第64話

「全くもってけしからん! なんですぞ?! こっちが下手に出ればいい気になりおって!」


 ドワーフの国へ向かう途中、ジュダールは先程からずっとクラン内で受けた屈辱に対して、文句を言っていた。

 ルティ自身は、あの発言では相手を怒らせるのも無理がないと、むしろルークの性格を考えると、無事にあの場から立ち去れた事を、喜ぶべきだと考えていた。


「まぁまぁ。ジュダール様。こうしてララさんのおかげで目的の場所もわかったことですし」

「甘いですぞ。ルティ殿。あの珍妙な格好をした亜人の娘も、あのクランの一員。という事は、我々を謀って嘘の情報を流した、という事も考えなくては」


 主従関係では、護衛対象である貴族の令嬢、ルティの方が当然上なのだが、何故か、ルティはジュダールを様付けで呼んでいる。

 出会った際に、さん付けで呼ぶと、あからさまに不機嫌な顔をされた為だ。


 それ以降なんとなく、様付けにしているが、ジュダールはルティの事を、初めから殿で呼んでいた。

 実際に爵位を持っているのは、ルティの父なので、ルティはそういうことにこだわりを持たない性格もあり、気にせずにいた。


「それはそうと。ルティ殿は今のところ、特定の男性は居なかったですな?」

「ええ。残念ながら。なかなかいい出会いに恵まれずに」


 ルティの想い人は依然姿を現さない、公国の王子なのだが、それは流石に口にすべきではないだろう。

 王子のことを思い出し、少し悲しい気持ちになったルティは、傍らにうずくまる金色の毛並みを持つ犬の背を撫でた。


「それはそれは。しかし、ルティ殿は運がいいですぞ。私、ジュダールもふさわしい女性に巡り会えず、独り身。ぜひこの旅の中で、私の素晴らしさに気付いてください」

「え? ええ・・・」


 ジュダールは自分の口髭を右手でつまみながら、意味ありげにルティに向けウィンクをしてきた。

 一瞬、背中の毛が逆立つ様な悪寒を感じ、ルティは今後の旅に一抹の不安を感じてしまった。


「それでは、ルティ殿。早速、私の素晴らしさをご説明して差し上げましょう」

「え? いえ。あの、手を離してください。ライヤンも見てますし」


「殿下が? ああ。ルティ殿の犬っころの事ですな。犬に殿下と同じ名前を付けるとは。不敬罪で捕まりますぞ? まぁ、今となってはあの道楽王子も、何処へ行ったかとんと分かりませんがな」

「あの、お願いします。手を離してください」


「騎士様! 前方に魔物だ! どうやら群れらしい! どうします? 迂回しますか?」

「なに? 私が魔物如きで尻尾をまいて逃げ出すわけが無いではないか。そのまま向かうのですぞ。ルティ殿に私の力をとくとご覧に入れましょう」


 魔物の群れまでもうすぐというところで、ジュダールは馬車から降り立つと、腰の剣を抜いた。

 スラリとした薄い刃を持った直剣で、柄には羽根の意匠が施されている。


「お前達は運がいいですぞ。私の素晴らしい技を見ながらあの世に行けるのですからな」


 向かってきた魔物は、ブルデビル。

 水牛のような見た目をしているが、肉食で群れで動き、群れが通った後には骨しか残らない様子に悪魔の名が付けられた。

 ギルドのクエストでは討伐ランクAである。


「ふむ。ただ走り、食うしか能のない魔物ですな。これをくらいなさい!」


 ジュダールは呪文を唱えると、剣先から無数の風の刃が放たれ、先頭にいるブルデビル達を切り刻んだ。

 ジュダールは存在自体が珍しい、魔法と剣を使う、魔法剣士だった。


 風の魔法を得意として、遠距離では風の刃で切り刻み、近距離では実際の剣で相手をする。

 遠近共に優れた攻撃を繰り出せることから、近衛兵の中でも実力は上の方だった。


 しばらくすると、辺りにはその身を切り刻まれ倒れたブルデビルの死体のみが転がっていた。

 ジュダールは満足そうに頷くと、剣に付いた血を拭き取り、鞘に収めた。


 その様子を観ていたルティは、口だけではない実力に感心しながらも、今後の旅の不安を更に強めたのだった。



「それで、この金属があればカインさんのいう、魔物達で争わせ、数を減らすって言うのが出来るんですか?」

「ええ。ニィニィさんの髪飾りと同じ素材であれば」


 ニィニィの差している髪飾りは、オリハルコンから作られていた。

 神鉄と呼ばれるこの金属は、ミスリルと同じく魔力感応性が高い。


 更に、カインもニィニィの髪飾りに付与魔法を唱える際に気付いたのだが、かけた付与魔法の効果を増幅させることが分かった。

 カインはこの金属を使って、ある付与魔法をかけ、山に住み着く魔物の絶対量を減らそうと考えたのだ。


「でも、ご存知の通り、鉱山には行けないですから、新しくオリハルコンを取りに行くのは無理ですよ。そもそもそんなに簡単に取れるものでもないですし。国にあるのはこれだけです」

「大きさは今回そんなに重要じゃないんですよ。大丈夫です。これだけあれば」


 そこには指先の大きさほどの虹色に輝く金属が置かれていた。

 カインはそれをボルボルに手渡す。


「ボルボルさん。本当に良いんですか? 魔物避けが有るとはいえ、上位の魔物には効かない。危険な任務ですよ?」

「だからこそ俺が行くんだろうが。この国一番の戦士は誰だ? 俺だ。カインさんにはやられちまったが、そこは他のドワーフには任せられない」


 カインがこの方法を提案した際、誤解が解けたボルボルが一番危険な役を買ってでた。

 カインだけでは、その場から帰って来れなくなる為、誰かカインを運ぶ役が必要なのだ。


「大丈夫だよ。お父さん。私達も行くし。流石にお父さんを運ぶのは私達には無理だけど、魔物は任せてよ」

「そうですよ。カインさん。それに、まだカインさんから貰ったこのペンダント。実践で使えてないですからね。楽しみです」


「ああ。皆、頼むよ。でもこの方法は、数は減らせるけど、結局強力な魔物が残ることになる。それを討伐できて本当の完了だ」

「分かった。どんな魔物がいるか分からないけれど、ルークさんのクランを呼ぶのよね?」


「そうだな。サラもソフィちゃんも強くなったが、それよりも強い魔物はまだたくさんいる。悪戯に数だけ増やせばいいと言う訳じゃないが、量も時には重要だ」

「クランのレイドなんて、ワクワクしますね。ララさんの魔法を身近で見れるのも楽しみです!」


「まだ誰が来るか分からないが、あの三人は間違いなく来るだろうな。お祭りだと騒ぎ出すかもしれん」

「えへへ。私はお父さんと戦えれば、それで満足だよ」


 こうして、カイン、サラ、ソフィそしてボルボルの四人は、魔物がひしめく山へ向けて進んで行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る