城下街に行きます

 ──バァアアアアアン!


 今日も今日とて静かに眠っているところ、私の部屋の扉が思い切り開かれました。

 わざわざ起きて調べなくても、その犯人が誰だかわかりました。


「リーフィア〜!」


「嫌です」


「まだ何も言っていないのだが!?」


 ……どうせ、街に行くとかでしょう。

 ミリアさんはあの部屋破壊事件から毎日のように私を誘ってきます。何度断っても次の日には拒否したことを忘れたのか、こうして扉を豪快に開けてきます。


「とにかく、今日という今日は一緒に行くぞ!」


「嫌です。帰ってください」


「いーやーだー!」


「……子供ですかあなたは」


「魔王だ!」


「子供じゃないですか」


「人を見た目で判断するのはよくないぞ!」


「あ、はい」


 まさかミリアさんから正論を言われる日が来るとは夢にも思っていませんでした。




 この頃、魔王とは何なのかを考えるようになってきました。

 ミリアさんを見ていると、どうにも魔王という存在が軽く見えてしまいます。いや、魔王城の規模を見ていると凄まじいものだとはわかるのですが、それでもやはり魔王本人を見てしまうと…………うん。コメントに困ってしまいます。


「何で私なんですか? 他にも暇な人はいるでしょうに」


「余はお前と行きたいのだ!」


「何でですか」


「わからん!」


 …………この野郎。はぁ、いい加減このやりとりにも飽きてきました。いったい何回やったのでしょう。

 きっと、今日もどうにかして帰らせたとしても、明日また来るだけでしょう。

 その度、私は睡眠を邪魔されてしまうのです。ならば、今行ってしまってミリアさんを満足させたほうが、今後の睡眠事情が円満になるかもしれません。


「……わかりました。行きますよ。行きますからちょっと待っていてください」


「──おおっ! わかったぞ! また寝たりしたら許さないからな! 絶対だぞ!」


「はいはい、わかりましたってば……」


「うむ! では、部屋の外で待っているぞ!」


 次は静かに扉を閉めるミリアさん。一枚隔てた向こう側から、上機嫌な可愛らしい鼻歌が聞こえてきました。そんなに私と行くのが嬉しいのでしょうか。


 ……まぁ、私の仕事は魔王の護衛です。これも仕事と思って仕方なく付き合ってあげましょう。


 寝巻から普段着に着替え、部屋を出ます。

 武器は私の魔力で作れますし、お金やいざという時に使える物は全て収納に仕舞っています。なので、特別用意するものはありません。本当に便利ですね。


 扉を開けると、ミリアさんがワクワクを隠し切れていない様子で私を見つめてきました。

 ……これは、私から言い出さなきゃダメなやつなのでしょうか。


「お待たせしました。行きましょうか」


「うむっ!」




          ◆◇◆




 魔王自ら城下街を案内すると言い出して始まった。魔王の城下街案内。

 それは案外早く機能しなくなっていました。


 その理由は、案内役を務めてくれるはずの魔王が、建ち並ぶ売店にあっちこっちと行ってしまうからでした。


 匂いに釣られる。と言えばいいのでしょう。見事に売店の店主達の策略にハマったミリアさんは、両手に沢山の食べ物を持ちながら城下街を楽しそうに歩いています。


 ついでに私もミリアさんと同じ物を食べています。

 あまりお腹は空いていなかったのですが、一緒に食べられないとわかると、ミリアさんが悲しそうにするのです。その雰囲気で食べられては店主の方もよく思わないでしょうし、一緒に食べたいという視線が正直うざかったので、こうして私も同じ物を買っていました。


 勿論、温かいものを放置すると冷めてしまうので、とりあえず収納に入れてから、一つずつ取り出して食べていました。

 それをずるいとミリアさんは行っていましたが、いちいち欲しいものを出してあげるのも面倒だったので、それくらい我慢しなさいと言ったら意外と素直に引き下がってくれました。


「うむ、これも美味いな。流石は余の城下街で出しているだけのことはあるな!」


 何様ですかこの人は…………ああ、魔王様でした。


「ありがとうございます、陛下。喜んでいただけたようで嬉しいです」


 あ、この人も魔王に甘い系なんですね。

 ……というか、ここを案内されて感じていたことですが、魔族は皆、ミリアさんに甘いです。どんなわがままなことを言っても、どんなに駄々をこねようとも、そこに可愛らしい子供がいたというように優しい目を向けていました。


 どうしてミリアさんがここまで自由に振る舞えているのか、理由がわかりました。

 ここの人達が甘やかしすぎなんです。おじ様やおば様。若い男女と子供まで、全員がミリアさんに優しすぎます。

 それは孫を見ている気分だからなのか、子供っぽいからなのか。理由はどうであれ、それが原因だと考えていいでしょう。


「ミリアさん」


「ん、どうしたリーフィ──おっ!? あれは期間限定の菓子ではないか!」


 …………チッ。


「ははっ、ミリア様は相変わらずだろう?」


 後ろから愉快そうな声をかけられました。振り返ると先程の店主が立っていました。


「ええ、本当に相変わらずです。あの方のせいで、私はいつも安眠できていません」


「それは大変だな」


 この人、他人事だからって適当に言っていますね。

 私は非常に迷惑しているんです。一日以上は寝なければ死にそうになるというのに、自由奔放の魔王のせいで侵害されています。ついでに私の部屋を何回壊されたことか。思い返すと私の主人に殺意が湧いてきます。

 あれもこれもあなた達が甘やかすからです。そういう気持ちを込めて見ると、店主は困ったように頬をポリポリと掻きました。


「まぁ、許してやってくれ。確かに俺達は陛下を甘やかしすぎなんだと思う」


「理解しているのなら、どうして変えようと思わないのですか?」


「──変えたくないからだ」


 その言葉は妙にはっきりと聞こえました。何があってもその気持ちを変えない。そんな意思が籠っている。そんな力強さでした。


「陛下は昔、勇者に両親を殺された。お互いに戦争している以上、仕方のないことなんだろう。……だが、陛下はまだ幼い子供だった。まだ十分に両親と触れ合うことが出来なかった。これから色々なことを教えられるという時に、それは起きちまったんだ」


「…………」


「まだ俺達の上に君臨するには、幼い陛下では何もかもが足りなすぎた。勿論、そんな陛下を利用しようと計画した奴らもいた。唯一の幸運は、陛下は友人に恵まれていたことだろう。その友人達は、利用しようとする馬鹿共を一斉に排除し、いつまでも陛下の味方になってくれていた」


「それがヴィエラさんとアカネさんですか」


 あの二人は昔からミリアさんのことを知っているという雰囲気でした。

 ディアスさんは元勇者だと聞いていたので、元から居たとは言えないでしょうね。


「そうだ。その二人が側に居てくれたから、陛下はこうして若くして魔王という役目を受け継いでくれている。必死に俺達が住みやすい場所を、と考えてくれている」


 そう、でしょうね。

 ミリアさんはあーだこーだ言いながらも、しっかりと仕事をこなしているようです。……と言っても、すぐに飽きて私のところに遊びに来るようですが。それでもアカネさんから聞いた感じだと、ヴィエラさん監修の元、最低限のことはやらされているらしいですね。


 でも、頑張っていることだけは知っています。


「だから俺達は、陛下が遊びに来ている時くらい、陛下の好きにさせてやろうと決めているんだ。それが俺達に出来る、感謝の証なんだよ」

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