女装男子

@and25

第1話

 あ、来た。あずみは気づかれないようにそっと見る。

 政治思想史の授業で同じになる女装男子。

 ウェーブをかけた長髪、派手なネイル、ばっちりとしたお化粧、シルバーのリング、ブレスレット。

 なのに、少しも気持ち悪くない。むしろ、その美しさにハッとする。

 田舎出の自分がこんな男子に惹かれるなんて、あずみはそれまで夢にも思わなかった。自分はといえば、おかっぱに近いパッとしない黒髪、ユニクロばっかりの服装、アクセサリーなんて皆無。

 『私はきれいじゃないから』

 でも、その日は違った。その女装男子が、教室に入って、少し全体を見回した後、まっすぐこちらの方に歩いてくる。

 『まさか』

 その「まさか」だった。彼は階段教室の階段を上がってきて、真ん中くらいに一人で座っていたあずみの横に腰かけたのだ。

 心臓が飛び出しそうとは、このことを言うのか……。

 ドクンドクン緊張して、あずみはペンを持つ手が震えた。慌ててとりつくろうように、教科書の分厚い本を開いた。「ルソー」? ルソー、ルソー…あずみはそれに集中しようとする。別に今日の授業はルソーではないのだが。

 教授が入ってきた。おしゃべりの声がやむ。

 授業が始まると、あずみは教授の声に一心に耳を傾けようとした。こんなに真剣に講義を受けようとしたのは初めてだ。けれど、内容は驚くほど頭に入らなかった。

 苦痛に近い90分の授業が終わり、みな席を立ち始めた。

 隣の女装男子も、教科書やノートをかばんにしまって、席を立とうとした。

 「あの!」

 驚くべきことに、あずみは思わず声をかけていた。これが生涯唯一のチャンスだ、逃してなるものか、という思いが自分を衝き動かしたようだ。

 やや不審そうに振り返った彼の顔にひるみながらも、あずみは思いがけないことを言っていた。

 「私を、きれいにしてください! あなたみたいに!」

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