第78話

 ソフィが魔法を唱えた後、カイン以外にはその変化は分からなかった。

 しかし、カインの視界には今、今まで視るのが困難だったメスのグリフォンの身体が、細部までありありと映し出されている。


 ソフィが唱えた魔法、それは大気中に広がる気体状の水、養祖母カリラが水蒸気と呼んでいた、目に見えない水全てに、ソフィの魔力を与えるものだった。

 お湯を沸かすとどんどん体積が減っていく様が不思議で、消えた水はどこへ行ったのか、小さい時にカリラに聞いた時に教えて貰った話だ。


 魔力を帯びても、ソフィの意思で何かを出来るわけでもなく、ましてや目に見えないのだから、他のメンバーには何が起きたのか、分からない。

 唯一ララだけが、自分の愛弟子が起こしたとてつもない魔法の効果に、この手法を思い付いたカインの発想力に、舌を巻いていた。


 カインにとってソフィの魔力は、既に遠くからでも簡単に判別できるほど、特徴的なものになっていた。

 その魔力が周囲に広がっているため、例えて言うならば、カインは今ソフィの魔力に染められた世界を見ていることになる。


 そもそも漆黒に変異した魔物がカインの視界に映りにくいのは、周りの空気と魔物の魔力への影響がさほど変わらないからだ。

 それは油の入った器に、透明なグラスを沈めてのぞき込むのと似ている。


 油とグラスの境界がはっきりしないため、沈めたグラスは見えにくくなるのだ。

 それを見えるようにするためには、油を水に変えるか、油に色を付ければいい。


 ソフィの魔力に染められた世界では、メスのグリフォンの身体は、そこだけ切り取られたように映る。

 これでカインは容易に相手を視認することが出来るようになり、かと言って他のメンバーに悪影響を与えることもない。


 視界が確保された矢先、オスのグリフォンが再び風の玉をメスのグリフォン目掛けて放つ。

 先程メスのグリフォンが避けた事を考えると、受けたり防いだり出来ない攻撃なのだろう、メスのグリフォンは再び避けるため、大きく位置を変えた。


 その位置を予め予測していたのか、オスのグリフォンは既にその移動していて、風の玉を避けて油断していたメスのグリフォンの羽の片方を嘴で挟むと、右の前足で付け根から切り裂いた。

 怒り狂ったような咆哮を上げながら地上へと落ちていくメスのグリフォンは、落ちながらも風の竜巻を発生させた。


 至近距離で受けることとなったオスのグリフォンは、先程のように避けることは叶わずに、落ちていくメスのグリフォンへと引き寄せられながら、無数の漆黒の刃に切り刻まれた。

 落ちてきた二体のグリフォン達は、大きな音と大量の砂煙を立てる。


 砂煙が消えるまもなく、カインとサラを除く全員が、両耳に手を当てながら、その場にひれ伏した。

 見ると、オスのグリフォンさえも傷付いた身体のまま、うずくまり頭を垂れている。


 どうやら、オスのグリフォンは風の防護壁を展開したようで、無数の浅くない切り傷を身体に刻みながらも、辛うじて生き残っていた。

 片羽を切り落とされたメスのグリフォンは、怒りを双眸に宿しながら、彷徨していた。


「ぐっ! これがさっきあいつらが言ってた声か。確かに身体の自由が効かん・・・」

「痛いよー。頭が割れちゃう!」


 ルークやララさえも、メスのグリフォンの本気の咆哮の前には、身体の自由を奪われていた。

 サラは一瞬、同じように両耳を塞ぎうずくまるソフィの方に目をやると、何故自分だけが動けるのか、疑問に思った。


 次の瞬間、胸元にしまい込んだ父からのプレゼントを思い出す。

 そういえば、このペンダントは状態異常から身を守る効果があると、手紙に書いてあった。


「お父さん! 彷徨している間は大したこと出来ないはずよ! 私動ける! 指示をちょうだい!」


 そう言いながら、サラは既に地面に落とされ、やっと自分の刃が届く位置へと降りてきたメスのグリフォン目掛けて走り出していた。

 カインは短い間に様々な思考を巡らせる。


 ルークやミューさえも動きを封じられた今、動けるサラだけが頼りだ。

 恐らくたった今放ったおかげで、またしばらくはあの恐ろしい威力の魔法は使えないと見て良いだろう。


 次に使えるようになるまでの正確な時間は分からないが、それまでの間に決着を付けなければならない。

 あの魔法は強力すぎる。近くで放たれれば、恐らく防ぐことも避けることも不可能だろう。


 ならば、最大の攻撃で一気に決めなければならない。

 サラが一撃でもメスのグリフォンに傷を与えられるかどうかが勝負だ。


 あとは、カインの全力の魔力とメスのグリフォンの魔力耐性のどちらが勝るかだった。

 かなり危険な賭けだが、恐らくこれ以外にあのメスのグリフォンを倒す手立ては思いつかない。


「サラ! どこでもいい! その長剣でメスのグリフォンに一撃与えてくれ!」

「分かった!」


 父の指示の意図を理解したのか、それとも絶大な信頼から、意図など気にすることもないのか分からないが、サラは真っ直ぐに剣を構えると、その場佇み咆哮続けているメスのグリフォン目掛けて、剣を振るった。

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