襲撃者の名は

「もう一度聞きます。あなたは、誰ですか?」


「余の名か? どうしてそれを教えなければならない」


 襲撃者はこちらを嘲笑うかのように言いました。

 それでも相手からのプレッシャーは収まりません。


「……そうですか。では、ロリ兜さん」


「ロリ兜!? ま、待てっ、それは余のことを言っているのか!?」


 襲撃者の方は先程までの雰囲気とは一転して、自分を指差して私に大声で問いかけます。

 小さな体格と妙に似合う兜でロリ兜と呼んだのですが、どうやらお気に召さなかったようです。


「だって、名前を教えてくれないんですもん。ならば、特徴を呼ぶしかないではないですか」


「それにしたって、もう少しいい呼び方があるだろう! ああ、もうっ! 余はミリア! ミリア・ヴァーミリオンだ!」


 ドンッ! と胸を張って名乗る襲撃者。

 ……ミリア、ですか。


「……可愛い名前ですね」


「うっさい!」


「では、ロリ兜さん」


「呼んで!? 名前教えたんだから呼んで!?」


「わかりました。では、ミリアさん。あなたは何者ですか?」


「──コホンッ、フハハッ、聞いて驚け! 余は泣く子も黙る魔王である!」


 ……。


 …………。


 ………………へぇ……。


「わー、驚いたー」


「嘘をつくなぁ!」


 ミリアさんは兜を脱いで、それを思い切り地面に叩きつけます。

 そして地団駄を踏み、私を精一杯睨んできました。

 ヘルムの奥は、名前に恥じぬ可愛らしい顔つきでした。


 でも、どこか威厳のある雰囲気が出ています。……彼女は魔王らしいですから、見た目に騙されてはいけませんね。


「貴様っ、余が魔王だと信じていないな!?」


「いや? 信じていますよ? でも、私は魔王がどのようなものなのか知らないので、反応に困ります。もっとわかりやすく教えてくれないと……」


「待て、余が悪いのか? いや悪くないよな? なぁ!?」


 ミリアさんは私にではなく、私の後ろに隠れていたウンディーネに訴えます。

 極度の人見知りな私の友人は、大きく体を震わせながら勢いよく首を横に振り、わからないと涙しなから言いました。


「ふっふっふっ……ここまで馬鹿にされたのは、百年ぶりだ」


「え、まさかのロリババァですか?」


「…………ここまで馬鹿にされたのは百年ぶりだ!」


「続けるんですね」


「頼む。一回黙ってくれ。ほんと頼む」


 ミリアさんは本気で困っているようです。

 ……仕方ありません。私も色々と聞きたいこともあるので、おとなしくしていましょう。


「貴様もあの愚か者どもの仲間だろう?」


「愚か者? ……ああ、里のエルフ達ですか」


「そうだ。貴様からは変な気配がするが、どう見てもエルフだ。先程まで狩りにでも出ていたのか? ……すまんなぁ、奴らがしつこいもので、ついカッとなって滅ぼしてしまったぞ」


 ミリアさんは、いえ、魔王は悪戯に笑います。

 やはり、大火事はこの人が原因でしたか。


「……許せないですね」


「ははっ、許せないか! あっはっはっ!」


「ええ、許せません。あんなエルフと私を同じだと言うなんて、許せません」


「すまんなぁ! だが、奴らはもう──って、え? そっち?」


「はい? むしろそれ以外のどこに怒る要素ありました?」


「え、だって、余はエルフを滅ぼして……」


「赤の他人です」


「でも、お前もエル──」


「全くもってこれっぽっちも交流のない、塵カス程度の赤の他人です」


「お前、酷いやつだな」


「あなたに言われたくないです」


「……すまん」


 ……どうしましょう。この雰囲気は居心地が悪いです。

 魔王らしき悪行で私を陥れることができなかったミリアさんは、完全に勢いを失っておとなしくなってしまいました。

 ウンディーネはどうすればいいのかとオロオロし始めました。


「ミリアさん。質問です」


「…………なんだ」


「エルフ達が何かしたのでしょうか? 何もしていないのに滅ぼしたとなれば、あなたは危険です」


 その言葉に、ミリアさんの紅い瞳が光を取り戻しました。

 そして不敵に笑い、私に挑発的な視線を向けてきます。


「単純に滅ぼしたと言えば、お前はどうするつもりだ?」


「……そうですね。危険な人を見逃すほど、私は全てがどうでもいいとは思っていません。なので──お尻ペンペンの刑です」


 殺すのは面倒ですし、後味が悪いのでやりません。

 なので、今回はお仕置き程度で終わらせます。


「…………面白い」


 魔王は下を向き、肩を震わせていました。

 そんなに面白かったでしょうか?

 この子の笑いのツボがわかりません。


「やれるものならやってみろぉおおおお!」


 ミリアさんの眼光が鋭く光りました。本気モードと言ったところでしょうか。

 一瞬嫌な予感がしましたが、完全反応には何も引っかからないので、そのまま突撃します。


「──なっ!?」


 驚愕した表情で固まるミリアさん。

 その大きな隙の間に私は風を編み出し、砲弾並みの威力となった魔法の球を放ちます。

 咄嗟に両腕を交差させて防御しようとしますが、風の力に耐えられず、ミリアさんは後ろに吹き飛ばされました。


「捕まえた」


 先回りして魔王の小さな体をキャッチし、そこで態勢は整いました。

 ──べチン!


「あいたぁ!?」


 ──べチン!


「ちょ、痛いっ!」


「反省しましたか?」


「ふ、ふんっ! 余はまだ──」


 涙目になりながらも、まだミリアさんは抵抗を続けるようです。

 ──べチン!


「何故、いだっ! 余の、あだっ! 邪眼が、うごっ! 効かないの──だばっ!?」


 ──ベチン! ベチン! ベチン! ベチンッ!

 私は機械のようにミリアさんのお尻を叩きます。

 決して前世は他人の尻を叩いて音を奏でる演奏家だったわけではありません。


「すまん! 嘘! 嘘だからやめてくれぇええ!」


 ……………………ふむ。

 ──べチンッ!


「わかりました。やめましょう」


「最後の一回やる必要あったか!?」


「ありません」


「なんでやったのだ!」


「私の趣味です」


「どういうこと!?」


 もうお仕置きをする必要もないので魔王から手を離すと、即座に飛び退きながら私から離れます。

 遠くの方で私を警戒したように睨むその姿は、野良の子猫を連想させます。

 ……可愛いからもっと触っていればよかったです。

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