第85話 周りの視線が恐ろしくて

「・・・それでね、その時に入賞できなかったのが逆にバネになって、みんな悔しくて悔しくて、本格的に練習に取り組んでくれるようになったのねー」

「う、うん・・・・・」

「わたしも最初は半信半疑だったんだけどー、一度でもそういう事があるとモチベーションがこうググッと上向くから、なーんか時間を惜しむかのように必死になってるのよー。次の時に今より下がったら恥ずかしいっていう気持ちになって、誰も疲れたって言わないから逆に誰かがブレーキを掛けてあげないと壊れちゃうんじゃあないか思ったくらいよー」

「う、うん・・・・・」


 今、俺は本校舎の1階廊下を歩いている。

 でも、俺は一人ではない。俺の隣を歩いているのは・・・絢瀬先輩だ!

 しかも絢瀬先輩は俺の左、それも10センチあるかないかの距離を歩きながら、殆ど一人で喋っているに等しい。俺は相槌を打つのも殆どなく、絢瀬先輩の話を黙って聞いているだけに等しい。いや、殆ど絢瀬先輩の声が


 正直に言うが手のひらが汗だらけになってるのが見なくても分かる!!


 俺と絢瀬先輩はつい10分ほど前までは第二音楽室にいた。でも絢瀬先輩が「場所を変えましょう」と言って立ち上がった時、軽音楽同好会の5人のメンバーは誰一人として俺を引き留めなかった。というより藍や唯、それに先輩も絢瀬先輩が最初に言った言葉に反応して絶叫した後は固まったようになっていて、5人とも動こうとしなかった。俺は絢瀬先輩に急かされる形で立ち上がったけど、階段を下りる時に気付いたが唯たち5人は俺と少し距離を空けて後ろを歩いている。いや、何となくだが俺と絢瀬先輩がどこへ行くのか気になって追いかけているようにも思える。

 当たり前の事だが、廊下を普通に歩いていた連中は一人残らず道を空けた。というより、ほぼ全員がと感じるのは間違ってないと思う。

 そりゃあそうだ、何しろ絢瀬先輩と俺の距離は、俺が校内で藍や唯と並んで歩く距離の半分もないのだあ!殺気立った視線が廊下のあちらこちらから突き刺さるのが分かっているから、とてもではないが会話なんか出来る訳がなーい!!


 でも・・・何となくではあるが、いや、何となくではなく明らかに普段の絢瀬先輩の口調とは全然違う!何かがおかしい!!

 普段の大人びた口調ではないし、だいたい、絢瀬先輩が語尾を伸ばして喋るなどという話を聞いた事がない・・・あー、そう言えば一度だけ高坂さんが言ってたけど、ダンス部の子たちだけで話をする時は時があると言ってたなあ。その時には語尾を伸ばすクセがあるって・・・

 という事は・・・今の絢瀬先輩が本来の姿であって、普段の絢瀬先輩は作り物?わざと自分を演じてる?


「・・・みーんなさあ、わたしがダンス部を変えたとか言ってるけどー、本当は当時の部長だった東城先輩が変えたんだよー。『あなたたち!1年生にあんな事を言われて悔しくないの!!』とか言って、逆にわたしの方が怖かったなー。でもね、その一言でみーんなスイッチが入っちゃってね、あれよあれよと言う間に3か月が過ぎて、しかも初めて出たコンテストで散々な目にあったから、夏休みが始まった頃には当時顧問だった山田先生が『お願いだから練習をやめて帰って頂戴!』って逆に毎日のように頭を下げるくらいに変わっちゃったからねー」

「へえーーー」

「東城先輩が引退するときに当然だけど『次の部長は誰がやる?』っていう話になったんだけど、東城先輩自身が『絵里華、後は任せたわよ!』とかいきなり指名するんだよ。酷くなーい?わたしが一番ビックリしちゃって『冗談ですよね?』って逆に聞き返したくらいだけど、まさか本気で言ってるとは思わなかったし、先輩たちも誰も反対しなかったから、『え?え、えっ?』とか言ってる間に部長にさせられちゃって、1年の秋から部長って有り得ないよねー」

「う、うん・・・」

「あの頃は『正直勘弁して欲しいなあ』って内心では思ってたけど、いつの間にか『絢瀬絵里華のダンス部』『ダンス部といえば絢瀬絵里華』って先生方だけでなく理事の方々まで言い出すから、もうわたしも降りるに降りられなくなって、そのままズルズルと部長をやってるけどー、最近は生徒会の方がメインになっちゃったからダンス部の方は南野さんに殆どお任せ状態になってるけどねー」

「ふーん」


 俺はさっきから後ろをチラッチラッと何回か見てるけど、唯たちだけなく、いつの間にか10人以上もついてきているから逆に怖くなってもう振り返れなくなってます。というか、どうして真壁先輩までいるんですか?しかも、真壁先輩だけでなく藍と中野さんの3人が揃いも揃って風紀委員の腕章をしているという事は何を言いたいんですかあ!?俺は何も変な事はしてないし、風紀委員に指導されるような事は一切してませーん!分かってくださーい!!


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