閑話 勇者の一歩
俺、
前までは普通の高校生として、友人達と退屈な授業を受けていた。
そんなある日、俺は不慮の事故で命を落とした。
まだ十分に生きていないのに、こんなにも呆気なく俺は死ぬのかと、薄れ行く意識の中でそう思った。
でも、もう助からないのだろう。自分のことは、自分がよく知っている。
そうして俺は死んだ──と思ったら、見知らぬ場所にいた。
周囲には黒いローブを纏った人達。
地面には変な紋章らしきものが描かれていて、怪しく脈動している。その上に俺は座っていた。
「おお、よくぞおいで下さいました
「勇者……? 俺が? ……何のことだ?」
「……ふむ、やはり混乱しているか。勇者様、お名前は?」
「俺、は……幸樹。
その後、どうやらここは『異世界』ということが判明した。
そして俺は、この人達に『勇者』として召喚されたらしい。
ただの勇者ではなく、俺は『剣の勇者』なのだとか。つまり、剣を使うことに補正が掛かるのだと説明してもらった。
どうして俺が? と思った。
俺は特殊な力なんて持っていない。高校生だった俺が、この世界で勇者?
……そんなの夢物語のようだ。
しかし夢ではなかった。いくら日が経っても、夢は覚めない。王城で借りた部屋のベッドで目覚めても、異世界のベッドの上だった。
俺が異世界に来てから、一ヶ月が経った。
流石に一ヶ月も異世界で生活していれば、慣れる。
どうやら俺は、本当に勇者らしいということも理解した。
でも、この世界に来て一度も、勇者らしいことをしていない。
ずっと王城にいて、国王の小間使いのようなことばかりをしている。
勇者らしいことをしなくて良いのか? と国王に何度か質問しても、どうやら俺は勇者としてまだ弱いらしく、修練をする必要があるのだとか。
なら早く修練させてくれと頼んでも、修練することのできる騎士長が遠征していると言われる。
不満はあった。
それでも住む場所を貸してもらっているのだからと我慢した。
そんな時、ヴィジルの樹海にあるエルフの里が滅んだと報告が転がり込んできた。
近くに魔族領があるということで、魔王軍の仕業かもしれない。
まだそれが判明されて短いので危険だが、『エルフの秘術』というものを調べる良い機会らしく、すぐに調査隊を派遣する予定だと、国王は言っていた。
エルフの秘術がどんなものなのかを聞いても、誰もが口を揃えて「知らない」と答える。
何だそりゃと思いながら詳しく聞こうとするけど、『遙か昔の対戦でエルフがのみが用いた大魔法』ということしかわからなかった。
それを知ることができれば、人は魔族に勝つことができる。
みんなはそう思っているみたいだけど……どうしてそこまで何も知らない秘術に頼ることができるのか。俺はそれが不思議だった。
それは平和な世界にいた地球人だからこその考えなのか……それがわからなかったので、それは内心に秘めておくことにした。
それはそうとして、俺はその調査隊に選ばれた。
魔王軍が関わっているのだから、俺が入るのは当然だろうとのことだ。
……当然も何も、勇者だろうと俺は何の力も持っていない。
そう思うのは、俺が戦ったことがないからだろうけれど、それでも戦い慣れた相手に勝てるとは思っていない。
魔王軍の邪悪さは知っている。
国王から何度も聞かされた。
正直怖かったけれど、勇者なのだから頑張ろうと自分を奮い立たせる。
それに、初めての外だ。
緊張するのは当たり前だった。
そしてエルフの里に辿り着いた俺達は、魔王軍の幹部と遭遇してしまった。
魔王幹部ヴィエラ・シーナガンド。
魔王軍の参謀を務めている重要人物で、炎を纏う双剣使いらしい。
最初の仕事で魔王幹部と出会う不運を呪ったけれど、幸いなことに向こうは俺達に気が付いていなかったため、不意をついて大ダメージを与えることができた。
もう少しで魔王幹部を倒せると思っていたところ、邪魔が入った。
太陽のように輝く金色の髪。
透き通った鮮やかな緑色の瞳は、どこか憂鬱気に見える。
人間とは違う尖った耳。
エルフという種族の女性だ。
でも彼女は、本にあった姿以上に美しく、俺はそのエルフに目を奪われていた。
地球にいた時も、クラスメイトに美人はいた。
けれど、それが霞むほど彼女は綺麗で、これが高嶺の花なのだろうかと、似合わないことを思ってしまった。
今思えば、それは一目惚れだったのかもしれない。
この人から目が離せない。離したくない。そんな気持ちが胸を支配した。
彼女は魔王幹部を一瞬で消し、何事もなかったように去ろうとした。
気が付いたら俺は、彼女の腕を掴んでいた。
彼女の名前は『リフィ』というらしい。
彼女との出会いから、驚きの日々だった。
リフィさんの考えは、周りの人とは全く異なるものだった。……まぁ、極限の面倒臭がりというものあるけど、時々深い言葉を呟いている。彼女は一体何者なのだろう。そう思って彼女のことを観察しようとしても、やはりずっと眠っているだけで、ただの堕落者にしか見えない。
でも、それだけには思えない雰囲気がある不思議な人だった。
そんなある日、魔王が来た。
どうやら国王が招待したらしく、表向きは友好を築くためだと言っていた。
隠すことなく『表向き』と言っている辺り、何か裏があるんだろうとは思っていた。
魔王ミリアを殺し、魔王討伐の勲章をこの国だけのものとする。
そんな単純な理由で、国王は動いていた。
そしてそれは、協力者であるはずのリフィさんによって、呆気なく明かされることになった。
その時の国王の焦った表情は、素人の俺でもよくわかった。
でも、その後にもっと驚くことが判明した。
それはリフィさん……いや、リーフィアさんが魔王幹部だったということだ。
俺達を騙したのか。
そんな怒りと戸惑いの感情が渦を巻いた。
……思えば、不思議だった。
いきなり魔王と仲良くなっていたり、それから妙にこそこそと動いていたり、あの怠け者のリフィさんが魔王ミリアのわがままに付き合っているのが……。
でもそれが自然に見えて、あまり気にはならなかった。
今思い出してようやく不思議に思った程度だ。
「古谷さんは私が──殺しましょう」
気だるげに立ち上がったリーフィアさんからは、普段の様子からは感じないほどの圧力を感じた。
これが殺気なのだろうと理解するのと同時に、本当に彼女は魔王幹部なんだと理解する。そして俺は、好きだった女の人に殺されそうになっている。
「くっ、俺は、どうすればいいんだ……!」
「それはあなたが決めることです」
ああ、この目だ。
この人の曇りなき目が、俺を迷わせる。
どんな時も彼女には迷いがなかった。
それが彼女の強さで、本当の姿なのだろう。
死にたくない。
でも、ここで逃げたとして俺は、今後もこの人と対等に話せるのだろうか。
この人に言われたことに気づき、俺なりの勇気が出た時、この人に俺の気持ちを言えるのだろうか。
──ここで逃げるということは、最後のチャンスから逃げることと同じだ。
ここで俺がどんな選択をしても、彼女は変わらない。
でも、情けない姿だけは見せられない!
俺は震える体に鞭打ち、剣の切っ先をリーフィアさんに突きつけた。
「残念です」
そう言ったリーフィアさんは、憂鬱に腕を上げた。
その手に魔力が収束していく。
きっとあれは、俺を殺すのに十分な威力だ。
彼女は宣言通り、魔王の敵となる勇者を殺そうとしている。
そんな雰囲気を、肌に感じた。
いつもと変わらない透き通った瞳は、やはり迷いがない。
「さようなら」
無慈悲に放たれた魔力の奔流。
視界が光で埋まる直前まで、俺は彼女から目を離さなかった。
ゆっくりと奔流が迫る最後──リーフィアさんの口元が微かに動いた。
俺はそこで意識を失った。
◆◇◆
「……っ、う、ぅ……ここ……は……?」
気が付いたら俺は、野原の上で横になっていた。
身体中に響く鈍痛に我慢しながら、どうにか体を起こす。
見覚えのない場所。
真夜中なので遠くまでは見えなかったけど、周りには人どころか、森すらもなかった。
「俺は、リフ……リーフィアさんに殺されそうになって……どうして、生きている?」
理由はわからない。
「……ん、これはなんだ?」
俺のすぐ横に何かが置いてあるのを発見した。
遠くを見すぎて、今までそれに気が付かなかった。
麻袋と鉄の剣だ。
袋の中を開くと、そこには大量の金貨が入っていた。
「もしかして……リーフィアさんが?」
根拠はない。
でも、そうなのではないかと思った。
俺はそれらを持って立ち上がる。
まだ身体中は痛いけれど、こんな場所で寝転がっている場合ではない。
生きているのなら、好都合だ。
おそらくあの国は、魔王達によって滅んでいるのだろう。
帰る場所はないけれど、これからは自由だ。
俺は勇者だ。
でも、もう何にも縛られることはない。
「古谷さんはどうしたいんですか?」
リーフィアさんの言葉を思い出す。
「……ああ、そうだな」
──また会いましょう。
あの時、全てが光に包まれる瞬間に言われた一言。
「いつか必ず……あなたに、会いに行きます」
それを果たすため、俺は一歩を踏み出した。
これが剣の勇者、
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