第56話

 戦闘の意思がないことを示すために、サラは腰から剣を外し、地面に置いた。

 一方、ドワーフ達はまだ警戒しているのか、相変わらず武器をこちら側に向けている。


「私達はお願いがあって参りました! 図々しいお願いだとは、重々承知ですが、どうか話を聞いていただきたい!」

「こまかい事はいい! 要件を早く言え!」


「分かりました。どうかミスリルを採掘することを許可いただくか、そちらで採掘されたミスリルを、私達に必要量譲っていただきたい! 謝礼は十分に払います!」

「なに? ミスリルが欲しいだと? 残念だったな。ミスリルの在庫はもう無いし、もう採掘も出来ん!」


「在庫が無いのは承知しました。しかし、採れないとは信じられません! 実際、この周りの山々にはまだ沢山のミスリルが眠っているではありませんか!」

「なにぃ?! お前、見てきたかの様なこと言うな? お前が何を知ってるか知らんが、採れんもんは採れん! 要件はそれだけか?」


「待ってください! 私にはミスリルのある位置が視えるのです。私の国の鉱山は全て枯渇してしまった。でもあなた達の山は違う! これだけ豊富にあるのに採れないとはどういうことですか?!」

「ミスリルの位置が視えるだと? そんな話信じられるか! やっぱりお前は人間だ。適当なことを言って俺らを騙そうと言う魂胆だろう! そうはさせんぞ!」


「確かに人間の中にはずる賢い者もいます。以前私はせっかく人間の世界に憧れを持って、来てくれたドワーフの女性が、騙され酷い目に合わされるのを見ました。素晴らしい技術を持っていたのに、それを奪われたのです。しかし、全ての人間がそうだとは思わないでいただきたい」

「騙されたドワーフの女性だと? お前その娘に何をした!!」


「彼女は作った髪飾り奪われ、その上暴力を振るわれ、工具を持つ力も失ってしまいました。それでもその男のことを信じようと、前に進めなくなっていました。辛いことだと思いますが、現実を知り、彼女は前に進むことが出来た。私はその手助けを少しだけさせてもらいました」

「・・・お前、その娘の名前は知っているか?」


「ええ。ニィニィさんと言う方です。あの後、国へ戻ると言っていました。無事に戻れていると良いのですが」

「その話、嘘だとしたら、その命無いものと思え」


 そう言うとドムドムは、後ろのドワーフなにか告げた。

 しばらくお互い無言の時間が過ぎる。


 そこへ1人の女性が連れてこられた。

 長く結わえた髪には様々な大きさの花を形どった髪飾りが付けられている。


「カインさん!」


 連れてこられた女性、ニィニィはカインを視認すると、満面の笑みを浮かべ、その名を叫んだ。

 ドムドムはその姿を見て、驚く。


「ニィニィ。この男がお前の言っていた恩人に間違いないのか?」

「ええ! お父様! この方に間違いありません! まさか本当にまたお会い出来る日が来るなんて!」


「お父さん、知り合い?」

「うん。コルマールの街に行く途中で出会ってね。ちょっと色々とあったんだ」


「何よ、ちょっと、色々って・・・」


 自分の父親が他種族だとはいえ、女性に高揚した顔付きで見られているのを見るのは、娘としては気にかかる。

 どのような間柄なのか、自分がオスローに行ってる間に何があったのか、後で根掘り葉掘り聞かなくては、と考えるサラだった。


「カイン殿と言ったか。我々の無礼をどうか許して欲しい。あなたは私の娘恩人だ。ドワーフは一度恩を受けた人を忘れない。娘の恩人ならば私の恩人だ。この国で出来ることは最大限協力しよう」


 後ろにいる全てのドワーフが、ドムドム合図を受け、構えていた武器を下げた。

 あの時のドワーフの女性がまさか長の娘だったとは、カインは巡り合わせに感謝をした。


 3人はドワーフの国、と言っても人間の一都市程度の大きさだが、に入り、長の家に案内された。

 扉も室内の家具も、ドワーフの大きさを基準に作られているため、カインには少し窮屈を感じられた。


「ニィニィさんは長の娘さんでしたか、協力感謝いたします。それでは早速、ミスリルの採掘許可いただきたいのですが」

「カイン殿、協力したいのはやまやまなのだが、今、ミスリルの採掘が出来ないのは嘘ではないのだ。いくら恩人とはいえ、いや、恩人だからこそ許可は出せん。恩人をむざむざ殺させる訳にはいかんからな」


「どういうことです?」

「この山々は昔から火の神が守っておった。しかし、最近その神はお隠れになってしまった。神の守りがなくなった山は魔物にとって居心地が良かったらしい。今は採掘どころではない。山に入るのは危険なのだ」


「なるほど。その魔物が邪魔で採掘出来ないんですね。でも、ドワーフの男性は鍛冶の能力だけでなく、皆優れた戦士だと聞いています。鍛え上げられた武具も多数お持ちのはず。それを持ってしても倒せないほど、強力な魔物なのですか?」

「まず、魔物の数が多すぎる。しかもやつらは縄張り争いをしているらしい。山には俺らがやったわけじゃない死体がゴロゴロ転がっている。その中には、マウンテンワームやギガンテスの死体もあった」


「マウンテンワームとギガンテスですって?」

「そうだ。しかもその巨体を切り刻まれていた。恐らくやったのは同じ魔物だろう。俺らでもその魔物を倒すのは難しい。それを手玉に取る魔物となると、俺らには無理だ。それこそ火の神にお願いするしかない」


 マウンテンワームは長い虫の魔物で、その名前を示すマウンテンは、山に生息するという意味の他に、文字通り山のような巨体を持つという意味があった。

 鉱石を好んで食べるが、肉食でもある。


 討伐ランクは小さめの個体でもAランク。

 大きく育ったものは、SランクもしくはAランク以上限定の集団討伐になる。


 ただ大きいだけ、それがこの魔物の全てだが、質量は力なのだ。

 並の攻撃ではそれこそ蚊に刺された程度のダメージしか、この魔物に与えられない。


 ギガンテスも巨体が自慢の魔物だが、こちらは人型をしている。

 成人男性の3倍を越す身長を持ったこの魔物は力も強い。


 手には大抵、人よりも大きな、石や木でできた棍棒、もしくは丸太そのままを持ち、その怪力に任せて敵を粉砕する。

 こちらも討伐ランクはSランク、数匹で徒党を組むことがあり、その場合はAランク以上限定の集団討伐となる。


 そんな魔物を葬り去ることの出来る魔物がいる。

 確かに、その状況では、安心して採掘など出来ないだろう。


 カインは、まだ見ぬ魔物のことを思い、どう対応するか考えていた。

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