歯車は少しづつ回ります

 それはいつも通りに私が執務室でお昼寝……もといお仕事をしていた時のことです。


「そういえば聞いたか?」


 今日も書類作業に追われていたミリアさんが、不意に声を上げました。


「何のことです?」


「ボルゴース王国のことだ」


 ボルゴース王国は、私がちょっと前にスパイとして潜入していた国です。

 魔王であるミリアさんを暗殺(笑)しようとして失敗に終わり、最後はミリアさんの手によって滅ぼされました。


 完全にその話は終わったと思っていたのですが……今更その国の話題が出てきて、私は横になっていた体を起こしました。


「そこがどうしたのですか? まさか国王生きていました?」


「いや、国王は余が殺したからな。生きているなんてことは、まずあり得ない」


「では、何のことなんです?」


「その国の背後にあった周辺国家のことだ」


 周辺国家……そういえば何個かあると国王が言っていたような気がします。興味が無いので半分以上は聞き逃していましたが、やはり元は偉大な国家であったが故に、昔はかなり支持されていたようですね。


「ボルゴース王国が一晩で滅んだことで、人間達は魔王軍に対しての警戒を強めたらしいぞ」


「……ほぅ……案外バレるものですね。生き残りでも居たのでしょうか?」


「違う。ただの当て付けだ」


「はぁ?」


「ボルゴース王国は大きな国だ。それ故に同じような大国だろうと無意味に喧嘩をふっかけることはしない」


 まぁ、そうでしょうね。

 今は魔物や魔族という『明確な敵』がいるわけですし、人間同士で争っている場合ではありません。

 それはどんな馬鹿でも理解しているでしょうし、あの馬鹿国王でもわかっていることでした。


「なのに、ボルゴース王国は滅んだ。だから多分魔王軍がやったのだろうと推測したのだろうな」


「……なんですか、それ。嫌な事件は全部魔王軍のせいですか?」


「残念ながら、そういうことになるな」


 何だそれ。と呆れると同時に、納得している自分がいました。

 人間はどんな溝があれ、今は互いに協力していかなければなりません。だから、共通の敵を作った方がやりやすい。

 今回のボルゴース王国の件も魔王軍のせいにしてしまって、もっと協力関係を結ぼうというのが、各国の考えなのでしょう。


 迷惑だとは思いますが、実際にやったのは魔王軍なので文句は言えませんね。


 でも、本当にこちらが関係ないことで罪を背負わされたら? それは本当に迷惑なことです。調べるのなら、ちゃんと徹底的に調べて欲しいものです。

 ……まぁ、証拠が残らないよう、全てを燃やしたのはミリアさんですけど。


「魔王軍の脅威は今、飛躍的に上がっているというわけだ」


 困っちゃうなと、ミリアさんは笑いました。

 この状況で笑えるということは、もう慣れっこなのでしょう。


「今回のことで、全ての人間が一斉に攻めてくる可能性は?」


「まず、無いだろうな」


 ほう、言い切りますか。


「人間がその作戦に乗り出すには、まだ不十分だ。どうしてかわかるか?」


「……ふむ……金と手数ですかね?」


「おお、正解だ」


 魔王軍と戦うということは、軍を、人を動かすということになります。

 それには莫大な費用が必要となるでしょうし、真っ正面からの戦争では被害も大きくなります。とにかく金と、手数が足りない。


 国家同士が協定を結ぶとしても、やはり上下関係はあります。如何に戦争の被害を少なくするか、他の国家に費用を負担させるか。それを上は相談しているのでしょう。


 それでいて戦果を欲しがる。

 戦いで一番貢献出来れば、他の国に大きい顔が出来ますからね。一番欲しがるのは、間違いなくこれでしょう。

 ボルゴース王国は魔王を単独で討伐したという成果が欲しくて、失敗しました。同じ轍を踏まないよう、人材の強化をするはずです。勿論、それにもお金はかかりますね。


 それでいて魔族の住む魔族領は、人の住む大陸から海を渡らなければなりません。

 全ての兵士を送り込むだけの船が必要ですし、船を動かす人材も必要となってきます。……これにも金がかかる。


 費用を無理して削減しようとしても、逆に人間側から不満が出るでしょう。

 ただでさえ働くのは嫌なのに、ボランティアも同然に命を賭して働かされるのですから、離反だって起きてしまうかもしれません。

 だからって装備に掛ける費用を軽減すれば、弱くなって勝率が落ちる。


 ……お金とは、ちょうどいいバランスで成り立っているものですね。


「所詮は金ですねぇ……」


「妙にカッコつけんでいい。だがまぁ、それによって我が魔王軍は助かっているのだ」


 それについては否定しません。


「ですが、万が一の場合を見越して、こちらも警戒する必要がありますね」


「それについては心配ない。現在、ディアスが兵士の強化を行っているし、アカネが魔族領中の村を回って警戒するようにと促している。ヴィエラはその処理に回ってくれているから、混乱も少ない。何か急なことがあっても、即時対応は可能だろう」


 なるほど。最近忙しそうに書類整理をしていたのは、それが理由でしたか。

 たった三人で混乱を抑えているというのは、かなり凄いことだと思います。その代わりハードワークになっているのは否めませんが、よくやっている方だと思いますよ。


 ……え、私?


 私は魔王様の護衛ですもん。

 ちゃんと働いていますよ。ええ、ちゃんと。


「……して、その話を私にするということは?」


「うむ、もしものことがあった場合、リーフィアにも協力を頼みたい」


「……はぁ、わかりました……」


「なんだ? 案外素直に受け入れるな。絶対に反抗されるかと思っていたのだが?」


「私だって必要時は動きますよ。ミリアさんに死なれるのは嫌ですし、住む場所がなくなるのも困りますからね」


 ミリアさんを守るというのは、アカネさんとの約束でもあります。

 約束を違えることはしたくないです。


「……面倒ですけどね」


「やっぱり面倒なのだな」


「そりゃ勿論。なるべく最悪の事態にならないことを期待しています」


「またスパイを頼むかもしれぬなぁ?」


「その場合は二ヶ月の休暇と、ミリアさんが面白半分で遊びに来ないことを約束していただければ考えます」


 ほんと、魔王が来ると聞いた時は珍しく焦ったんですからね。

 もうあのようなことが無いのであれば、また他の国でスパイをやるのも悪くありません。


「余達の監視が無いから、好きにサボれるとか思っていないよな?」


「…………(ギクッ)」


「おい、こっちを見ろ。おい」


「……………………」


 も、黙秘権を行使します。

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