我慢です

 魔女に関する資料を読んでから、約四時間が経ちました。


 その間、私は一言も口を開かずに、極限まで集中していました。

 自分でも驚くくらいの集中力です。


 そのおかげで、どっさりと置いてあった本は全て読み終わりました。

 もちろん、全て記憶済みです。忘れないようにメモも残してあります。


 ふふっ、私ってば完璧。


「どうしてリフィさんは、そんなに集中力が保てるんだ?」

「そんなの決まっているでしょう。早く終わらせて、早く寝るためです」

「ああ、うん……何となくそんな予感はしていたよ」


 呆れたようにそう言われました。


 どうして呆れられたのでしょうか?

 私の行動原理は、それくらいしかないというのに。


 まぁ、いいです。


「…………さて、と。そろそろ暗くなってきたし、今日のところは止めにしよう」

「え、もうそんな時間ですか?」


 古谷さんの言葉に後ろを振り向くと、あんなに明るかった空が、ほのかに赤く染まっていました。


 本当に集中していたのですね。


 ……ああ、そう思うと脳がとても疲れたような気がします。

 これは一日以上寝込まないと、疲れが完全に癒やされませんね。


「そうですね。では、片付けるとしましょう」

「ああ、こっちは俺が片付けるから、リフィさんはそっちをお願い」

「わかりました」


 本を持って、立ち上がります。


 その時、タイミングを見計らってウンディーネから念話が飛んで来ました。


『リーフィア、うちはどうする?』

『ウンディーネも今日は終わりにしていいですよ。情報は集まりましたか?』

『……ごめんなさい。新しい情報で役に立ちそうなのは、なかった』

『そうですか。いや、謝る必要はありませんよ。ウンディーネはいつも良くやってくれています。この図書館にある情報にも限りがありますし、そろそろ調べるのも限界が来たのでしょう』


 ……これ以上、国のことを調べても、あまり良い情報は集まりそうにありません。

 なら、ウンディーネには他の仕事に専念してもらうとしましょう。


『前に言った国王の件、覚えていますか? 明日からミリアさん達と合流するまで、そっちに専念してください。国王がどんな思惑で魔王を招待したのか。それがとても気になります』


 何かやましい思惑があるのなら、私が事前に潰すことも出来ますし、ミリアさん達に「私は頑張った。だからしばらくは寝たまま放置してください」と堂々と言えます。


 あの人達も、これだけ頑張った私の言葉を否定する訳にもいかないでしょう。

 もし、ダメだと言われたら……良いでしょう。戦争です。


 ……冗談ですよ。


 でも、私の真の目的は寝ること。それだけは揺らぎません。


『それで、リーフィアの方はどうだったの? 何か良い情報は見つけられた?』

『ええ、興味をそそられる情報が、沢山手に入りました』


 魔女については、私一人で解決するのではなく、ミリアさん達、特にヴィエラさんも含めて話し合った方が良いでしょう。

 なので、この場ではまだメモと脳内記憶だけに留めておきます。


『リーフィアが満足出来たなら、うちも嬉しい……!』

『……ありがとうございます』


 こんな恥ずかしいことを正直に言えるところが、ウンディーネの可愛さだと私は思います。


『では、いつもの通りお願いします。何かあったら、また念話をください』

『わかった。行ってくるね……!』


 ウンディーネとの念話が途切れました。

 定時報告に魔王城に行ってもらいました。合流した時に色々と話すとしても、それまで何もなければ互いに大丈夫なのかと不安になります。


 連絡を取り合っていない間、魔王軍が他の勇者と戦争を起こすかもしれません。

 杖の勇者はいきなり現れましたから、あり得ないことではないです。

 勇者ではないにしても、何か別の理由で問題が生じる場合もあります。


 例えば、内乱とか。

 あのミリアさんと三人ならば大丈夫でしょうけど、心配しておいて損はないです。


 帰った時に帰る場所が無くなっていた。

 それは流石に私も遠慮したいですね。

 あのふかふかの楽園ベッドが消失したとわかった時の絶望感は、想像しただけでこの国を滅ぼしたくなるほどです。


「さて、これで最後です」


 全ての本を元通りの場所に戻して、私は古谷さんと合流します。


「お風呂は……大丈夫なんだよね」

「ええ、私には浄化の魔法があるので、お風呂に浸かる必要はありません」

「羨ましいなぁ。この暖かい時期だと別に良いんだけど、冬とは寒い時は、服を脱ぐのも嫌だからね」

「男なんですから、それくらいは我慢してください。それが嫌なら、魔法の練習でもしてみたらどうですか?」

「……俺に魔法が出来るのかな?」

「それは知りません。ですが、やってみないのとやってみるのとでは、別でしょう」

「そうだね。王様に、魔法の稽古も頼めないか聞いてみる」

「ええ、それが良いでしょう。まぁ、私くらいになれるとは一言も言っていませんけどね」


 私の場合、少しズルをしました。

 それに対して、古谷さんは何も知らない一からのスタートです。

 習得することから大変な思いをするでしょう。


 ……ですが、彼なら大丈夫でしょう。保証はしませんけどね。


「じゃあ、いつも通り夕食だけ運ばせるように言っておくよ」

「ありがとうございます。では……」

「うん、また明日」


 私は貸し与えられた部屋へ、古谷さんは夕飯のことを伝えに食堂へ。

 いつも同じ分かれ道で、いつも同じ言葉を交わして別れます。


「……意外と、順応出来ているのが不思議です」


 おそらく、これもブラック勤めのおかげでしょう。


 ──どんな環境にも即座に慣れろ。

 そう言う頭部の寂しい上司が言っていたことが、今になって脳裏に過ぎります。

 あの時はこのクソジジイと思っていましたが、意外と私の力になっていて驚きです。


 だからって異世界に来てスパイ活動をすることになるとは、当時は夢にも思っていませんでしたけどね。


 そう懐かしいことを思い出しながら歩いていると、私に部屋の前に着いていました。


「さて、ご褒美の時です」


 私は扉を開け。

 その場からベッドにダイブしました。


「むふぅうう……望んでいた愛しのベッドちゃんではありませんが、やはりベッドは至高にして至福です……」


 ああ、魔王城のベッドちゃんが恋しい。


「ん、んん……ふあ、ぁああ……すぅすぅ……」


 今は難しいことは全て忘れて、寝るとしましょう。


 はぁああああ……おやすみ、世界。

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