ご苦労様です
「ぐあぁ!」
「何っ──ぎゃあああ!」
「ごばばば……!」
「……なんだ。妙に騒がしいな」
何処かから聞こえる男達の叫び声に、ミリアさんは不思議そうに口を開きました。
「喧嘩でもしているのでしょう。王都の街ですからね、人も多いのでそれくらいはするでしょう」
「……そういうものなのか? 余の街ではそういうのはあまり起こらないからな。少し、新鮮だ」
「ミリアさんの街の方が、珍しいですよ。住民全員があそこまで仲が良いのはそうそうありません」
「そうなのか」
「そうです。あなた達は良くやっていると思いますよ」
魔族は沢山の種族から、共通の敵として扱われてきました。
無理をしてでも団結をしなければやっていられないのでしょう。
それでも、あんなに治安を保っているのは、上に立つ者達、ミリアさんやアカネさん、そしてヴィエラさんのおかげでもあるのでしょう。
……ディアスさんは別です。政治するような人ではないとわかっていますし、あの人は軍を動かすのを専門としています。なので、治安を守ることは専門外です。
「人間どもの喧嘩など、どうでもいいじゃろう。それよりほれ、あそこに美味しそうな屋台があるぞ」
「おおっ! 流石はアカネだ! よしっ、行くぞ!」
「了解じゃ!」
アカネさんの一言で、ミリアさんは喧嘩のことを完全に忘れてしまったようです。
流石はハングリーモンスター。食べ物のことになると視野が狭くなりすぎです。
『リーフィア、合計三人……確保したよ』
『ええ、ありがとうございます。指定の場所に転がしておいてください』
『もう、移動させてあるよ』
仕事が早いですね。
流石は水の大精霊です。
あの男達の叫び声は、喧嘩なんかではありません。
彼らは国王がミリアさんを殺すために仕向けた暗殺者。
数は目立たないように少人数にしていたのでしょう。その三人は接触してくる前に、ウンディーネによって無力化され、私が事前に用意していた場所に運び込まれているようです。
街の観光を始めて、これで10人目ですね。
アカネさんもこのことに気が付いています。その度にミリアさんの興味を、他の場所に逸らしてくれるので、変に隠す必要がなくて助かっています。
『ウンディーネは大丈夫ですか? 疲れたら、無理せず言ってくださいね?』
『このくらい大丈夫だよ。心配してくれて、ありがとっ……!』
ウンディーネはこう言っていますが、今回の仕事、一番負担が掛かっているのは間違いなく彼女です。
ウンディーネは今、空気中の僅かな水蒸気と同化しています。
目的は、ボルゴース王国全体の監視。
その規模は、この国全てを覆い尽くせるほど広い。
何もかもお見通し。この国に生きる人は、ウンディーネの目を忍んで行動することは、不可能です。
なので刺客の10や20、ウンディーネの敵ではありません。
『……あ、リーフィア。なんか、裏通りの方で、怪しい薬を取引している人が──』
『無視してください。相手にするのが面倒です』
『わかった──あ、今殺人事件が──』
『ウンディーネは何も見ていない。そうですね?』
『う、うん……! うちは何も見ていない』
これの欠点を言うならば、このように余計な情報まで見えてしまうことでしょうか。
怪しい薬……麻薬密売ですかね。確かにそれは、元居た日本でも厳格に処されるくらいの犯罪ですが……今はそれに構っている場合ではありません。
国王の相手をするという、とても面倒なことをしているのに、更に面倒ごとに首を突っ込む余裕はないのです。
それの対処は、何処かの正義感溢れる主人公気質な人に任せます。
『ウンディーネはまだ警戒を続けていてください。また何かあれば、よろしくお願いします』
『うんっ……! そ、その代わり……あの……』
『わかっていますよ。……はい、私の手に触れてください』
湿った冷たいものが、私の手に触れました。
姿は見えませんが、魔力の反応でウンディーネの手なのだとわかります。
今私がしているのは、魔力供給。
どんなにウンディーネが強い精霊だとしても、長い時間広範囲を見渡すのは厳しいです。範囲が広ければ広いほど、魔力の消費も激しいものとなります。
なので、私の魔力を与えている訳です。
『はぁ……リーフィアの魔力、美味しい……』
今彼女の顔が見えていたのなら、恍惚としたものとなっていたでしょう。
聞き方によっては、とてもえっちく聞こえます。
『そんなに私の魔力は美味しいですか?』
『人に例えるなら……死ぬ前に必ず食べたいと思えるくらい、最高のもの』
『そこまで言いますか』
『これだけのために、世界を敵にしたっていい……』
『それは流石に言い過ぎでは?』
『うちは、嘘言わないよ』
『そうですか』
『うんっ!』
凄いですね、私の魔力。
「おーいリーフィアー! 早くこっちに来るのだ! 折角のご馳走が冷めてしまうぞ!」
「ミリア、店主には悪いが、屋台の物をご馳走とは……」
「だ、だがっ! 美味いのだぞ!」
「まぁ、否定はせぬ」
──っと、つい話し込んでしまいました。
『では、私はミリアさんところに戻りますね』
『うんっ……! 後は、任せて』
『はい、お願いします』
今も早く来いと手招きをするミリアさんの元へ、私は歩きます。
……いつも思いますけど、どうしてミリアさんは全く気付いた様子はないのでしょうか。
はっきり言いますが、国王は馬鹿です。
作戦も穴だらけ。
わかりやすくて、対処も余裕です。
なのに、ミリアさんはそれに気付いていない。
実は気が付いているけど、隠している…………いや、あのミリアさんがそんな器用なこと出来る訳がありませんよね。
きっと、私とアカネさんの隠し方が上手いのと、ミリアさんが鈍感なのが良い感じに作用しているのでしょう。
「早くするのだ! 代わりに余が食べてしまうぞ!」
「はいはい、わかっていますよ」
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