第95話 退会のお知らせ
「突然ですが、mixiやめます」
またか。と思う。ぎょっとするようなタイトルを付けておいて、見に行くと実は「読んだ人は必ずやる強制バトン」、そういうのはうんざりだ。「離婚します」とか「会社やめます」とかそういうのも。もう本当にやめてほしい。「地雷」とか「釣り」とかいって面白がってるみたいだけど、すごく下品だと思う。だから私は「またか」と口に出して言ってやった。
でも次の瞬間、それがマイミクのtellaさんのタイトルだと気がついて、急に不安になる。tellaさんはそういう品のないことをする人じゃない。だとすると……。胸の内にひんやりとしたものが押し寄せてくる。こわごわタイトルをクリックして読みに行く。今日の日付が変わると同時にアップされたばかりのその日記は、本当に退会の告知だった。読み間違えじゃないか、何回も読み直したあと私はどうしたらいいかわからなくて「ホーム」をクリックして戻ってきた。
それで、いまこれを書いている。本当はtellaさんの日記にコメントするのが筋なんだろうけど、そんなの無理だ。何を書けばいいのかわからない。tellaさんはいつも通りの読みやすい文章で、しっかりとした落ち着いた感じで、「退会を決意するにいたった経緯」というのを書いていた。それを読んだらもう、退会を取り消すなんてことはないんだとわかってしまった。
どうしてやめなきゃいけないんだろう。「mixi疲れ」というのがあって、燃え尽きてやめてしまう人がいる、と、前にtellaさん本人が教えてくれた。それだろうか。でもtellaさんは、そんなに中毒みたいな感じではなかった。いつだって冷静で、気持ちのいい応対をする人だった。失礼なことを書く人がいても怒ったりすることもない。わからないことがあったら何でも教えてくれた。それもすごくわかりやすく。
tellaさんは入会当初からの大切なマイミクだったのですごいショックだ。私がほとんど義理で無理矢理mixiに入会することになって、使い方も分からず途方に暮れていた頃に偶然出会った。入会したはいいものの、一体何をするものなのか、何が面白いのか、身動きもとれないでいると、いきなり「HOME」のページに赤字でメッセージが届いているとか書いてあって驚いた。それがtellaさんからのお誘いだった。
「mixi初心者のためのコミュニティがあるので入りませんか」
危険な詐欺とかじゃないかと心配しながら覗きに行くと、全然そんなことはなかった。本当に親切にいろいろな疑問に答えてくれるコミュニティだった。さっそく登録して、メッセージにも簡単なお礼を書いて出しておいた。そうしたらまた丁寧なメッセージが届いて、あれこれアドバイスをしてくれた。私が初めて日記を書いた時にも、真っ先にコメントをつけてくれてとても嬉しかった。
tellaさんの日記もいつもとても面白いことが書いてあって、読むだけで「へえー」と感心することばかりだった。人の日記にコメントをつけるのも勇気がいったけど、こわごわ「すごく勉強になりました」とか書き込んでみたら、とても丁重な返事をもらえて。tellaさんがいると思うと安心だったし、mixiに入会して良かったと心から思えた。tellaさんには何でも話せた。とても個人的なことまで含めていろいろ相談できた。こんな人が本当にいるんだ、と何だか感動してしまった。
ひょっとして、もしもオフ会とかあって、この人に会ったらどうなるだろう。いままでの人生で出会ったどんな人よりも私のことをよくわかってくれているような気さえする。誤解を恐れずに言えば(いや、それは誤解じゃないかもしれない)、tellaさん、あなたは私にとって一番大切で特別な存在なんです。
そうだ。tellaさんのおかげでとても楽しかったことを伝えておこう。それからtellaさんがいなくなるのはとても残念だと言う気持ちをちゃんと言おう。引き止めるわけではなく、素直な気持ちを伝えよう。そう思ってもう一度「突然ですが、mixiやめます」の日記にアクセスしてぎょっとした。たったいま、私が書こうと思ったのとそっくりな内容のレスがわずか30分ほどの間に85件も書き込まれていた。
ふと気になってtellaさんのマイミクシィ一覧を見に行くと1000人のマイミクさんがいた。mixiIDを確認しながら見て行くと、その1000人のIDナンバーは続き番号と言ってもいいくらい同じような番号で固まっていた。全部1790万番台だったのだ。私のIDはその固まりの真ん中くらいにあった。どういうことだろう? マイミクさんというのはこんな風に番号で固まるものなのだろうか?
突然思いついてtellaさんが入っているコミュニティ一覧を見る。すると、あんなにmixiを活用していたtellaさんが、意外なことにあの「mixi初心者のためのガイドツアー」というコミュ以外には何も登録していない。1つしか登録していないなんて。あれだけ話題が豊富で、mixiの楽しい使い方にも通じているtellaさんが、コミュニティを利用していないなんて、どう考えたらいいのだろう?
どうして思いついたのか、自分でも分からない。新着日記の一覧ページで「突然ですが、mixiやめます」という文字を入れて検索してみた。ずらずらと強制バトンが出てくる中に、たった今読んだばかりのtellaさんの日記と全く同じ文章を書いている人が何人もいる! 試しに「いまだ部長」という人のところを訪れる。日記の内容は一言一句同じで、マイミクシィ一覧には1000人いて、そのIDは1000万を少し超えたところに固まっている。コミュニティは「mixi初心者のためのガイドツアー」しかない。
どういうこと? 別な人のところを訪れる。「yumi_yumi」という女性のページだ。なのに日記の内容はtellaさんと全く同じ。1000人のマイミクシィのIDは1480万番台に固まっている。不意に私はぞっとする。何なの、これは? tellaさんって何者なの? この全く同じ文章を書いている人たちは誰なの? どうしてマイミクシィの番号がこんなに固まっているの?
tellaさんは実在する人なんだろうか。突然思い出す。日記やメッセージを通じて、私は住んでいる地域のことや、ケータイの番号や、暗証番号をどうやって決めるかという話など、本当なら軽々しく人に言ってはいけない話をたくさんしてしまった。何かとんでもないことが起こらなければいいけれど。そう思った瞬間、ケータイが鳴り始めた。時計を見ると午前2時半。わたしはケータイに触れることもできず、ただ見つめるしかない。ケータイは鳴り止まない。
(「mixi」ordered by こあ--san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
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