第38話 これが落ちついていられるかあ!!

“トントン”


「「どうぞー」」

「失礼しまーす」

 そう言って第二音楽室の扉が開いたけど、扉を開けたのは赤色リボンの女の子だった。

「わおー、ホントに来てくれたんだあ!」

「あのー、わたしは行くって言ってましたよー」

「と、とにかく中へ入って!そんな所で立ち話もなんだからさあ」

 唯が興奮したような顔で1年生の女の子、琴木こときさんを招き入れたけど、藍も普段のクールな視線ではなく興奮したような顔でいるのは俺の目にも明らかだ。

「さ、どうぞ」

 そう言って唯は用意してあった椅子を1つ引くと、琴木さんは「失礼しまーす」と言ってから座った。藍が早速コーヒーカップとコーヒー、といってもネッスルカフェのインスタントだけど、それを差し出しながら「コーヒーでいいかしら?」などと言って自分でコーヒーを作って琴木さんに差し出した。普段なら絶対に「拓真君、あなたがやりなさい」とか言って俺にやらせるのに、今日は気分がいいのか、それとも優等生・藍の仮面をかぶっているのか、それは分からないけどね。因みに琴木さんに差し出したカップは琴吹先輩が残していった百円ショップで買ったコーヒーカップだ。

 琴木さんはコーヒーカップにミルクと砂糖を1つずつ入れたけど、それを半分くらい飲んだところで一度コーヒーカップをテーブルに置いた。因みにテーブルの上に置かれているお菓子は先週と同様、うちの弁護士事務所で買った例の割れビスケットだ。ようするに体験入部の子に出す菓子を買えないのだ。さすがの藍と唯も自腹で出す気はなさそうだし、でも俺に払わせるという暴挙に訴えないところは先輩と違う(?)ところだ。

「・・・あー、そう言えば名前を言ってなかったですね」

「こちらが平山藍先輩、そちらが平山唯先輩ですよね」

 唯は琴木さんに自分たちの名前を名乗ろうとしたけど、琴木さんはアッサリ、藍と唯の名前を言ったから二人とも「あれっ?」と言わんばかりの顔をしている。俺も何故琴木さんが藍と唯の名前を知ってるのか全然分からないぞ。

「私たちの名前を知ってるの?」

「だってー、『桜高の女王様』平山藍先輩と『桜高の姫様』平山唯先輩の顔と名前を知らない1年生はいませんよー」

「あらー、そんなに有名だったなんて、唯も照れるなー」

「クラスの子も言ってましたよー。『軽音楽同好会のお喋り女王様とお喋り姫様』だってね」

「「・・・・・ (・_・;) 」」

 おいおい、俺は思わず声を出して笑いそうになったけど二人に後で何をされるか分からないから辛うじて堪えたけどね。それにしてもこの子、さすが1年生だけあって藍を恐れてないというか天然というか、たしかに喋り方も少し間延びしてるから無邪気な幼稚園児みたいな子だ。

「・・・それにしても、噂通りのオヤツタイムですね」

 そう言ったかと思うと琴木さんはニコッとしたけど、藍も唯も半ば照れ笑いをしながら「ウンウン」と首を縦に振った。

「まあ、うちの同好会は堂々と放課後にやってますけど、どの部も同好会も多かれ少なかれやってますよー」

「もしかしたら御存知ないかもしれないけど、この学校の運営には『春花堂しゅんかどう』さんが深く携わっていて、スイーツ研究会は『春花堂』の第二の商品開発部と言っても過言ではないくらいに『春花堂』さんとコラボした商品を今までに出してるからね」

「なにしろ毎年20人くらいの部員が集まるから、正直羨ましいわよ」

「まあ、『春花堂』さんの商品開発室にも桜岡高校のOGが結構いるしー、他にも『春花堂』さんで働いてる先輩や実際にアルバイトしてる子もいたわねー」

「しかも『春花堂』のお店で桜岡高校の生徒手帳を見せれば3%引きになるんだよー」

「たしか『春花堂』の会長さんは学園の外部理事にもなってた筈よー」

「全国の高校の中でも、学校の購買で和菓子や洋菓子を堂々と販売してるのは、うちと、うちの兄弟校だけじゃあないかなあ」

「出来れば購買に『うなパイ』を置いて欲しいけど、それは贅沢な悩みかもね」

「『うなパイ』の知名度は全国区なのに、購買に置いてないのはちょっと悲しいよね」

「賞味期限の問題かしら?」

「学校前の支店の売り上げが減るからじゃあないの?」

 藍と唯はニコニコ顔で琴木さんそっちのけで話してるけど、二人が話してる間、琴木さんもずっとニコニコしながら話を聞いていた。もちろん、俺も殆ど愛想笑いに近いけどニコニコしていた。

「・・・そういえばー、チラシには女子のみ募集って書いてありましたけどー、という事はこちらの先輩はマネージャーさんになるんですかあ?」

 そう言って琴木さんは俺の方を見て不思議そうな顔をしてたから、俺は思わず「違うよ」と言ってしまったし、藍と唯も「違うよー」と口を揃えて俺の言葉を肯定したから、琴木さんは頭の上に『?』が2つも3つもつくような表情をした。まあ、無理ない事かもしれないけどね。

「・・・あのー、たしか合同説明会の時にドラムをセットしたりアンプを運んだりしてた人がいましたよねえ」

「あー、それは俺なのは間違いないよ」

「だからー、わたしは運動部の女子マネージャーみたいな人が軽音楽同好会にいると思ってましたよ」

「女子のみの同好会だからマネージャーは男かよ!? ( ゚Д゚) 」

「でもー、違うって事は、もしかして・・・」

 そう言うと琴木さんはニヤニヤしながら俺に向かって「ふーん、ナルホド」とか言ってるぞ。おーい、琴木さーん、何か勘違いしてませんかあ?

「あのー・・・お名前は?」

「俺は平山拓真。2年生や3年生なら知ってると思うけど、俺、藍と唯とはなんだよね」

「うっそー、それって初耳です!」

「まあ、1年生だから知らないのは無理ないかな」

「それじゃあ、拓真先輩と呼んだ方がいいですか?それとも平山先輩の方がいいですか?」

「あー、俺は別にどっちでもいいよー」

 俺は琴木さんに普通に返事したけど、琴木さんは『フンフン』とこれまた意味深に頷いてるけど、何を考えてるんですかあ?俺にはさっぱり分かりませーん。

「・・・まあ、たっくんは軽音楽同好会のゲストみたいな存在と思ってくれれば間違いないよ」

「そうね、拓真君は私たちの同好会にとって必要な存在あって、ドラムをセットしたりアンプを出したりするのは拓真君の仕事だし、私たちが話に夢中になっている時にお茶やお菓子をサッと差し出す拓真君は執事というかウェーターというか、とにかく軽音楽同好会の会員ではないけど、準会員みたいな存在ね」

「「ねー」」

 おいおい、藍の奴、執事とかウェーターとか言ってるけど、実際の俺は『女王様のしもべ』と変わらない扱いだぞ!勘弁して欲しいぞ、ったくー。

「・・・ところで、琴木さんはどうして軽音楽同好会に入ろうかなあ、って思ったの?」

 唯が興味津々といった目をしながら琴木さんに聞いてきたけど、琴木さんはニコッとしたかと思ったら髪の毛をクルクルと右手の人差し指で回し始めた。

「えーとですねえ・・・ピアノは小学校の頃に少し習ってたけど、今はもっぱらキーボードなのね。この高校で音楽系の部や同好会はあるけど、吹奏楽部はピアノもキーボードも無いでしょ?わたしは合唱部という柄ではないと自分では思ってるし、ジャズにキーボードが合わない訳じゃあないけど、ジャズよりポップ、ロックの方が好みだし、それにチラシには『キーボード大歓迎』と書いてあったから、それなら軽音楽同好会でいいと思って、それで来てみたのね」

「そ、それなら今からキーボードをやってみて!何なら唯たちと一緒に演奏しようよ!!」

 そう言ったかと思ったら唯は立ち上がって琴木さんの肩をバシバシ叩いてるから琴木さんも迷惑顔だぞー。お前さあ、琴木さんの都合を全然考えてないだろ!

「ここにキーボードがあるんですか?」

「学校の備品ならあるわよ!説明会の時にやった『ふかふかタイム』はどう?」

「いいですよー。あれならキーボードのパートもメインパートも楽譜を見なくてもやれますからー」

「『鉄は熱いうちに打て』よ!たっくん、キーボードを出して来て!!」

 いきなり唯から話を振られからノンビリ構えてた俺の方が焦ったぞ!まさか唯が自分から演奏するなどと言い出すとは全然想像してなかったからなあ。

 でも、藍も立ち上がったし、唯は俺に「早くしなさい」と言わんばかりの視線を俺にむけてるから、仕方なく俺は一人で準備室へ行ってキーボードを第二音楽室まで運んでセットした。藍と唯は既に準備万端の状態で用意してあったから、いつでも演奏できる状態だ。

「・・・ところで、ドラムの先輩はまだ来てないんですかあ?」

「あー、りっちゃんね。言われてみればまだ来てないわねー」

「どうせ律子りつこ先輩の事だから、掃除当番をさぼって真壁まかべ先輩に説教されてるんでしょうね」

「あー、それはあるかもー。ほぼ毎月のように説教されてるからねー」

 おいおい、そんな話を1年生の前でベラベラ喋るなよー。折角唯たちと演奏する気になったのに気分を害したら入部してくれなくなるぞー。

「・・・たっくーん、りっちゃんがいないから例のCDを持ってきてー」

「へいへい、相変わらず人使いが荒いですねえ」

「たっくーん、何か言った?」

「いえ、別に・・・」


 俺は準備室からCDプレーヤーとCDを持って来て、それを机の上に置くとボリュームを最大にしてから『3』を選曲した。

「・・・おーい、そろそろいいかあ?」

「はーい、わたしはOKですよ」

「唯もOKだよ。藍は」

「勿論、OKよ」

 俺は3人が準備OKなのを確認して再生ボタンを押した。


『それじゃあ『ふかふかタイム』いくわよー 1、2、123』


♪♪♪~


 おお!非常にいい感じの出だしだ。藍も唯も琴木さんを見ながら演奏してるけど、完璧に息が合ってるとは言えないが十分に合格点の範囲だ。


♪君を見てると いつも心臓ドキドキ~ ♪


“バターン!”


 いきなり第二音楽室の扉が乱暴に開けられ、そこには先輩が立っていた。


「た、たいへんだあ!!!」


 いきなり先輩が大慌てで叫んで第二音楽室の駆け込んできたから、もう演奏どころの状態ではなくなり藍も唯もギターを弾く手を止めてしまったし、琴木さんもキーボードを演奏する手を止めてしまったから、CDからはドラムを叩く音が無情にも聞こえている。

「ちょ、ちょっと先輩!落ち着いて下さい!!」

「これが落ちついていられるかあ!!」

 そう先輩は言ったかと思うと、俺が制止する前に俺の飲みかけのコーヒーカップを右手に持ったかと思ったらゴクッと一気に飲み干した。

 俺だけでなく唯たちも唖然としていたが、先輩が次に発した言葉に全員が驚きの声を上げた。


のどかから、軽音楽同好会の予算を半分にすると言われた!」

「「「「えーーーーーー!!!!!!!」」」」

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