もうダメです

 ある日、ベッドでお仕事お昼寝をしていた私は、王様に呼び出しを受けました。


 一体何事なのだろうと疑問に思うのと、とても面倒臭いという理由で、一度は断りました。

 ですが、古谷さんがしつこくお願いしてくるものですから、流石にうるさくて招集を受けました。


「用件はなんでしょうね?」

「さぁ、俺も、リフィさんを連れて来いとしか言われていないから……」


 わざわざ古谷さんを使う意味がわかりません。

 こんな小間使いのようなことをさせるために、勇者を召喚した訳ではないでしょう。


 ……本当に王様は何を考えているのか理解しかねます。


「来たのが古谷さんではなかったら、少し乱暴にでも断ったのですがね」

「怖いからやめてくれ。……というか、ここの兵士はそれなりに強いよ? リフィさんが勝つのは難しいでしょ」

「これでも、私だってエルフですよ? そこらの人間に負けないです」

「……うーん、それじゃあ、王様はそれを見越して俺を向かわせたんじゃないか? ほら、俺はこれでも勇者だから」


 その勇者でも相手にならないくらい、私は強いんですけどね。


「あなたは魔王に勝てますか?」

「えっ、いきなり何さ」

「いいから、答えてください」

「…………今は、勝てない。あの魔王幹部にだってそうだ。あの時は不意を突いたから重傷を負わせることが出来たけど、真っ向から戦って勝てるとは思えない」

「そうですか。なら、いいです」


 勇者がこの程度だというのは、こちらにとっては嬉しい情報です。

 他の勇者はどうか知りませんけど、剣の勇者は警戒する必要はないでしょう。


 ──ああ、そういえば、勇者についても聞きたいことがあるのでした。


 まだ廊下は続きます。

 その間に聞いておきましょう。


「古谷さんは、召喚されてから何をしていたんですか?」

「……何を、かぁ……別に特別なことはしていないな」

「特別なことはしていない。それはつまり、勇者として当然のことをしている、という意味ですか? 例えば、周辺の魔物を討伐したり、魔族との戦闘に積極的に参加したり」

「い、いや、そんなことしていないよ」

「──はぁ?」

「いつもこうやってお使いを頼まれたり、エルフの集落に行った時みたいに、何かの調査に向かわされたりするくらいだよ。あ、でも最近になって、稽古はつけてもらえるようになったな」

「…………」


 呆れて何も言えませんでした。


 この国は、勇者は都合の良い召使いだとでも思っているのでしょうか?


 稽古くらいは付けていると予想していたのですか、まだそれすらもしていなかったとは……。


 不意を突いたとはいえ、その状態でよくヴィエラさんを追い詰めましたね。

 相手が勇者だから仕方ないと思っていましたが、あの人がどれだけ警戒していなかったかがわかります。

 ……まぁ、魔族領内のエルフの集落に、また別の勇者が来ているとは思いませんよね。


「戦力として働いたことは? このご時世です。魔物や魔族の襲撃とかあるでしょう?」

「……うーん、まだないなぁ。でも、その時は頼むって言われているよ」

「ああ、そうですか」


 その言葉を聞いて、理解しました。


 この国は馬鹿です。

 それも、相当重傷な方の馬鹿です。


 魔王側である私ですら、前王蘇ってあげてくださいと思うほど、今の王はアホです。


 勇者を召喚してから、一切稽古を与えず、小さい用事を押し付けるだけ。

 その癖、何かがあった時は最前線に送り出す。

 そりゃぁ勇者死にますよ。

 何度も死ぬ訳ですよ。


 それならまだいいです。

 問題は国王が反省しないところです。

 勇者が死ねば、次の勇者を召喚すればいい。そう思っているのでしょう。

 魔王に対抗できる勇者を、ただの捨て駒にしか認識していないから、こうして何度も勇者は死に、何度も召喚を行うことになっています。


 流石に馬鹿すぎる。

 王様がダメでも、秘書とか側近とかが何か言うのではないでしょうか?

 この場合考えられるのは、側近も揃って馬鹿なのか、国王が彼らの言葉を無視して、勇者を小間使いにしているのかの二択です。


 ……少し予想はしていましたが、本当にここまで酷いとは。

 これは、早々に見切りを付けた方がいいですね。


「古谷さん、悪いことは言いません。早めにここを出て、他国に行くべきです」


 まだここよりはマシな生活を送れるでしょう。

 剣と魔法の異世界。響きは良いですが、いつピンチがやって来てもおかしくない危険な世界です。

 身を置く場所くらい考えないと、先代の勇者のように、簡単に死ぬ運命を辿ることでしょう。


「でも、旅出来るほど強くないし」

「そんなの、他国に行く商人の馬車に乗せてもらえばいいでしょう」

「お金も持っていない」


 国王、それくらいはあげましょうよ。

 装備を買うとかあるでしょうに。まさかの給料制ですか。どこまでも小間使いしていますね。


「冒険者登録をしてお金稼ぎすればいいのでは? 古谷さんは勇者です。それなりに魔物を倒せるでしょう。実力を伸ばすことも出来ますよ」


 この世界には、魔物を狩って食っている冒険者がいると聞いています。

 中には勇者を超える実力を持っている奴が紛れているから、正直油断は出来ないと、ヴィエラさんが言っていました。


「それで稼いで、十分に旅費を貯めたら、この国を出るといいです」

「でも、国王にはここで生活させてもらっている恩があるんだ。裏切ることなんて出来ない」

「……古谷さん」


 私は立ち止まり、真剣な眼差しで剣の勇者を見つめます。


「あなたは勇者です。人々を救うのが仕事です。こんなところで腐っている場合ではありません」

「…………」

「あなたは優しい。人の頼みを聞いたら断れない。そういうタイプの人です。それは人として長所になるでしょう。でも、それだけでは、この世界は生きていけません」


 私のようにチートを授かっているのなら、適当に遊びながら暮らしていける余裕があります。

 ですが、古谷さん達勇者は違います。普通の人よりいくらか補正は効いているでしょうけど、それでもまだ弱いです。


「あなたは優しくても、この世界は優しくないんです。それをわかってください」

「…………わかった。でも、すぐには無理だ。いつかその時が来たら、リフィさんの言う通りにする。絶対にだ」

「ええ、そうしてください」


 ──って、私は何をしているのでしょうか。

 敵に塩を送るなんて、私のキャラに合いません。


 ですが、助けられる人が居るのに、それに手を差し伸べないのも嫌です。


「……相変わらず、面倒な性格ですね」

「え、今なんて……?」

「何でもありません。ただの独り言です。ほら、国王が待っています。行きますよ」

「──あ、うん!」


 国王が何を考えているのかわかりません。

 でも、どうしようもない馬鹿だと理解しました。


 ならば、私はそれを利用させていただきます。

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