やり過ぎです

 後日、私は再びあの部屋に運ばれていました。


 記憶はウンディーネと一緒にベッドで横になったところで終わっています。

 ……彼女はどこでしょう? もう帰ってしまったのでしょうか?

 そう思って部屋の中を見渡すと、端っこの方でウンディーネが静かに待機していたのが見えました。……案外普通に居るんですね。あの子。


「……で、どうして私はここに連れて来られてしまったのでしょうか」


 あのことがあったから居心地が悪いとかは別にありません。というか意識するのが面倒です。

 でも、それは私が無気力で細かいことは気にしない性格だからであって、他の人が皆同じだとは思いません。

 実際にミリアさんは気まずそうに顔をうつむけていました。


「あの、黙っていられると眠いのですが。……え、寝ていいですか?」


「寝るな」


「あ、はい」


 そこはツッコミするのですね。

 でも、それ以上は何も言ってきませんでした。


「…………ぐぅ……」


「だから寝るなぁ!」


「──はっ、つい」


「つい、で眠れるお前が怖いわ!」


「…………やっとその顔になりましたね」


「──っ!」


 やはり、ミリアさんは騒いでいる時の顔が似合います。

 落ち込んでいる顔なんて、見ているだけで吐き気がします。……は言い過ぎですね。


「二回目の質問です。私はどうして、またここに運ばれているのでしょうか?」


 ミリアさん、アカネさん、ヴィエラさんは顔を見合わせます。

 ……あら? 一人足りませんね。お仕事でしょうか?


「……あれを持ってこい」


 ミリアさんがそう言い、ヴィエラさんは隣の部屋に行ってしまいました。

 持ってこい、ですか。一体何を持ってくるというのでしょうか。


 扉が慎重に開かれ、ヴィエラさんが台車を押して来ました。

 その上に乗っているものは布で隠されており、まだ何を持って来たのかわかりません。天井すれすれなくらい大きな物です。うっすらと、人影のようなものが見えますが…………いやぁ、まさかね。


「まずは、これを見てくれ」


 布が取り外されました。

 運ばれて来た物体の正体は……貼り付け台に晒されたディアスさんでした。


「うわぁ……」


 ドン引きしてしまうほど、彼はボロ雑巾のようになっていました。

 顔は元の二倍くらいに腫れ上がっていて、一瞬見ただけでは本人だと気付けないほどです。……いやいや、仲間に何してんですか。流石に可哀想でしょうこれは。


 ディアスさんに意識はあるのか、時折小さい呻き声が聞こえました。ちょっと怖いです。


「昨日はすまなかった。ディアスは直球でしか話を振れないのだ。……だからって昨日のはリーフィアに対して失礼すぎた。だから、三人で少しお仕置きをしたのだ」


 お仕置きっていうレベルじゃないでしょう、これは。


「ああ、もうこんなにまでやっちゃって──はい、治ってください」


 回復魔法を使い、ディアスさんを癒します。

 ズタボロの体は最初から何もなかったように綺麗さっぱり傷は塞がりました。

 ……人に回復魔法を使ったのは初めてでしたが、凄まじい治癒力ですね。カンストまでレベルを振っているからでしょうか。魔力をほとんど消費せずに済みました。


「まだ生きていますか?」


「……あ、ああ、すまねぇ……恩に着る」


「いいえ、気にしないでください。……ミリアさん?」


「な、なんだ?」


「お仕置きをするかしないかはどうでもいいです。でも、勘違いしないでください。私は別にどうにも思っていません。そこのウンディーネのおかげで、もうどうでもよくなりました。なので、あなた達が何かを思う義理はないのです」


「だが……それでも余はお前に謝りたかったのだ」


「はい、そうでしょうね。その気持ちはよく伝わりました」


 だからって部下を半殺しにするのはやりすぎだと思いますが……まぁ、それを指摘するのも面倒です。謝り方や償い方は人それぞれですからね。今回はディアスさんも運がなかったと思って諦めてください。


「謝罪の気持ちはしっかりと受け取りました。なので、もうこの話は終わりにしましょう」


「うむ……だが、リーフィアはそれでいいのか? 余達は、お前のことを否定したと同じなのだぞ? この程度のことで許してくれるのだろうか?」


 ……ふむ。確かにあの時の会話を要約したら、皆さんは私のことを否定していたのでしょうね。

 私もそのせいで珍しく感情を爆発させてしまいましたし、軽く絶望していました。


「でも、どうでもいいです」


 そう。全てどうでもいいことなのです。

 私はウンディーネと話したおかげで、そのことは解決しました。少し話しただけで解決するのは、幾ら何でも適当すぎるのではないかと思われるかもしれません。私にとってはその程度だったということです。


 ……ええ、思い返すと、本当にそう思います。

 結局私は、物事に興味がないのでしょう。眠れる環境があれば、後は全てどうでもいいです。誰に何と思われていても、眠ることが出来ればそれでいいのです。

 あの時は本当に感情が爆発してしまった。もう思い出したくもありません。……言わば黒歴史ですね。

 なので、私のためを思うなら、もう二度とその話を掘り返さないでいただけると助かります。


「さて、話も終わったことですし、私は戻らせていただきますね」


「あ、待ってくれ……」


 部屋を出ようとする私に、待ったの声が掛かりました。

 なんだ、またミリアさんが何か面倒ごとを持ち込んでくるのか。

 眠りたいので断ろうと振り向こうとした時──そういえばこの声はミリアさんの声じゃないな。と今更気づきました。


「どうしたんですか、ヴィエラさん?」


 声の主はヴィエラさんでした。

 彼女が私に用があるなんて珍しいですね。


「実は、リーフィアに手伝ってもらいたいことがあるんだ」


「……………………」


「そんな見るからに面倒くさそうな顔をしないでくれるか?」


「いや、だって面倒なんですもの」


「君が元いた森があるだろう? ミリア様が滅ぼしたというエルフの里の調査をしたいんだ」


「あの、面倒と……」


「エルフは他種族と交流を持たないからね。この機会にエルフの情報を集めようと思っているんだ」


「いや、聞いて……」


「そう思うと、ミリア様が里を滅ぼしてくれてよかった。墓荒らしみたいで申し訳ないけれど、こっちは魔王軍だからね。使えるものは使わなきゃ」


「あ、これ聞いていないですね」


 主君あるところに従者ありですね。ミリアさんも人の話を聞きませんし、ヴィエラさんも話を聞いてくれません。助けを求めてアカネさんを見つめると、諦めろとでも言うように首を振られました。


 ……誰か、助けてください。

 あ、そうだ。ウンディーネは────ってあれ、居なくなってる。あの子、逃げましたね?

 後でお仕置き確定ですね。私が外に出ることはないと考えて、私がこのことを忘れるまで森に籠る算段なんでしょうけれど、残念ですね。

 ヴィエラさんの中では、私を連れて行くことは確定のようです。……本当に、残念ですね。

 拒否しようにも、話を聞いてくれないのならどうしようもありません。


 これはいわゆる──詰み。というやつです。

 ただ一つ回避出来た選択肢は、呼び止めをガン無視して部屋に戻ることでしたね。


 なので、私はきっと森に行くことになるでしょう。

 その帰り際にでもウンディーネの泉に寄って、お仕置きをしてあげましょう。


 はぁ…………本当に面倒です。

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