そうよ我らはエイリアン !

水田柚

その日、宇宙人はアイドルを知った

「セナ君、君は優秀な官僚だ」


 はるか彼方の成層圏にある大臣の執務室まで呼び出されて、開口一番それだった。


「ええ、その通りでございます、大臣」


 私は特に否定もせずに深々と頭を下げる。事実、私は優秀な官僚だからだ。


「ああ、君は優秀だ。そんな優秀な君に頼みたいことがある」


 大臣がこう切り出す時は決まって重要な政策、プロジェクト、もしくは諜報作戦などが言い渡される。問題ない、私はすべてを乗り越えてきた。


「セナ君、君にはしばらく地球に勤めてもらいたい」


「……地球ですか?」


 すぐさま頭のなかに叩き込んである知識の本棚を探る。地球、ここぺトロ星から三万光年先にある海洋型惑星。最近星間連合に加盟した新興星で暦もまだ二〇二一しが数えていないらしい。資料で読んだだけの記憶だが、正直なんの変鉄もない田舎惑星という印象を受けた。


「重要な任務だ。もし成功したらこの国を……いや、この星の歴史を変えるかもしれない」


 大臣が宙に浮遊する椅子に、深く腰掛けながら言った。この星の歴史を変える……その言葉は冗談でもないらしい。彼の顔がそう物語っている。


 そして彼は左手で、これまた宙に浮くデスクの一番上の引き出しを開け何かを取り出した。丸く平べったい紙に取っ手がついている何かを。恐らく地球の道具だろう、私の知識の限りではそんな道具はぺトロ星には存在しないからだ。


「セナ君、これはなんだと思う?」


 彼は私を試すかのように問いかけた。少しの間を置いて私は答える。


「恐らく宗教的な祭事に使う道具でしょう」


「ふむ、その理由は?」


「具体的な用途はわかりませんがその道具の表面の文字、確か地球語で愛の意味を持つ文字だったはず。つまりそれは神への愛を表す道具。私の想像では演舞隊がその取っ手の部分を持って舞い踊るものと考えています」


 大臣の返答はなかった。ただ気まずい静寂が執務室を包み込む。だが私は平常心を保っていた。なぜならこの一種の無理難題に一定の根拠と筋を持つ答えを返すことができたからだ、後悔はない。静寂の中、大臣の背もたれが軋む音が響いた。


「さすがだ、セナ君」


 大臣の第一声は称賛だった。


「この道具、地球の極東で生れた道具で〈うちわ〉という名が付けられている。本来の用途は風を起こし涼むために存在するものだが、この道具にはもう一つの使い道も存在する。地球にはアイドルという職種があってね、この道具はそのアイドルに心酔する者が自らの愛を表現するための物だ。君の言う通り一種の宗教と変わらないのかも知れないね」


 私は内心、胸を撫で下ろした。どうやら大臣の満足する答えを出せたらしい。


「ではセナ君、今回の任務を伝える」


 この任が私の運命を、そしてこの星の未来を大きく変えることになるとはまだ私には知るよしもなかった……


「君には地球に赴き――」

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