第90話
人里離れた木々が鬱蒼としげる森の中、男は手に持つ山刀のような剣で、道無き道を切り開き歩いていた。
年は壮年、身につけている装備からベテランの冒険者であることが窺い知れる。
「ふぅ。こうも道が無いんじゃあ、目的地が本当に存在するのかも怪しいもんだな」
男は独り言を言いながら、なおも目の間にしげる木々の枝や蔓を切り払い、森の奥へと歩を進めた。
しばらく進むと、少し開かれた空間を目の前に広がる。
「ふぅ……ひとまず、ここで休憩するか。次に腰を落とせそうな場所が見つかるのはいつになるか分からないからな」
男はそう言いながら、背に持った荷物の中から折りたたまれた器具を取り出すと、慣れた手つきで火を起こし、簡単な食事の準備を始めた。
少しの時間の後、出来上がったスープと乾パンを口に入れようとした時、異変は起こった。
「なんだ?! 上か?!」
見上げると、点のようなものが徐々に大きくなっているのが見えた。
それは明らかに男の元へと近付いてきている。
「くっ! これからやっと飯だってのに!」
男は持っていた器と乾パンを脇に置くと、腰に下げていた剣を引き抜き、急いで火を消し、物陰に隠れた。
動物や弱い魔物などであれば、火はそれらを寄せ付けない効果があるが、強い魔物には効果がない。
むしろ、居場所がばれたり、注意を引くことになり、逆効果と言えた。
空を飛ぶ大きな魔物は、それなりに強力な魔物が多く、それらの可能性が高い以上は消した方が得だということを男は経験から知っていた。
やがて、有翼の魔物が降り立った。
息を潜めながら様子を見ていると、驚くことに、その魔物の背から、一人の男が降りてきた。
「グリフォンに乗るってどういう人間だ……いや、人間じゃないのか……?」
昔話に、魔物を使役する魔力を持つ人間がいた事は男も聞いたことがあったが、現在ではそんな人間がいるなど聞いたことがなかった。
そもそも、降りてきた男はまるで村人のような格好をしていて、恐ろしいグリフォンと一緒にいるのはどう考えても不釣り合いに思えた。
「ひとまず、去るまで身を潜めるか……グリフォンが相手など、割に合わん」
心の内を呟く男は、降りてきた男の言動に心臓を鷲掴みにされた。
気配は消した、先程居た火を起こした場所からも十分離れた、そもそもこれだけ木がしげっている中で身を潜めた人間を見つけるのは、元々居場所に検討が付いていても困難なはずだ。
「そこにいる人。すいません。危害は加えませんし、敵意もありません。安心して姿を見せてくれませんか?」
それなのに降りてきた男は、身を潜めている場所を直視し、そこに隠れていることなどお見通しだばかりの声を上げたのだ。
男はしばらく迷ったが、場所がばれている以上は、隠れている利点もないため、姿を現すことにした。
もちろん警戒は怠らず、手に持つ剣はいつでも対応出来る位置に構えたままだ。
一方、村人のような格好をした男は、腰に差した短剣も抜かず、笑顔を向けている。
「お前は誰だ? そのグリフォンはなんだ? ここに何をしに来た?」
少なくとも声をかけていたということは、対話の意思があるという事だろう。
男はひとまず疑問に思ったことを問いかけた。
この質問への回答、行動も含めてだが、次第でどう出るか決めるつもりだった。
問いかけられた男は、不躾な質問など意に介さずの様子で、にこやかな顔のまま答えた。
「私はカインと言います。このグリフォンはゼロと言います。知り合いから少し借りてまして。それとここの近くに幼い頃住んでいた家があるんですよ。久しぶりにそこへ行こうと思っているところです。それで、あなたは?」
カインの答えに、男はぎょっとしたが、ひとまず敵意は無さそうだと判断した。
しかし、グリフォンほどの魔物が人間の言いなりになるなどとは、簡単には信じられないため、警戒を解くことはしなかった。
「俺の名はアオイ。見た通り冒険者だ。この先にあると噂される、災厄の魔女の没した家を一目見たいと思ってここにいる。ところで、カインとやら。そのグリフォンはあんたの言うことを聞くのかい? 出来れば、この場から去って欲しいんだがね」
アオイの言葉を聞いたカインは、懐かしい通り名に目を細めながら、アオイに言われた通り、ゼロに空に飛び立つよう指示を出した。
ゼロがその場から姿を消したのを見届けたアオイは、ふぅっと息を吐き、肩の力を抜いた。
「すいませんね。まさか降り立つ場所に人がいるだなんて思いも寄らなかったものですから」
「俺も、まさか空から人が降りてくるなんて思いも寄らなかったよ」
「それで、災厄の魔女の家を訪れるつもりだと聞きましたが、何が目的なんです?」
「目的か? うーん。訪れるってのが目的だな。滑稽に思うかもしれないが、この目で色々なものを見るってのが俺の目標でな。今回も伝説とまで歌われた最強の魔術師、災厄の魔女が晩年暮らした場所がどんな所なのか、単純に興味があるんだ」
アオイの熱の入った話を聞いたカインは、この男は信頼しても良いと感じた。
長年の人生経験が、アオイの裏表のない性格を見抜いたのだ。
一方、アオイもカインには嘘偽りは不要だと感じていた。
長年色々な場所を旅し、様々な人間と共に冒険を過ごした経験から、目の前の人物は信用に足りると直感したのだ。
その後二人の男性は、すぐに意気投合し、短いながらも旅を共にすることを決めた。
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