」


「余はリーフィアが良いのだ!」


 そんなにはっきり言っちゃうんですね。

 ほら、ヴィエラさんが泣き出しそうな顔をしていますよ。こっちも少しだけ申し訳なくなります。


 ……にしても、本当に懐かれましたね。

 自分で言うのはなんですが、サボることしか考えていない私のどこが良いのでしょう。私が思いつく自分の良いところなんて『美人』という点だけですよ?


「とにかく面倒なので、お引き取りください」


「おおぅ……ついに面倒だとはっきり言いおったな」


「こうでも言わないと帰ってくれないでしょうから」


 だからほら帰った帰ったと、私はしっしっと手を振ります。


 すると、途端にシュンとなるミリアさん。


「リーフィアは、そんなに余のことが嫌いか?」


 うぐっ……そこで上目遣いはずるいですって。


「嫌いではありませんよ」


「……なら!」


「でも、それとこれとは別問題です」


 私はミリアさんのことが嫌いではありません、むしろここまで慕う相手はいないくらい、好きな部類だと言えるでしょう。

 ですが、私は眠りたいのです。それだけは邪魔することを許しません。それが例えミリアさんであろうとも、私の欲望だけは邪魔させません。


「リーフィア、うちは……遊んであげても良いと、思おうよ?」


「ウンディーネ……」


「これじゃあ、ミリアちゃんが、可哀想。ミリアちゃんの悲しい顔を見るのは、嫌だよ……」


 ミリアさんとウンディーネ。

 両方から挟まれ、私はたじろぎます。


「はぁ〜〜〜〜ぁ……わかった。わかりましたよ」


 私は長い溜め息の後、お手上げだと両手を挙げました。


「休暇、二日分ですからね」


「──うむ!」


 花が咲いたような笑顔を浮かべ、ミリアさんは一瞬にして上機嫌になります。


「ありがとな、リーフィア! ウンディーネ!」


「よかったねミリアちゃん!」


 二人は手を取り合って喜びます。


 ヴィエラさんはそれを見つめ、私に「それじゃあ、よろしく頼んだよ」と言って去って行きました。

 ……おそらく、彼女はまだ事務作業が残っていたのでしょう。それなのにミリアさんの遊び相手を頼むために来るなんて、あっちが一番ミリアさんのことを甘やかしていますよね。


「では、遊ぼう!」


 ミリアさんは私の手を取り、廊下を走り出しました。

 私はそれに従い、ウンディーネはその後ろを浮遊して追いかけます。



 ……予定外のことが起こってしまいました。

 でもまぁ……その代わりに二日分の休暇を頂けたので、今回はそれで良しとしましょう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る