幼稚園児が居ます
「ねぇリーフィア。ちょっと手伝ってくれるかい?」
いつも通り執務室にベッドを運び込み、私がその上で横になっていると、ヴィエラさんが近寄って来てそう言いました。
億劫だという表情を隠さずに顔を上げ、私は一言。
「嫌です」
「即答か……」
ヴィエラさんは肩を竦めました。ですが、そこまで残念そうにしていません。きっと断られるのを覚悟してのお願いだったのでしょう。
ここで了承すればすごく喜んだのでしょうけれど……残念ながら私は、そんなに優しくありません。
なぜ手伝ってあげないのかって?
「だって私の仕事じゃないですもん」
私の仕事はミリアさんの護衛。書類作業は専門外です。それにミリアさんの様子を見ていれば、絶対に面白くないのはわかりきっていることですから、どんなにお願いをされようとも引き受けるつもりはありません。
「まぁ、そうだけど……ちょっとやることが立て込んでいて、手伝ってくれると嬉しいんだけど」
「えーーーーー?」
「そんな露骨に嫌がらなくても……」
まだ強制じゃないところが優しい職場ですけど、嫌なものは嫌なんです。
別料金があるならやりますけど。
「代わりに明日から一週間休んでいいから」
「やりましょう」
今日の仕事が増えるだけで、一週間も休める?
やらない理由が無いです。
こんなお願いを拒否するなんて、そんな馬鹿な人がいるんですか?
「何をやればいいのでしょう?」
「ミリア様の報告書一ヶ月分のチェックだよ」
「うっわぁ、めんど……」
「そう言わずに……よろしく頼むよ」
まぁ、一度了承してしまったものは仕方ありません。
次からは仕事内容を聞いてから考えるようにしましょう。
それでも一週間の休暇というのは魅力的に感じられますけどね。
「報告書と言っても、ミリア様がその日に何をしたか纏めてもらったものだから、適当に流し読みでも構わない。わからないことは無いと思うけれど、もし何かあったら声を掛けてくれ」
「へぇー……ミリアさんがその日に何をしたか、ですか」
チラッと横目にミリアさんを見ます。彼女は大量の書類を捌くのに集中しているのか、こちらの会話が耳に入っていないようでした。
あのわがまま魔王がどのような生活をしているのか、気にはなります。
「ふむ……どれどれ?」
ドサッと目の前に置かれた報告書を、ベッドで横になりながら読みます。かなりの量ですが、私の速読があればすぐに終わります…………が、折角なのでゆっくり読むことにしましょう。
一枚目は、今からちょうど一ヶ月前のものらしいです。
『5月17日。今日は暇つぶしに城下街へ行った。楽しかった』
『5月18日。今日も城下街に遊びに行った。我が民に屋台の品を奢って貰ったぞ』
『5月19日。ヴィエラに捕まった。頑張って仕事した』
『5月20日。城を抜け出して街の子供達と遊んだぞ!』
『5月21日。今日は楽しみにしていた新商品の発売日だ! 美味しかった!』
『5月22日。子供達と追いかけっこを────
…………。
……………………。
………………………………。
──ブンッ!
「ぎゃあああああああ!!?!??」
無言でぶん投げた書類の束が、ミリアさんの顔面に直撃しました。
かなり本気で投げたので、ダメージは相当なものとなっていることでしょう。
「な、なな何をするリーフィア!?」
案の定ミリアさんは声を荒げ、私に文句を言いながら詰め寄って来ました。
「仕事をしていたはずなのに、なぜか子供の日記を読まされていることに腹がたっただけです」
「なんだとぅ!? 誰が子供か!」
「むしろこれを読んで、それ以外に何を感じろと?」
もしかして……いやまさか……流石に魔王なのだから、ちゃんとした報告書を作っているはずです。と思っていた私の期待を返してください。
むしろそれ以上に酷い日記が出てきて驚いています。
なぁんで魔王はちゃんとした報告書すら作れないんですか。
ブラックで働いていた時も、よく新人の人が酷いものを作ってきたことはありましたけれど、流石にここまで酷くはありませんでした。
「子供じゃないもん! 余は子供じゃないもんっ!」
この大人の執務室に幼稚園児が居ます。
……誰ですか子供を連れてきたのは。連れてくること自体に文句は言いませんが、ちゃんと大人しく座らせてください。私が確認するはずの書類に、関係のない日記が混ざっているではないですか。
「ヴィエラ! ヴィエラ!」
「…………」
「ヴィエラぁ!?」
ヴィエラさんは集中して仕事をしていますよと言いたげに、手元の資料から絶対に目を離しません。
でも、時々耳がピクピクと動いているのを私は見逃しません。あれ、絶対に聞こえていると思うのですが……面倒事になるのを察知して無視するつもりですね?
「ヴィエラさん……あれ? ヴィエラさーん? ……おかしいですねぇ。ちょっとわからないことがあったので質問をしたいのですが、忙しいのでしょうか? あの真面目なヴィエラさんのことです。まさか無視なんてしませんよねぇ?」
「…………なんだい、リーフィア」
「これ、いつもの報告書と同じですか?」
「ああ、そうだ」
「うっわまじか……」
「おいこら! まじか……とはなんだ!」
ミリアさんがピョンピョンと跳ねながら抗議の声をあげますが、私とヴィエラさんは気にしません。
「これ、問題だらけだと思うのですが……まさか正常ですか?」
「ああ、そうだ」
「終わってますね」
「終わってるとか言うなぁ!? ……ぅ、わああああああん!!」
ついにミリアさんは目元に涙を溜め込み、それが決壊すると同時に部屋を出て行ってしまいました。
例のごとくその後を追いかけるヴィエラさん。
私は、また部屋の中に一人となってしまいました。
「よいしょ……」
もう何も思うことはない。
私はベッドに戻り、布団に潜り込みます。
ふぅ……おやす────
「リーフィア! 眠っていないで追いかけるの手伝ってくれ!」
「…………はーい……」
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