予想外のダメージです

 戦闘で大活躍してくれたウンディーネは、想像以上に魔力を消費したということで、休息のために森に帰ってしまいました。


 あっという間に終わってしまいましたが、彼女は魔王軍全勢力の攻撃を、たった一人で防いでくれたのです。

 一番の功労者は、間違いなくウンディーネでしょうね。


「さぁ、終わりましたよ?」


 観客となっていた御三方に、私は声を掛けます。


「……いや、想像以上だ」


 ミリアさんは呆れたように、そう言いました。

 私がそれなりに強いということは知っているはずですが、今回はそれを凌駕していたらしいですね。


 まぁ、それも当然です。

 前回……ヴィエラさんと戦った時は、ウンディーネ抜きで戦いました。彼女は、ああ見えて高位な精霊です。今回のように楽勝で勝つことは、当然のことなのですよ。


 私一人でも魔王軍兵士程度ならばどうにか出来ましたが、もう少しだけ派手な戦いになって余計に疲れていたことでしょう。

 つまり、ウンディーネが居てくれたおかげで、私は余計に疲れなくて済んだのです。もう愛してる。


『ち、ちょっとリーフィア……!』


『いやですねぇ、冗談ですよ冗談』


 全く、ウンディーネは恥ずかしがり屋さんなんですから。

 ちょっとの冗談で興奮しすぎです。


「まさか、全員大した攻撃も与えられずに気絶とはな……俺も頑張って鍛えてやっていたつもりだが、まだまだだったか。もっと死ぬ寸前までやった方がいいのか?」


 ディアスさんはちょっとへこんだ様子でそう言い、兵士を一人一人、運んで来たであろう馬車に詰め込んでいました。

 ……帰って意識を取り戻したら、きっと地獄のような訓練が待っていることでしょう。私の知るところではありませんが、少し合掌でもしておきましょうかね。


「では、私は帰りますね──っと、なんです?」


 用事も終わったのでさっさと帰って眠ろうかと思っていたところで、ミリアさんが目の前に立ちはだかりました。


「あ、もしかして帰りも運んでくれるのですか? いやぁ、悪いですねぇ。お願いします」


「ちゃうわ!」


 差し出した手を、バシンッとはたき落とされました。ちょっとヒリヒリする手を摩りながら、何をするんだと視線で訴えます。

 どうやらミリアさんは、セルフタクシーになるために立ちはだかったわけではないようです。では、何の用でしょうか? ……と言っても、何となく予想は出来るんですけれどね。


「お前、これをどうするつもりだ?」


 そう言って指差したのは、等しく気絶している兵士達でした。


「知りませんけど?」


 私は戦えと言われたからその通りにしただけで、その後のことなんて何一つ了承していません。どうにかしろと言われても困ってしまいます。


 この量です。全員を回復させるのもめんど……骨が折れますからね。

 運ぶのなんて以ての外です。出来ないわけではありませんが、絶対にやりたくありません。……ええ、流石にこれは素直になります。マジで面倒臭いです。


「手伝うことは……」


「しませんけど?」


「あ、そう……」


 ガクリと崩れ落ちるミリアさん。

 本当に残念そうにしていますが、どれだけ私に期待していたのでしょうか?


「むしろすると思っていたのですか?」


「…………いや、絶対にやらないだろうなぁと思っていた。だが、リーフィアに残っていた少しの良心を期待したのだ」


「ふっ……淡い望みでしたね」


「クソが」


 最近、ミリアさんの口が悪くなっている気がします。

 誰に影響されてしまったのでしょうかね? こんなにも口調が優しい私がいると言うのに、迷惑な話ですよ全く……。


 でも、流石にお子様がこの口調は問題ですよねぇ。

 ……まぁ、そこはお母さん役ヴィエラさんに任せるとしましょう。


「ってことで私は帰りますね」


「あ、おい!」


 制止するミリアさんを無視して、私は風に乗って飛び上がります。

 向かうは私室。私の楽園エデンにして、至高のベットちゃん。私の脳内には今、そのことしかありませんでした。


『ねぇ、リーフィア……?』


 と、ウンディーネから念話が飛んで来ました。

 私は空を飛んだまま、それを繋ぎます。


「はい、どうしました?」


『……本当に、あのまま放置しちゃって良かったの? 後で怒られたりしない?』


 ウンディーネは良い子です。

 片付けを放って置いて来た私と、ミリアさん達との仲がギクシャクするのでは? と心配しているのでしょう。


「良かったんですよ。別に手伝わなくても、問題はありません」


 だって私が言われたのは、兵士達との戦いです。

 その後は『二週間の休暇』が待っているだけです。


 なので私は、私の仕事を終わらせたのです。

 残っているのは勝手にあっちが用意した兵士です。手伝う義理はありません。それだけの話です。


 それを説明すると、ウンディーネは渋々とした様子で納得しました。


『……そう、なのかな? でも……リーフィアがそう言うのなら……』


「ええ、私がそう言うのですから、そうなのです」


『でも、本当は面倒なだけなんじゃないの……?』


「──っ、ゲフンゲフンッ!」


 ウンディーネが的確な急所を突いてきました。

 まさか彼女にこれを言われると思っていなかった私は、図星で激しく咳き込みました。


 思わぬダメージ……と言うのでしょうか?

 それを食らったような感覚ですね。まさかウンディーネからそれを受けるとは、夢にも思っていませんでしたが……。


『ご、ごめん! 大丈夫!?』


「いえ……別にウンディーネは悪くありません。気にしないでください」


 いきなり咳き込んだ私を心配したのか、森の帰ったはずのウンディーネが姿を現し、私の顔を覗き込んできました。

 その表情は泣きそう……というか半泣きになっていました。慌てて不慣れな回復魔法まで施してくれていますが、残念ながら精神的なダメージは癒せないのですよ。


『本当にごめんね? 私が余計なことを言ったから……』


「だから気にしないでくださいと言ったではないですか。ウンディーネは何も悪くないですよ」


 むしろそんな純粋に心配されると、私の心が抉れます。

 なのでもう心配しないでください。自分の汚さで死にたくなりますからぁ……。


『でも、やっぱり申し訳ないよ……』


 このままでは平行線ですね。

 ならば、ちょっと私の役にたってもらいましょうか。

 それが彼女の望む『罰』でしょうから。


「…………はぁ……わかりました。では、罰として二週間の間、私の抱き枕となってもらいましょうか」


『えっ……?』


 ちょうど二週間の長い期間を一人で過ごすのは寂しいなと思っていた頃でした。

 ウンディーネが一緒に眠ってくれるのであれば、私も嬉しいです。


「嫌ですか?」


『で、でも……いいの……?』


「……嫌ですか?」


『──ううん! 嬉しい!』


 とびっきりの笑顔で、ウンディーネはそう言いました。


 ……全く、嬉しがったら罰にならないではないですか。

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