第84話

「それにしてもすげぇな。カインさんよ。あんたもここでずっと暮らさねぇか?」


 今日は長柄の両刃斧ではなく、鉱物を掘るためのピッケルを肩にかけながら、ボルボルは真面目な顔でカインに語りかけた。

 カインは右の顎を人差し指でかきながら、苦笑する。


 二人の目の前にはたった今ボルボルが掘り進めた穴が広がっており、その壁には銀色に光る鉱石が無数に埋まっている。


「こんな大きなミスリルの鉱床を簡単に見つけちまうなんてよ。これでしばらく掘らなくてもいいくらいの量が採れるぜ」

「他にも似たようなのがいくつか見つかったから、後で地図にでも書いておくよ」


「たまんねぇな。カインさん、知らなかったが、目が見えてねぇんだって? そんな相手に俺は負けちまったんだ。でも、あんたになら負けてもいいって今じゃあ思えるよ」

「ははは。見えないけどね。視えてはいるんだよ。特にミスリルなんてのは見つけやすい」


 ボルボルは再びピッケルを手に持つと、ミスリルの鉱床から鉱石を掘り始める。

 キラキラ輝くこの鉱石を掘るのは、相当の力とコツ、そして確かな経験と十分な硬度を持つ工具か必要だ。


「俺じゃあ見つけられても掘り出すことは無理だからね。ドワーフの皆には感謝だよ」

「何を言ってやがる。こうやってまた鉱山に入れるようになったのも、みんな、カインさん達のおかげじゃないか」


 そう言いながらもボルボルはミスリルの鉱石を掘り出し、既に一抱え以上もある山が出来上がっていた。


「よし、ひとまずこれだけあればサラちゃんの武具には間に合うだろ。ただ精錬するのが大変だからな。まだしばらくかかると思うぜ?」

「そうなのか? それは困ったな。ああ、このくらいの量ならなんとかなるかもしれない。俺にいい考えがあるんだ」


 そう言うカインの言葉に、今まで見てきた様々な不思議から、もう何があっても驚かないぞとボルボルは心に思い、掘り出した鉱石の山を荷車に載せると、二人で街へ戻った。

 カインはその鉱石を、寝泊まりさせてもらっているこの国の長ドムドムの家まで運んでもらうと、その山をいくつかに分けた。


 その山のひとつに手を当てると、魔力を注ぎ込む。

 やがて、石や他の金属が混ざった鉱石の中から、青白く輝きを放つ融けた金属のようなものが滲み出てきた。


 その液体とも固体とも分からないものは、するすると鉱石の外側を登り、カインの手へと集まっていく。

 おもむろに上にあげたカインの手の平の中には、拳大程度のミスリルの塊が握られていた。


「嘘だろ……」


 驚かないと決めていたボルボルが驚きの声を上げる。

 ミスリルの鉱床は色々な金属が混ざりあっている。


 その中から純粋なミスリルの塊を取り出すためには、高温で何度も精錬していかねばならないのが常だった。

 おそらくこの国の熟練鍛冶師すら、今カインが持つだけの量のミスリルを精錬するには、数日かかるだろう。


 それを、カインはものの数分で成し遂げたのだ。

 これに驚かなければドワーフ失格とばかりに、ボルボルは唸ってしまった。


「ふぅ……さぁ、これで精錬は不要だろ? 残りも全部やってしまうから、少し待っていてくれ」


 何が自分にはミスリルは掘り出すことが出来ない、だ。ボルボルは内心強く思った。

 この力を使えば、カインは簡単にミスリルの塊を手に入れることが出来たのだ。


 このくらいの時間でできるなら、なにもわざわざドワーフに断りなど入れず、近くの魔物をサラとソフィが相手している間に、掘り出すことが出来ただろう。

 それをやらなかったのは義理を通したかったからか? ボルボルはそう思うと、無性に可笑しくなって、カインの背中をばしばしと叩いた。


 小さいとはいえ、屈強な腕から放たれる平手を何度も背中に受けたカインは、痛みと驚きに耐えながら、大声で笑うボルボルを見て、合わせるように笑った。



「こりゃあたまげた。俺は長年ドワーフの鍛冶をやってるが、こんな純度の高いミスリルの塊を見るのは初めてだぞ……」


 カインが精製したミスリルの塊で、サラの新しい剣を作ってもらうため、ボルボルがこの国一番と絶賛する鍛冶師の元へ向かうと、鍛冶師は開口一番そう言った。

 渡されたミスリルの塊を目の高さに持ち上げ、まじまじと眺めた後、持っていた金槌で塊を力強く叩き始めた。


「これは最高の仕事が出来そうだ。ありがとうよ。礼を言うぜ」

「それならカインさんに言うんだな。その塊を精錬したのはカインさんだ」


 鍛冶師はシワでほとんど隠された目を大きく見開くと、カインの顔を下から覗き込むように、まじまじと見つめた。

 そのすぐ後、ニカッと笑うと、何が可笑しいのか、先程のボルボル同様、ばしばしとカインの背中を叩き始めた。


 カインは再び訪れた背中の痛みと衝撃に耐えながら、鍛冶師に礼を言うと、鍛冶場を後にした。

 外では、自分達の街へと帰る集団が、荷物を馬車に詰め込んでいた。


 治療が終わり動けるようになったクランのメンバーとジュダールは、ルーク達と共に先に帰国する。

 ルーク達は大公に関する情報を探るための準備を始める予定だ。


 カインは馬車に近付き、別れの挨拶を交わす。

 ここに留まることになっている、ライヤンとルティも見送りに来ていた。


「ルークさん。面倒をかけてすいませんが、これを父にお願いします」


 そう言うとルティは二つの書簡をルークに手渡した。


「ああ。任せな。なるべく早く、いやお前にとっては長くてもいいか? とにかく王子様が国に帰れるよう、手は尽くすからよ」


 ルティは頬を染めながら、ライヤンは真面目な顔付きで、深々と頭を下げ、遠ざかる馬車を見送った。

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