どうでもいいです

「…………私はリーフィア・ウィンド。異世界人です」


「それくらいは知っている。俺達が聞きたいのは、そうじゃない」


「これ以外に、あなた達が知りたいことですか? ……知りませんよそんなの」


 私が何者なのかですって?

 そんなの私が聞きたいです。私は元地球人で、異世界人で、エルフなのです。

 それを言っても通じないのであれば、もう私は自分が何なのかわかりません。


「私はリーフィア・ウィンドです。私は異世界人です。それしか私は私のことを説明出来ません。…………私は誰なんですか? 私は前世で呆気なく死に、神様に言われるまま転生してきただけの一般人です。この名前だって、咄嗟の思い付きで名乗ったものです。それでもこの名前は私なんです。……どうして、それを疑わなくてはならないのでしょうか? 私の願いは、ただ眠りたいだけ。それなのにどうして、こんなに私は色々と言われなければならないのですか? ねぇ、私が何か悪いことをしましたか? あなた達の主人であるミリアさんに対して、私は危害を加えましたか? 教えてくださいよ。私が何者で、私が何をしたのか。私が知るわけないじゃないですか。私の生きる場所は、この世界の何処にもないんですか? 私のただ眠りたいという小さな願いすらも、この世界では許されないとでも言うのですか? ……もうわかりません。私はどうして転生したのですか。どうして何億という人の中から私が選ばれたんですか。どうして…………どうしたら、私はミリアさんに信じてもらえるのですか」


 でも、もうわかりません。

 何も考えたくありません。

 ただ私は眠りたくて、そのためにミリアさん達の手助けをしようと思っただけなんです。なのに、こんなに否定されてしまいました。それなら────


「それなら、最初から関わらなければよかった……」


 私は固く閉ざされた扉を破壊し、逃げるように自室へと戻りました。

 出る時に誰かが何かを言っていたような気がしましたが、そんなのに構っている余裕はありませんでした。


「はぁ…………やってしまいました」


 ベッドに飛び込み、私は枕に顔を埋めながら深い溜め息を溢しました。


 自分で言うのも何ですが、私は感情が人一倍抜けていると思います。

 ですが、これでも私は人間です。……いや、今の私はエルフですけど、心はまだ人のままです。人一倍抜けているとはいえ、少しは感情というものがあります。

 人というのは、感情が爆発すると暴走してしまうことがあります。

 私も子供の時だったり、仕事が上手くいかなかったり、初めの頃上司に理不尽なことで怒られた時は感情が爆発していたりしました。

 最後の方は全てのことをどうでもいいと思い、何の反応もしなくなりましたが、怒りの蓄積はされていました。


「だからって、今になってそれが出るとは……」


 ああ、本当に失敗しました。


 誰にも認めてもらえない。私のやりたいことは認めてもらえない。

 地球では諦めていました。そして、異世界でも同じようなことが起こりました。きっと過去と今を繋げてしまい、私は久しぶりに感情が高ぶってしまったのでしょう。

 いつもミリアさんに魔王らしくと言っている私が、一番しっかりしていないではないですか。


「……ふざけないでください」


 その言葉は私自身に向けたものでした。


 これ以上、勝手に自分を追い詰めて周囲を困らせないと反省したではないですか。

 久しぶりにゆっくりとした生活をしていく内に、そのことも忘れてしまったのですか。


「はぁ〜〜…………ああ、来たんですか。いらっしゃい」


 私は枕に顔を埋めたまま、来客を歓迎しました。

 扉が開いた音はしていません。ですが、気配はしました。そんなことが出来るのは、私の知る中では一人しか思い浮かびません。


「何の用ですか、ウンディーネ」


 私が異世界で初めて出会った水の精霊ウンディーネ。

 しばらく遊びに来ていなかったなと思っていたら、どうしてこんなタイミングで来てしまったのでしょうか。

 申し訳ありませんが、今の私は誰かと話す気力が湧かないのです。


『……リーフィア、大丈夫?』


 …………はぁ。


「ええ、大丈夫ですよ。私はいつも通りです。ほら、元気ですよ」


 起き上がってウンディーネに振り向き、両腕を上げて元気アピールをします。

 でも、彼女の表情は暗いままでした。


『……どうして、嘘をつくの?」


「嘘ですか? 嘘なんかじゃありませんよ。私は至って元気で──」


『嘘だ!』


 珍しく聞いたウンディーネの怒ったような声に、私は驚いて言葉を止めてしまいました。

 ……どうして、そんな顔をするのですか?

 どうして、私はあなたに何も迷惑をかけていないのに、そんな悲しそうな表情を続けるのですか。

 私はまだ何もしていません。ウンディーネ、あなたにはまだ何も…………わからない。もうわからないですよ。


『……うちにはわかる。……リーフィアが、落ち込んでいることくらい、契約精霊のうちにはわかるもん……!』


「ああ、バレていたのですか。あはは……困っちゃいましたね」


 まさか私の心の心境が、契約精霊にも伝わるようになっていたとは思いませんでした。

 この子はとても優しい子です。他人である私と仲良くしてくれて、私に何かあったら自分のことのように反応してくれます。それは嬉しいことや、悲しいこと。怒りも楽しいことも、全て自分のことのように、私と共有しようとしてくれます。


 ──ああ、なるほど。今の私はこんなに悲しくて、こんな表情になっているのですね。


「ウンディーネ、どうか泣かないでください。ほら、床が水浸しになってしまいますよ」


『そんなの関係ない……もん……』


 いや、関係ありますからね? 後で乾かす私の身になってください。ウンディーネの出す水は無駄に魔力が籠っていて、乾かすの大変なんですよ。ああ、もう、まだ泣いているじゃないですか。


「ほら、こっちに来てください」


『……うん…………』


 手招きをして私の横をポンポンすると、ゆっくり近寄って来てちょこんと座りました。

 私の横ではなく膝の上にです。……なんでですか。


「あの、重いんですけど……?」


『……今はこうしていたい気分、なの……ダメ?』


「はぁ……仕方ないですね……」


 私も丸くなったと思います。

 ただの上目遣いに負けてしまいました。

 身長で考えるとウンディーネの方が私より少し高いのですが、こうして私の上で甘えている姿を見ると、ただの子供にしか見えません。


「本当に困った子ですね……」


 頭を撫でてあげると、嬉しそうに目を細めました。

 猫だったらゴロゴロと喉を鳴らしていたでしょうね。


 ……全く、なんで私が慰める側になっているんですか。


「ねぇ、ウンディーネ?」


『…………ん、どうしたの?』


「……私は、一体何なんでしょうね」


 私は答えが欲しかったのかもしれません。


 まさか彼女もこんなことを聞かれるとは思っていなかったのでしょう。

 驚いたように目を丸くさせ、顎に手を当てて難しい顔を作り、真剣に考え込みました。

 そして、ゆっくりと口を開きます。


『……リーフィアは、リーフィアだよ。それ以外わからない……。でもうちは、誰でもないあなたのことが、好き、だから……リーフィアはそのままでいて……?』


「…………そう、ですか……そうですね」


 それは私の聞きたかったような答えではありませんでした。

 私は私。それ以外の何物でもない。それは誰でも言えるような簡単なことです。でも、ウンディーネは本当に私のことを考えて、そのように言ってくれたとわかりました。


 誰かから否定されても、私はリーフィア・ウィンドなんです。

 それがわかって、少しホッとした私がいました。


「……ありがとうございます、ウンディーネ」


『……ううん、うちは何もしていない。……それに……お礼を言うのは、うちの方、だから』


「ふふっ、違いますよ。こうしてウンディーネが心配して来てくれたのが、嬉しいのです。だから、私は感謝しています」


 間近でお礼を言ったからでしょうか。ウンディーネが恥ずかしそうに顔を赤くさせて、反対側を向いてしまいました。

 私は何も言わずに、彼女の頭を撫で続けます。その度にひんやりとした感触が私の心を落ち着かせてくれます。


 ただ静かな時間が流れました。

 それはとても心地よい時間でした。

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