第84話 君と二人だけでお話をしたい
珍しく第二音楽室の扉をノックする音が響いたので、俺たち全員が扉に注目した。
「たっくーん、誰か来たよー」
「あのさあ、唯が一番近いんだから唯が行けよー」
「えー、だってー、折角座ったのにさあ、また立つのは面倒だよー」
「お前さあ、ここに来そうな人は南城先生しか残ってないんだぞー」
「あー、それもそうねー。そういう事だから、たっくん、よろしくね」
「結局は俺に押し付けかよ!?」
「押しつけじゃあないよー、たっくんの仕事だよー」
「はあああーーーー・・・」
俺は結構長ーいため息をついたが、どうせ『暖簾に腕押し』なのは分かってる。何回言っても、誰に言っても俺のところに回ってくるなら素直に行った方がマシだな。
あれ?・・・そういえば・・・
「・・・あのさあ、南城先生ならノックもしないで入ってくる筈だろ?」
「あー、たしかに後輩君の言うとおりだ」
「でしょ?」
「分かったぞ!きっと南城先生は両手一杯のお土産を持って来たから扉を自分で開けられないんだ!そうに決まってる!いや、そうに決まった!!」
「せんぱーい、勝手に決めつけていいんですかあ?」
「とにかく、後輩君は扉を開けてやりなさい!ご褒美に国語の中間テストの点数を5点くらいサービスしてくれるかもしれないぞ!」
「そんな事をしてくれる先生だったら俺も苦労しません!分かりましたよ、やればいいんでしょ、やれば」
「「頼んだよー」」
先輩と唯は声をそろえて右手を振ったから、俺もやむなく立ち上がって扉に手を掛けた。
だが・・・扉を開けた瞬間、俺は完全に固まってしまった。
扉を開けたその先にいたのは・・・桜岡高校のブレザーを来た女子だ。この段階で南城先生ではないというのが分かった。だが、その女子生徒は他の生徒と大きく違う!そう、髪が正真正銘のブロンドヘアーなのだあ!
「あ、絢瀬先輩!どうしてここにいるんですかあ!?」
俺は思わず大声を上げてしまったから、唯たちも全員、女子トークを中断して俺の正面に立っている絢瀬先輩に視線が集中した。そりゃあそうだろ?誰もが扉の先にいるのが南城先生だと思ってノホホンとしてたから、まさか絢瀬先輩がここに来ると誰が想像しただろうか・・・
「あらあらー、相変わらずのオヤツタイムですかあ?」
そう言って絢瀬先輩はニコッと微笑んだけど、その破壊力は半端ない!というより、以前より破壊力が増していると感じるのは俺だけですかあ?
「ま、まあ、たしかに練習より先にオヤツタイムなのは間違いないですけど・・・それはそうとして、どうして絢瀬先輩がこんな所へ来るんですか?ここは桜高の僻地とまで呼ばれている第二音楽室ですよ!!」
「いけませんか?」
「そうは言いませんけど、生徒会室に行かなくてもいいんですか?」
「会議室から帰る途中に寄り道した、では駄目ですか?」
「駄目とは言いませんけど、会議室は本校舎の一番あっちです!寄り道どころじゃあありませんよ」
「それじゃあ、言い方を変えます」
「言い方を変える?何ですか、それは」
「ズバリ!平山拓真君、あなたとお話をしたくて、わざわざここに来ました」
俺はその一言で完全に固まってしまった・・・後ろにいた唯たちも全員が固まってしまった・・・一体、絢瀬先輩は何を言いたいんだあ!?
絢瀬先輩は「チッチッチ」と右手の人差し指を顔の前で左右に振ると「嘘じゃあないわよー」と言って堂々と第二音楽室へ入ってきたから、俺は絢瀬先輩に黙って道を開ける事しか出来なかった・・・
先輩は慌てて立ち上がって「こちらへどうぞ!」と言って自分が座っていた席を譲ったから、絢瀬先輩は「失礼します」と言ってから丁寧に椅子に腰かけた。当たり前だが藍も唯も、それに中野さんも茫然として絢瀬先輩を見ていることしかできず、琴木さんは琴木さんで慌てて立ち上がって急須に入っていた茶葉を一度捨てて新しい茶葉を入れると湯を注ぎ、それを大慌てで湯呑み茶わんに入れて絢瀬先輩に差し出した。
絢瀬先輩は「ありがとう」と丁寧に琴木さんにお礼を言うと、その湯呑みを自分の口元に近付けた。
「・・・いい香りがしますね。新茶ですね」
絢瀬先輩はそう言うとお茶をゆっくりと口に含んだ。それは、まさに優雅というか芸術的とでも言うべきか、とにかく見ているだけで絢瀬先輩の瞳の中に吸い込まれそうなほどだ。俺はボーッと突っ立っていたから、それを先輩が俺のブレザーの右袖を無理矢理引っ張って俺を絢瀬先輩の正面、さっきまで琴木さんが座っていた席に座らせた。つまり、俺は絢瀬先輩と向き合う位置に無理矢理座らされた格好だ。当然だが中野さんは完全に逃げ腰で、椅子だけ持ってササッと藍の後ろに隠れてしまったほどで、藍と唯も、俺と絢瀬先輩を黙って見ていることしかできなかった。
俺は手がびっしょりになってるが自分でも分かる。一体、絢瀬先輩は俺と何を話したいんだ・・・
「・・・あー、あのー」
「ん?どうしたんですか?もっと肩の力を抜いてください。逆にわたしの方が喋りにくくなってしまいますから」
「そ、そうですか?」
「でも、その前にいいですか?」
「その前に?」
「これ・・・福赤餅だと思うけど、わたしも食べていいですか?」
「へ?・・・」
絢瀬先輩はニコニコしながら俺がさっきまで座っていた席の机、今は先輩が座っている席の机に置いてある福赤餅を指差したけど、俺は予想だにしなかった絢瀬先輩の言葉に完全に固まってしまった。けど、先輩が「どーぞどーぞ、遠慮なく」と言って福赤餅を絢瀬先輩の前に持って来たから、絢瀬先輩はニコニコしながら右手で木ヘラを持って福赤餅を1切れだけ分けると、それを紙の小皿に移してから竹串で無造作にブスッと指したら、それを一口だけ口に入れた。その仕草もまた優雅そのものだ。
「・・・あー、あのー」
俺は再び絢瀬先輩に話しかけたけど、さっきまでニコニコ顔だった絢瀬先輩は『ハッ!』という表情になったから、俺は一瞬「あれっ?」と思っしまったほどだ。
「す、すみません・・・ついつい食べる事に夢中になってしまって」
「あー、いやー、別に俺はそんな事は全然・・・」
「わたしねえ、和菓子を見ると気になって気になって仕方なくなっちゃうからー、普段は自分でセーブしているくらいなんだけどねー」
「は、はあ・・・」
「まあ、それはそれとして平山拓真君、君にお願いがあるんだけど」
「あー、はい、何でしょうか?」
俺は思わず膝を乗り出したのだが、絢瀬先輩は何を思ったのかニコニコ顔から急に超がつく程の真面目な顔になった。あれっ?一体、何があったんだあ!?
「・・・場所を変えませんか?」
「へ?」
「君と二人だけでお話をしたいのです」
「「「「「「ええええええーーーーーー!!!!!!」」」」」
おいおい、絢瀬先輩はいきなり何を言い出すんだあ!?俺でなくても絶叫したくなるぞ!
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