第87話 ダンス部をぶっ潰してもいいわよ

 じょ、冗談だろ?どうして俺がダンス部にスカウトされないといけないんだあ?

『開いた口が塞がらない』というのをリアルで体験する事になるとは全然予想してなかったから、完全に俺は動揺している・・・

 俺は思わず食堂の入り口を封鎖している唯をチラリと見てしまったが、唯だけでなく真壁先輩や軽音楽同好会の面々は『何が起きたんだあ?』という表情をしている事に気付いた。

 ということは・・・さっき絢瀬先輩が言っていたことは唯たちには聞こえてない・・・まあ、たしかに食堂は無人とはいえ、食堂前の廊下は相当ごった返していて騒々しいから聞こえなかったのだろうけど・・・もしこの事を知ったら、どういう反応を示すのだろう・・・

 俺は絢瀬先輩に視線を戻したけど、その絢瀬先輩はずっと俺を見ていることに気付いた。つまり、絢瀬先輩はマジだ!嘘や冗談を言ってない!!

「・・・これは絢瀬絵里華えりかたっての依頼とだけ言っておくわ」

「・・・・・」

「というか、わたしの手に負えない問題だから、誰かに助けて欲しいと本気で思っているわ」

「助けて欲しい?」

「ええ。本当に誰かに助けて欲しい。というか手伝って欲しい」

「・・・・・」

「この問題が発覚した事でダンス部の結束は逆に高まった。いや、むしろ1枚岩になったと言っても過言ではない」

「・・・・・」

「でも、その1枚岩にヒビを入れたくないから、野乃羽さんを脱落させたくないから、わたしが君と会っている。というか、わたしが敢えて周囲の視線に晒されながら、こうやって君と話をしているというのだけは理解して欲しい・・・」

 絢瀬先輩は最後は消えるような声で話していたけど、俺は絢瀬先輩の気持ちが少しだけ理解できたような気がする。

 ダンス部に起きた問題が何なのかは俺には分からない。だけど、それを絢瀬先輩を始めとしたダンス部のみんなが一致団結して突破してようとしている時に、俺はある意味、ダンス部という格好になった、それだけは間違いなさそうだ。

 絢瀬先輩はその割れかけたダンス部を再び元に戻そうとしている・・・あえて自分を犠牲にする事でダンス部を守ろうとしているんだ・・・

 それは一体、どんな事なんだろう・・・

「・・・さすがにダンス部に起きた問題をこの場で言うのはやめておくわよ」

「どうしてですか?」

「これを公表したくない、というか、ここで話したらダンス部以外の生徒に聞かれる可能性があるから言えない、が正しいわね」

「・・・・・」

「でも、この話を聞いたら多分、君は後ろには引けなくなる。だけど、900人以上いる桜岡高校の中では平山拓真君、君にしか相談できそうもない問題だと言っておくわね」

 絢瀬先輩はさっきから俺をずうっと見ているけど、その顔は何となくだが泣きそうになっているようにも見えなくない。ある意味、本当に絢瀬先輩も追い込まれていて、俺にその内容をぶちまけて助け船を求めているのかもしれない。

「・・・もちろん、マネージャーを引き受けるかどうかは君の勝手だけど、君にやって欲しいのはマネージャーであってマネージャーでは無いとだけ言っておくわ」

「あのー・・・」

「ん?どうしたの?」

「『マネージャーであってマネージャーでは無い』とはどういう意味ですか?」

「言っての通りよ」

「全然意味不明です」

「・・・最悪、ダンス部をぶっ潰してもいいわよ」

「はあ!?」

 俺は再び大声を上げてしまったけど、絢瀬先輩は冗談を言っているようには見えない。本気の本気だとしか思えない・・・

「・・・ダンス部のみんなはこの問題が発覚した時、最初は意見が割れたわ。だけど、という考えだけは、1年生を含めた全員の意見だったから誰もが今まで通りのダンス部として練習している。逆に言えば、この問題の対応は部長であるわたしが全責任を持って対応していると言っても過言ではないわね。もちろん、顧問の新田にった恵美子えみこ先生も知っている。というか、生徒と言い出しっぺの『と・・・』・・・まあ、これを言う訳にはいかないけど、それとの間で板挟みになっている最大の犠牲者は新田先生であって、わたしがその次の犠牲者と言ってもいいかもね。この場にがいたら、全力の往復ビンタを食らわせてやりたい気分だと言っておくわ。これは冗談ではなく本気よ!」

 そう言った時の絢瀬先輩は少し怒ったような顔にも見えた。でも、ふざけているようには全然見えない。内心は相当怒っているとは思うけど、それを無理して抑え込んでいるから、相当ストレスが溜まっているんだろうな・・・

「あのー・・・」

「ん?どうしたの?」

「お父さんとかお母さんとか、家族は絢瀬先輩が悩んでるのを知ってるんですか?」

 俺は素朴な疑問を絢瀬先輩にぶつけたが、その話をした途端、絢瀬先輩は「はあああーーー・・・」と長ーいため息をついた。あれっ?

「勘弁して欲しいわよー。何しろ、お爺様がの話に乗って、ある意味になってるんだから、お爺様に加えて父も母もある意味、わたしの敵よ。とてもでじゃあないけど、絢瀬家でこんな愚痴を言い出せる訳がないし、だいたい、お爺様の意向を無視できるような人物はうちにはいないわよ。ある意味、わたしが第一号になろうとしているんだから父も母も、わたしがこの事で悩んでるだなんて、これっぽっちも思ってないでしょうね!」

 そう言って絢瀬先輩は再び「はあああーーー・・・」と長ーいため息をついたけど、今度のため息は怒りをぶちまけるかのような、相当荒いため息だったのは言うまでもない。絢瀬先輩、内心は相当荒れてるんだなあ・・・

 そうなると、やっぱり絢瀬先輩を放っておけない。たとえ唯や軽音楽同好会のみんなに迷惑をかけるような事になったとしても、桜高三大美少女の一人、絢瀬絵里華を孤立させるような事態だけは避けるべきだ・・・

「・・・絢瀬先輩」

「ん?どうしたの?」

「絢瀬先輩を、ダンス部に起こった問題が何なのかは俺には分かりませんが、その話を俺にしてくれませんか?」

 俺がそう言った時、絢瀬先輩の表情が一気に明るくなった!

「ホントにいいの?」

「いいです。その話が俺の手に追えるかどうかは別として、弁護士一家の端くれとして相談に乗りますよ」

「ありがとう!」

 そう言ったかと思ったら絢瀬先輩は上体を乗り出してきて、机の上に置いていた俺の両手を絢瀬先輩が両手で握った!絢瀬先輩は少し泣いているように感じたのは俺だけだろうか・・・


 でもその瞬間!廊下の方から一斉に怒号が起こり、食堂の窓ガラスが一斉にガタガタと凄まじいまでの音を立てたのは言うまでもなかった・・・


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