第83話
ライヤンの口からもたらされた驚くべき事実と、その場での決断をはばかられるような重大な頼みで、その場には静けさが漂っていた。
その静寂を破ったのはここに居る冒険者達が所属するクランのマスター、ルークの一言だった。
「是非もねぇな。俺らの街だけじゃなく、国まで乗っ取られてるって言うんなら、俺らが動かないわけはない」
「ちょっとマスター。この人の話信じていいのー? 本当の王子様かも怪しいよー?」
「名乗る前にミューが言ってたろ。こいつが王子だと。ミューの男の顔に対する記憶力は間違いない。特に色男はだ。それで十分だろ」
「あらあら。ルークちゃんに信頼されているのね。私。嬉しいわぁ」
ミューの発言を無視し、ルークは臣下の礼をライヤンに向かって行う。
それを見たクランのメンバー達も同様に膝を付き、頭を垂れた。
カインとサラ、ソフィは現在はコリカ公国の国民ではなく、公国を擁する王国の民なため、一般的な礼のみで済ませた。
実を言うと、サラとソフィはコリカ公国の臣下の礼を知らず、どうすればいいのか分からずに、父であるカインの動作に習っただけだった。
ライヤンは感謝の声を上げ、全員に楽にするよう命じた。
格好は一枚の布を身体に巻き付けているだけだが、その発言や動作から滲み出る威厳と風格は、彼が公国の第一後継者だと物語っていた。
「しかし、相手の素性も目的も分からない以上、動きにくいな。ましてやさっきのフードの男が王子殿下の見た者と同一人物なら、余程の準備をしないと勝てない戦いになる」
カインはそう言うと腕を組み考え込んだ。
それを見たルークが軽快に笑う。難しいと分かっていても、解を探すために必死で頭を使う、そういう男だと分かっているのだ。
「そういえば、サラ。あのジェスターとか言う男の集めているもの。結局何なのかしら」
「分からないわ。でも、私の冒険者としての目標が潰えたのは確かね……」
父カインには内緒にしていたが、サラが冒険者になり、これだけ頑張ってきたのは、父の失った視力を取り戻したいがためだった。
いくら魔力による視界が有るとはいえ、色もない世界で生きる父を不憫に思ったのだ。
また、生まれてから一度もその目で見てもらえていない自分を、父の実の目で見て欲しいという、子供じみた願望だった。
しかし、今まで見てきた原料の禍々しさに疑問を抱きつつも、どこか諦めきれずにいた気持ちも、ジェスターの言葉により、完全に霧散してしまった。
「それだ。あいつらは黒く染った魔物、グリフォンの言葉で言うなら闇堕ちって言うんだったか? そいつらを集めて何かしようとしているのは間違いない」
「もしかしたらヴァンもあのジェスターと関係してたのかもしれないわね。あの場で狩られる相手が昔のヴァンだったのかも。それを回避しようと、ジェスターは私達を襲った……」
その後話し合った結果、ジェスターはカインとララの見立てでは、現状適う相手ではないこと、そもそもカインがジェスターの前では使い物にならないことから、直接大公を襲うことはやめた。
また、いくら王子であるライヤンの後ろ盾があるといても、これまでの言動から 、ライヤンの国民への人気は地に落ちている。
人気の高い大公を討ち取って、いくら言葉を並べても、愚かな王子の妄言による気が狂った反乱だとして、民の心は掴めないだろう。
何をするにも準備や情報集めが必要だった。
そこでひとまず、原料の一つである、リヴァイアサンを探すことに落ち着いた。
もしジェスターがこれも集めているのであれば、先に倒すことにより、相手の目的を阻止できるかもしれない。
もう一つの原料はフェニックスだが、こちらはカインが殺すことを約束させられているものの、現状不死に対抗する手段が何も見つからないため、放置することにした。
いずれにしても動き出すのは、傷付いた者の傷が癒え、元々の目的だったミスリルを掘り出し、サラに武具を用意してからだ。
その事を伝えると、ライヤンは大きく頷き、しばらくこのドワーフの国に身を委ねることを願った。
おそらく国に戻ればその身の安全は保障されない。
人間が立ち入ることのほとんどないドワーフの国は、ライヤンにとってもちょうどいい隠れ家だった。
事情を聞いたドムドムは、ライヤンと言うよりも、恩人であるカイン達の顔を立て、ライヤンがこの街に隠れ住むことを承諾した。
未だ意識を戻さないルティについては、ジュダールと共に国に返すかどうか悩んだが、ライヤンの姿を見てしまった手前、戻すことによる危険があると判断し、ライヤンと共にこの街に留まってもらうことに決めた。
意識を取り戻してからそれを聞いたルティは、サラのことなど忘れたかのように、想い人であるライヤンと共に暮らせる喜びを、はばかることなく態度に表わし、ドワーフの国に住むことを快諾した。
◇
「一難去ってまた一難だなぁ」
「昔から思ってたんだが、お前が問題を呼び寄せる変な力を持ってんじゃないのか?」
ライヤンとのやり取りが終わり、皆それぞれ思う所へ移動した後、二人は部屋の窓から外を眺めていた。
最近の目まぐるしく変わる自分の状況に思いを馳せ、呟いたカインの言葉を、ルークがからかう。
「ほんの少し前まではのどかな田舎でゆったりと生活をしていたんだがなぁ」
「その生活と、今の生活。どっちが楽しいんだ?」
ルークの問いに、そんなの言うまでもないだろ、と心の中で思いながら、カインは微笑みで返した。
「けっ。おっさんに微笑まれてもちっとも嬉しくないぜ。冒険者を始めた頃は強くなって、偉くなれば両手に花なんて簡単だと思っていたんだがな」
ルークは懐から道具を取り出し、慣れた手つきで丸めた紙の筒を作ると、その先端に火をつけ、反対側を口にやる。
大きく吸い込んでから、気持ちよさそうに煙を吐き出した。
常人ならばこの煙に嫌悪感を滲ませるのだろうが、慣れているカインは何事もないように微笑んだままだ。
「それで、当てはあるのか? 海と言っても広いだろう。そもそも、乗り物も確保しなければならん。大体相手は伝説のような魔物だぞ?」
「当てならあるさ。昔カリラ婆さんに聞いたことがあるんだ。リヴァイアサンは陸地や空に住む全ての生き物を憎むってね」
憎むなら、そのすぐ近くにいるはずなのだ。
しかし、リヴァイアサンを見たという情報は聞いたことがなかった。
つまり近くにはいない。ならばどこに居るのか
カインは昔カリラに聞いた、カリラが作ったとされる海峡を思い出していた。
養祖母の創り出した、その名を冠した海峡。
災厄の魔女と呼ばれる原因になった場所。
そこは元々陸地であったが、カリラの魔法によって海の底まで削えられ、今やそこの分からない深い海溝が形成されていた。
カインはそこを目指すことを告げ、まずは愛娘サラの装備の新調を急ぐことにした。
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