第22話 アネゴ肌
そして君がやってきてぼくの隣に座る。
「デビューだって?」
「はい」
同い年なのに敬語は変なんだけど、君の前ではなぜか目上の人相手みたいにしゃべってしまう。君があんまりにもアネゴ風だからだ。デビューCDのパッケージを見せるとぼくの手からひょいと取り上げ、少し顎を突き出して、じろじろと見る。ぼくがこの曲を書きながら思い浮かべていたとおりのポーズと表情だ。
「おー、メジャーじゃん」クレジットの社名ロゴを指さして君は言う。「よかったね、マジで」
「うん」ぼくは、自分でもバカだなと思うけど、大したことなさそうな顔をして返事する。「まあね」
「なにスカしてんだよ!」いきなり君がぼくの頭をはたく。そういうの、やめてほしいんだけどな。「素直に喜べっつーの。で、どんな曲なの?」
「え? ああ」最初から聞かせるつもりだったんだけど、いま気づいたような顔をしてiPodを取り出す。「これに入ってるけど、聴きます?」
君が面白そうな顔をしてぼくを見つめるのでドギマギする。彼女の分のイヤホンを渡す。しまった。2人で聞けるイヤホンをつけている時点で、聞かせる気満々なのがバレバレじゃん! でも彼女はそこには突っ込まず、黙ってイヤホンを耳につけて待っている。だからぼくはそそくさと演奏を開始させる。
「あっはははは」狙いに狙った甘ったるいイントロを聴いて君は笑う。「この、コミックバンドが!」
曲をバックにぼくもにやにやする。笑ってくれるとすごくほっとする。こういう音が何を狙っているのかちゃんと通じていることにも安心する。大真面目で甘ったるいのと勘違いされたりすると目も当てられないから。
「モータウンだね」リズムセクションを聴いて君はつぶやく。そうだよ。君の好きなモータウンだよ。歌詞を聴いて君は吹き出す。「こら! 冒涜だよ、モータウンに対する」
ぼくは少しこわばった顔で笑顔をつくる。大事なのはここからだからだ。君はそのままコメントをつけずに曲に聴き入る。そしてまず最初のポイントがやってくる。
敬語をつかっちまうんだ君に。
年上でもないのに。アネゴ肌。
デートに誘えないんだ君を。
いざというときココロは鳥肌。
君の表情が消えたように思える。そして間髪入れず、サビのフレーズが流れる。
君の心にノミネート
そでなきゃ人生ターミネート
「なんだそりゃあ」君は笑う。「ノミネートなんか狙ってないで賞を獲りにきなよ」
「まあそうなんだけどさ」笑顔を見て半分安心する。そして半分がっかりする。「まあね」
それからすぐにもう一つのポイントが来る。
毎日だって会って話す君に。でも、
その時ゃ完全に舎弟さ、アネゴ肌。
だからぼくには忘れられない君の
真冬の花火に照らし出されたその素肌。
君は強い視線をぼくに送る。怒ったのだろうか。個人的なエピソードをこんなところに使ったことに。ぼくらが二人だけで見たあの真冬の花火のことを。そしてまたサビのフレーズ。
ほらほらここはよく見ねーと
この瞬間をラミネート
エンディングに向けて君は目を伏せ曲に聴き入るような様子を見せる。この曲をどう受けとめたのか、ぼくには想像もつかない。心臓がやけに早く打って胸から転げ出しそうだ。曲が終わる。君が目を上げる。
* * *
「いかがでした?」
「まさにこれです、飲みたかったのは」
「そんな気がしましたよ、お客さんの様子を見て」
「なんて名前ですか。このカクテル」
「いえまだ決めてないんです」
「どうして」
「最初はフリーザーって呼んでたんですが、ちょっとニュアンスが違って」
「確かに。冷凍っていうより、もっとそのままの鮮やかな色と形で、大切な瞬間をいつでも見ることができ……。あっ」
「何か思いつきましたか? 名前募集中ですよ」
「あの。いいのかな。宣伝みたいになっちゃうけど」
「何でしょう?」
「これから出るぼくのデビュー曲のタイトルなんですけど」
「はいどうぞ」
「『ラミネート』なんてどうですか?」
隣でグラスを揺らしていた君が吹き出してツッコミを入れる。
「調子に乗るんじゃないの! それに、あのタイトルはわたしだけのものなんだから」
同じカクテルが君の口元で揺れる。
(「ラミネート」ordered by こあ-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
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