第82話
「サラさん!!」
ソフィは立ち上がり、慌てた様子でサラの元へ駆け寄ってくる。
その顔は疲れが滲み、緊張のせいなのか強ばっている。
「ジュダールを止めに行ってください! あの人、私の話を全く聞かないんです! グリフォンの群れなど、人間が適うわけない事など、冒険者じゃない私にすら分かります!」
「ルティさん……」
ルティはまだ知らないのだ。ジュダール以外の冒険者は全員そのグリフォンに無残に殺されたことを。
ジュダールも片腕を失い、一命は取り留めたものの、その身体ではもう公国近衛兵に戻ることは出来ないことを。
「どうせ知ることだ。隠さず全部いやぁいい」
ルークがそう言うと、サラは決心したように頷き、事の仔細をルティに説明した。
話を聞いたルティは驚愕と悲しみと、そして既にグリフォンが討たれたという安堵とで、ぐちゃぐちゃになった顔を見せた。
「ライヤン、おいで」
ルティは乱れた心を落ち着かせるために、愛犬を呼び、再びその背中を撫で始めた。
それを見た人々は、かける言葉が見つからず、黙っていた。カインを除いて。
「すまんが、彼女は何をしているんだ?」
みなカインの方を向き、カインの言っている意味が分からず、怪訝な顔をした。
カインはその皆の様子で、見えていないのは自分だけだと言うことに気付く。
「まさか、お父さん、この犬#視えてないの__・__#?」
「犬がいるのか。どれ……」
カインはルティがしきりに空中で手を動かす位置に合わせて意識を集中させる。
ぼんやりとだが、獣の姿の輪郭が浮き上がってきた。
犬と言われて視れば、犬だと分かる。
サラは犬好きなカインが、ルティが毎回連れてくるライヤンを見ても、何もしないのが不思議だったが、理由を理解した。
「しかし、この犬別に黒くないぞ。むしろ金色だろ」
ルークがそう言うと、ララも続いて口を開く。
「この犬からはヴァンやさっきのグリフォンみたいに強力な呪いの魔力は感じないんだけどなぁ。あれ? ちょっと待って。この犬、気付かなかったけど、何かの魔法を受けてるみたいだよ?」
その言葉を聞いて、みな思わず身構える。
ルティは困惑した顔で皆を見渡し、ライヤンは動じず、床に伏せたまま、欠伸をしている。
「ちょっと待ってくれ。サラ、この前あげたペンダントあるだろ? それをこの犬にかけてみてくれないか?」
「分かった。やってみるね」
カインがサラに贈ったペンダントは状態異常を防ぐ付与魔法がかけられている。
もし、この犬が魔法による何らかの状態異常を受けているのだとしたら、このペンダントの力で治せるかもしれない。
サラが懐からペンダントを取り出し、鎖を首から外す。
ルティに一言断りを入れ、犬の首にそのペンダントをかけた。
その途端、眩い光が放たれ、事の重大性に気付いたカインは、驚くべき速さで動き、サラとソフィの身体の向きを変え、それぞれの両目を手で覆った。
光が収まると、地面にうつ伏せの状態で、金髪の端正な顔を持つ、全裸の青年が姿を現した。
ちょうどルティが撫でていた柔らかな撫で心地の毛並みをした背は、今やその青年の滑らかな素肌に変わっていて、ルティは状況を理解出来ずに固まってしまった。
青年は自分に何があったか分からないという表情で、ゆっくりと伏せていた床から立ち上がろうとした。
「おいおい。そのままじゃ、色々まずいだろ。ミュー。なんか身に纏うものをくれてやれ」
「えー。もう少しこの眼福を味わっていたかったのに。公国の王子の一糸まとわぬ姿なんてそうそう見れるものじゃないわよ?」
ミューの言葉にみな驚きの声を上げる。
視界を遮られ、状況が確認できない二人は、その言葉に、以前出会った、軽薄そうな青年の顔を思い出す。
ミューから身体を隠す布を受け取ると、犬だった青年は、椅子に腰掛け、みなを見渡した。
その後、深々と頭を下げ、状況を説明し始めた。
ルティはいつもそばに置いていた犬が、名前をつけた由来の人物だと気付くと、失神してしまったため、部屋の隅に寝かせている。
「そこの全身鎧の方に言われた通り、私はコリカ公国の王子ライヤンです。どうかこれから話す話を信じていただきたい。そしてどうか、私に力を貸していただきたいのです」
そう切り出したライヤンの話は、驚愕に値するものだった。
ライヤンは昔は神童と呼ばれ、賢王と名高い父、コリカ公国の大公の元、平和に暮らしていた。
しかし、いつからか自分の父が別の何かに変わってしまったような、奇妙な感覚を感じてしまう。
それが確信に変わったのは、大公がフード被った少年のような者とのやり取りを、偶然見かけてしまったからだ。
二人の話の全てを聞くことは出来なかったが、それによると、なんらかの目的で色々と暗躍を繰り返しているということが分かった。
その際に、何者かが大公に成りすましていると言うことを、大公自らが口にしたのだ。
その後は、自分の身を守るため、あえて道化を演じ、父になりすました者が何者なのか裏で探っていた。
そこで見たのは、目的がよく分からない事ばかりだった。
一時期大公は、若いしかも健康な男性を幾度となく、ある屋敷へと送っていた。
その屋敷には女性が一人で住んでいるようなのだが、妙なことに、一度もその女性は外に出ることがなく、どのような人物なのか知る者は誰もいなかった。
そこへ送られた男性の数は少なくとも数十人は超えると思われるが、これも奇妙なことに、女性の手伝いだと言われ送られた男性のその後を知る者もいなかった。
しばらくして、それはぱたりと無くなり、今度は城にドラゴンの子供を秘密裏に運び込んだ。
殺さぬよう注意しながら、しかし何が目的か分からないが、そのドラゴンの子供を痛めつけていた。
そうしているうちに、あの亜竜達の襲撃を受けたのだ。
今思えば、あのドラゴンの子供は討伐されたタイラントドラゴンの子供だったのかもしれない。
最後に見たのは、大公の指示で運ばれた荷物の中身だった。
オスローの近くにあるダンジョンの奥深くに設置されたそれは、真っ黒い何かの魔物だった。
下半身を失い上半身だけの姿になったと思われるその魔物から、新たな魔物が生み出されるのを見た時、後ろから声がして、気付けばこの床にうつ伏せの格好でいたらしい。
「すまないが、間の記憶は全くないのだよ。皆さんの話によると、そこに寝ているルティの飼い犬に姿を変えられていたらしいな。どうだろうか。頼れる者がいないのだ。どうか私を、コリカ公国を救って貰えないだろうか」
ライヤンは真摯な目付きで再び深々と頭を下げた。
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