第91話

「いやぁ、まさか災厄の魔女と暮らした人と出会えるとは思っていなかったよ。噂に聞いた話では、彼女は人とは思えないほどの年数を生きたが、共に過ごした人などいないと言われていたからな」

「そうなんですか? 祖母は色々な話や知識を話してくれましたが、祖母自身の話はほとんどしてくれなかったので」


「いつからか現れた最強の魔術師、その名を世に知らしめた水龍討伐の話以外にも逸話は色々あるが、共に旅をしたりなどと言うのは聞いたことがないな。ましてや一緒に暮らしてたなんて」

「そうですか。私も恥ずかしい話、祖母がそんな偉大な存在だというのを知ったのは、祖母が死んだ後でして。昔冒険者だったというのは聞いていたんですが」


 アオイが話すカリラの話を聞きながら、カインは楽しそうにしていた。

 今は亡き養祖母の逸話は、カインの知っている博識で厳しいが、どこか抜けていて憎めない記憶と、若干不釣り合いな気がして、それを思い出す度に面白く感じた。


 一方アオイは、自分の生きる時代とそう違わないにも関わらず、伝説に語られ、最強の文字を冠した人物と晩年を共にしたカインから、伝説に似つかわしくない様相を聞けるのに興味が無いわけがなかった。

 お互い話は弾み、同じ年代の冒険者ということもあり、話題は尽きることがなかった。


「この先、目の前の蔓を払えば目的の場所ですよ」


 ふいにカインが声を上げた。

 アオイは先程も感じた、カインの不可解さに眉をひそめる。


 目の前に広がる蔦は、縦横無尽に伸び広がっており、切り払うのも一苦労そうで、とてもじゃないがこの先を見通すことなど不可能だった。

 長年ここに暮らしていたとは言うが、それも二十年程も前の話だ。


 道らしい道は消え、人の手が入らずに自由に育った木々がしげるこの森で、正確な位置など分かるものだろうか。

 アオイは疑問を抱えてもしょうがないとばかりに、カインに率直に聞くことに決めた。


「カインさんよ。さっき俺が隠れてたのもまるで居場所が分かっていたようだが、なんでそんなに正確に物の位置が分かるんだ? まるで、この蔓の先が見えているみたいじゃないか」

「ああ。えーとですね。話せば長くなるんですが……」


 カインは出来るだけ短く、しかし誤解を招かないよう丁寧に、自分の視界についてアオイに説明した。

 それを聞いたアオイは空いた口が塞がらないといった感じに、呆けた顔をしていた。


「それは……カインさん、随分な力を持っているんだな。羨ましい。俺は色々旅をして、冒険の知識だけは誰にも負ける気がしなが、人に誇れることはただ一つだからな」


 そう言うとアオイは意味ありげに手に持つ剣をカインに見せる。


「この技は俺の大昔、俺の先祖が森人っていう種族から教わった技らしくてな。先祖もこれ一つで大成したらしいが、それを代々受け継いでいるってわけだ」


 見てな、とばかりにアオイは集中し、剣を構えた。

 カインの視界では、アオイから手に持つ剣へと魔力が流れていくのが見えた。


 ふっと短い息を鋭く吐き出しながら、アオイは剣を目の前にしげる蔦に振るう。

 一閃、剣が通り過ぎた後、蔓はまるで元々二つに別れていたかのように、自然に境界を作った。


「蔓相手だとあんまり格好がつかないけどな。この技は名前すら失伝しちまったが、切ること、それだけに特化したすごい技なんだぜ? 先祖はこの技で何でも切ることができたらしい」

「それは凄いですね。私は恥ずかしながら、攻撃は不得意でして。もしもの時には頼りにさせてもらいますよ」


 アオイ切り開いた蔓を押し広げ、二人はその先へと進む。

 目の前にはカインの宣言した通り、一軒の簡素な家が建っていた。


 カインの記憶では、家の壁や周りはカインによって綺麗に刈り取られ、草や蔦などは無かったはずだが、二十年という年月は思った以上に長かったらしい。

 家の周りの草は腰の高さ以上まで伸び、家の壁は覆われていないところを探す方が難しいほど、蔓や蔦で覆われていた。


「本当にあったのか……」


 アオイが感慨深げに呟く。

 カインは色こそ失ったが、二十年程ぶりに見る家の姿に、込み上げるものを感じていた。


「ひとまず中に入ってみましょうか。鍵はこの辺りに隠したはずです」


 カインは入口まで進み、そこから大股で十歩ほど歩いた辺りの地面に視線を向ける。

 草で地面などとうに見えなくなっていたが、カインの視界には土の中に埋まる金属製の箱が見えていた。


 カインは腰の短剣を抜くと、地面に埋まっている箱を取り出し、簡単に付いた土を拭うと、おもむろに箱を開けた。

 箱自体は長い年月で元がなんの金属だったか分からなくなっていたが、幸いにも中は比較的綺麗なままだった。


 中に入っていた鍵を取り出すと、カインは再び家の扉の前に立ち、鍵穴に先程掘り起こした鍵を差し込む。

 何度か左右に捻ろうとしたり、抜き差ししていたが、やがてカインはアオイの方を向き一言漏らした。


「だめですね……鍵穴が錆びて動かなくなっているみたいです……」


 一部始終を黙って見ていたアオイは、その言葉と、カインの真面目に困った顔を見て、吹き出してしまった。


◇◇◇◇◇◇

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あらすじにも書かせてもらいましたが、現在他サイト(アルファポリス)で開催中の第12回ファンタジー小説大賞に応募中です。

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