長い歴史の終わりです

 ボルゴース王国は今、業火に包まれていました。


 私達は少し離れたところに移動し、ミリアさん達が乗ってきた馬車の中から、その様子を見ていました。


「ふははー、汚物は消毒だー」

「何を言っているのだ?」

「……いえ、ちょっと言ってみただけです。気分ってあるじゃないですか」

「すまん。意味わからん」

「はい、私も自分が何を言っているのかわかりません」

「えぇ……?」


 めちゃくちゃ変な顔をされました。

 そんな「余の配下大丈夫か?」というようにマジ心配しなくてもいいじゃないですか。


「……なんじゃ、思ったよりも落ち込んでいないようじゃな」


 そう言うのはアカネさんです。


「落ち込んでいる、ですか?」


 私は落ち込んでいるように見えていたのでしょうか?

 もしそうだとしても、なぜそう見えたのでしょうか?


「私は落ち込んでいませんよ。むしろ、ようやく帰れると気分アゲアゲです」

「……そうか。お主がそう言うのであれば、妾は何も言わんよ」


 そういうのは自分で気づかないと意味がないからのぉと、アカネさんは笑いました。

 何か含みのある笑みです。彼女が何を言いたいのか気になりますが……今考えても答えが出ないような気がしたので、その話は記憶の片隅に置いておくことにします。


「なぁ、リーフィア」

「なんでしょうか? ミリアさん」

「お前は、本当にこれで良かったのか?」


 ミリアさんの意図が読めず、首を傾げます。


「これって、どれですか?」

「お前は元とは言え人間だろう? 同族を虐殺されるのは、抵抗があるのではないか?」

「ああ、そんなことですか……正直、どうでもいいです」


 元がどうであれ、私は魔王軍の一人です。

 いつかはこうなるだろうなとは思っていました。……諦めにも近いですかね。


 この世界は、地球と違って生易しい世界ではありません。優しさだけでは生きていけないのでしょう。

 確かに好んで人を殺そうとは思いません。

 ですがそれは、単に面倒だからです。


 人を殺せば誰かが不幸になる。私が放った凶刃が、いつ私の元に返ってくるかわかりません。

 誰かに恨まれるのが面倒だから、あまり人を殺そうとは思わない。

 必要とあれば殺すだけ。

 それくらいの覚悟でいなければ、ゆっくりと眠ることも出来ません。

 今回は必要な時だったというだけです。


「……そうだな。リーフィアらしい答えだ」

「ミリアさんこそ、これでよろしかったのですか?」

「ん? ……ああ、勇者のことか」

「はい、古谷さん……勇者はミリアさんにとって脅威となるでしょう。本当に生かしておいてよろしかったのでしょうか?」


 私の言葉を聞いたミリアさんは、一瞬呆けた顔をしていましたが、すぐにその表情を崩して笑い出しました。ミリアさんだけではありません。アカネさんも同じように笑っています。


「……何がおかしいのです?」

「おかしいも何も……お前が勇者を生かしたのではないか」

「そりゃぁ、そうですけど……」


 勝負は一瞬でつきましたが、私は勇者を殺しませんでした。

 ですが、それは私の決定であって、最終的にミリアさんの決定に従うつもりでした。

 国に炎を放ち、城を出る際、ミリアさんは古谷さんを担ぎ、安全な場所まで運んでそのまま置き去りにしました。


「いや、な……リーフィアのお気に入りだったようだから、生かしておいたのだ」

「は?」


 私のお気に入り?

 いったい何を言っているのでしょう、この主人は?


「なんだやはり気づいていなかったのか」

「いや、気づくも何も、意味がわかりません。確かに古谷さんは、同郷ということで気にかけることはありましたが……別に気に入っているわけでは」

「わかったわかった。そういうことにしておこう」


 ……少し、いやかなり遺憾の意を示したいところですが、これ以上何かを言っても無駄でしょう。


「リーフィアにも春が来たか」

「じゃが、難しいじゃろうな。何しろ相手は勇者で、こっちは魔王軍じゃ」

「いいではないか。身分が違い、立場も違う、そんな物語があったほうが面白い」

「それもそうじゃな」

「……あの……勝手に盛り上がらないでくれます?」


 誰に春が来たと?

 何が立場の違いですって?

 ……意味がわかりませんよ。


 そもそも、古谷さんは私の好みではありません。


 私に好みは『ずっと養ってくれる人』です。

 古谷さんは見るからに弱いですし、勇者なので一つの場所に留まっているのは難しいでしょう。お金もあまり持っていないようでしたし、養ってもらうには少々不安要素がありすぎです。

 確かに顔はいいですが、残念系イケメンですからねぇ……最後の方はマシになりましたが、それでも好意を持つほどではありません。


「では、リーフィアはどんなのが好みなのだ?」

「ミリアさんです」

「──ブフォ!? い、いきなり何を言うのだ! 余は女だぞ。女同士でなんて……そんなの……!」

「いえ……養ってくれそう候補では、ミリアさんが一番。という意味です」

「あ、そう……」


 魔王なので資産はあります。

 魔王城という大きな家もあります。

 沢山の使用人が働いていて、養ってもらうには十分です。


 そう伝えたのに、どこか残念そうにしているのはどうしてでしょうか?


「なんでもない!」


 ミリアさんは拗ねて、そっぽを向いてしまいました。


「アカネさん、どうすればいいのでしょうか?」


 こういう時は、ミリアさんのことをよく知っている人物に助けを求めるだけ。

 なのでアカネさんに意見を求めたのですが────


「本当にお主達は面白いなぁ」


 という言葉が返ってきました。

 相変わらず意味がわかりません。


「まぁ、そのうちわかるじゃろう」

「……はぁ……そうですか」


 アカネさんがそう言うのであれば、そうなのでしょう。


 ……ミリアさんはまだ少し怒っているようです。


 私は他人に興味がありません。

 そのため、あの感情を理解出来るとは思いませんが……気長に待つことにします。


「ああ、終わりましたか……」


 その時、王国の城が崩壊しました。

 衝撃が遅れて届き、ボルゴース王国の長い歴史が終わりを告げたのだと悟ります。


 ふと私は、あの場に置いてきた勇者のことを考えていました。


「さようなら、古谷さん」


 あなたはこれから沢山の人と出会い、沢山の別れを経験するでしょう。

 味方はどこにでも溢れています。その人達と共に強くなり、いつか私の元まで辿り着いてください。その時は、本当の本気で戦いましょう。



「…………さ、帰りましょう」



 それを合図に、馬車は動き出しました。

 ガタゴトと揺れる振動が、微かに眠気を誘います。


 私はそれに逆らうことはせず、ゆっくりと瞼を閉じました。

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