第29話

「Sランクってどういうことです?」

「そのままの意味よ。カインさんは今Sランクの冒険者として登録されていて、コルマールにいることになっているわ。本当はSランクの冒険者の居場所はギルドだけの機密情報なんだけど、この場合は仕方ないわね。それで、カインさん、これはどういうことかしら?」


「どういうことって・・・、こっちが知りたいですよ。他の別の人ってことは考えられないですか?」

「じゃあ、カインさんが、コルマールで冒険者登録した年はいくつの時かしら?」


「えーと、私がまだ16歳の時ですね。冒険者になれるのは15歳だというのは知ってましたが、冒険者を志すきっかけは養祖母の死でして。それが16歳の夏です。登録したのはその年の秋頃ですね」

「ふぅ・・・登録した年までも一緒じゃあ、とてもじゃないけれど、他人ってのは考え難いわよ。そこまで一致するなんて普通考えられないもの。絶対とは言い切れないけれど、ね。ああ、待って、特記事項に何か書いてあるわ。えーと、Cランク昇級の時に、冒険者カードの紛失届が出されているわね。普通は昇級の際に前のランクのカードは返納することになっているけれど、紛失したということで、返納されていない処理がされているわ」


「なんですって? 確かに冒険者を辞めた時のランクはDランクでしたが・・・。うーん。困りましたね。結局私はどうなるんです?」

「どうなるも何も、今の所、冒険者カードの再発行は無し。もしなんらかの不正が発覚したら、最悪冒険者資格の剥奪、つまりもう冒険者になるのは無理になるね」


「ちょっと待ってください。まったく身の覚えのないことでそんなこと言われても。間違いなく私は20年ほど前に冒険者を辞めて、ここから北にある小さな村でずっと過ごしていたんですから」

「うーん。他の都市の冒険者名簿は大体今年の初めに作られたものが各ギルドに回ってくるから、情報は少し古いことは否めないけど、それでも20年も前に辞めた冒険者がまだ現役でSランクになっているというのも、普通は考えにくいのよねぇ」


「そうですよ。大体、もし仮に私の代わりに誰かが成りすましをしていたとしても、何の得があるっていうんです?」

「うーん。そうねぇ。もう、お手上げ! あ! そうだ。いい考えがあるわ。ちょうどここのギルドマスターがコルマールのギルド出身だから、聞いてみたらどうかしら? 何かヒントがあるかもしれないわ」


 3人はアンナに連れられて、職員専用区域に足を踏み入れる。しばらく歩き、突き当りの部屋の前に着くとそこで足を止めた。


「アンナです。マスター、少しよろしいでしょうか?」

「おぅ。珍しいな。入れ」


 失礼します、とアンナは扉を開け中に入り、カイン達も後に続きギルドマスターの執務室へと入った。


「おぅ。なんだ、2人が戻ったのか。まさかわざわざその報告に来たのか? ん? なんだ? その男は。格好からすると冒険者には見えねぇが」

「まさか・・・剛拳のオルグ?」


「ん? 俺の名前を知っているってことはやっぱり冒険者か? その割には村人みてぇな格好してるな。アンナ。要件はなんだ?」

「このカインさん、サラさんのお父さんですが、昔にコルマールで冒険者をしていたらしく」


「なるほど、同郷か。それでそのカインがどうした」

「なんでも昔冒険者を辞めて、今回復帰をとこのギルドに来たらしいのですが、問題がありまして」


 アンナは先ほどのやり取りをギルドマスター、オルグに話す。怪訝そうな顔をしながら聞いたオルグは昔を思い出すように額に手をやりながら少し黙り込んだ。


「Sランクっていうことはパーティに入ってるだろう。他のメンバーの名前は?」

「はい。ルーク、ミュー、ララという三人です。いずれも早い時期からパーティを結成し、以後、人の出入りはないようです。もちろん3人ともSランクですね」


 カインは驚いた。カインはその3人を知っている。知っていて当然なのだ。当時のパーティメンバーなのだから。

 カインは懐かしい名前の登場に、一瞬喜びを感じ、しかし未だにそのパーティに自分の名が連なっていることが不思議でしょうがなかった。

 それにしても、やはり彼らはSランクになれたらしい。それが知れただけでもここに来た甲斐があるように思えた。


「なるほど、な。そいつらはな。俺が引退を決めた原因になった奴らだ。とにかくあいつらは強かった。俺が安心して後を任せられると思うくらいな。そいつらに昔聞いたことがある。強さの秘訣をよ。そしたらあいつら、こんなことを言いやがった。俺らは常に仲間の加護を受けてるんだとな」

「加護ですか?」


「ああ。そいつらはいつも3人でしか姿を見せないが、パーティは4人だと言い張っていた。加護はその姿を見せない1人が担っているって言ってな。俺も含めて他の冒険者達は、その姿を見せない1人を、陽炎って呼んでたな」

「とすると、その陽炎がカインさんだと言うんでしょうか」


「それは分からんがな。ここに聞きに来たってことは本人にも自覚があるわけじゃないんだろう? 幸い、Sランクの居場所はギルドが管理している。居場所が分かるんだから、そいつらに会って直接聞いてみたらいいじゃねぇか」

「そうですね。そうすることにします。ただ、やはり冒険者の再登録は無理ということですね」


「無理も何も登録が継続しているんだから再登録ってこと自体おかしいだろ。ただ、コルマールに行くとなると国境を越えねぇといけねぇから、冒険者カードがないと不便だろうな。再登録は無理だが、再発行なら問題あるまい」

「マスター?!!」


「なんでぇ、アンナ。こまけぇことは気にするな。それに再発行したってことはいずれ向こうにも伝わる。何かあれば向こうからも何らかの動きがあるかもしれねぇ。一石二鳥だろ?」

「それでも、Sランクですよ? Sランクの冒険者カードの再発行なんて聞いたことがありません!」


「うるせぇなぁ。今ここで聞いただろうが。ということで、カイン。もしあいつらに会えたらよろしく言っておいてくれよ」

「はい、わかりました・・・その、ありがとうございます」


 オルグは右手を顔の横で振りながら、話はこれで終わりと、机の上の書類に目線を戻した。アンナは釈然としないまま、部屋を後にし、冒険者カード再発行の手続きをするため、元の窓口まで戻った。


「はぁ・・・。ひとまずカードの再発行には少し時間がかかるわ。それで、カインさんとソフィちゃんにはその間にしてもらうことがあるから」

「え? 私も?」


「そう。ソフィちゃんも。本当はSランクになったらすぐにしなくちゃいけなかったんだけど、それを伝え忘れてて。そしたらすぐにソフィちゃん達旅に出ちゃったでしょう?」

「うん。えーと、何をするの?」


「ここへ行って、魔力量を測ってきて欲しいの。費用はギルド持ちになるから気にしないで。結構高いのよこれ。Sランク冒険者になった魔法を使う人は全員受ける決まりになっているんだけれど、ソフィちゃんは当然として、カインさんもその欄が空白のままなのよね。全く、今までどうやって誤魔化してきたのかしら」



 街の中心から八方に伸びる大きな通りを北へ向かった先にその建物はあった。全面が染み一つない真っ白な壁に覆われた、とても小さな建物だった。

 中に入ると、日の光はほとんど入らず、薄暗く冷え切った空気を感じられた。まるでダンジョンの中のようだ。

 カインはこの建物に見覚えがあった。実際にはこことは別の場所にある同じ建物なのだが、造りは同じようだ。

 中に入ると一人の男性が3人に気付き、軽く頭を下げる。3人も応じて挨拶をすると、その男の前に立った。


「いらっしゃいませ。話はギルドからお聞きしています。ソフィ様とカイン様でよろしいですね?」


 男は目の前の机に透明な薄い小さな板を置くと、ソフィにその板の上に手を置き、魔力を全力で込めるよう伝えた。

 この透明な板はパイセーと言い、魔力量に応じて色が付く仕組みになっていた。その色の濃さから魔力を込めた者の魔力量を判断することが出来るものだった。

 その製法や原理は秘匿中の秘匿とされ、その製造や取扱を担う者たちをパイセンと呼んだ。


 ソフィが魔力を込めると、透明だった板はみるみるうちに緑色に染まっていった。パイセーの中でも高級なものは色によりその魔力の相性属性が分かるのだという。

 色が付いたということは、このパイセーは高級品らしい。さすがSランク冒険者。ギルドが金を出しているというのに、扱いが良い。

 エメラルドのような輝きを放つパイセーを持ち上げ、何やら光を当て、ぶつぶつと独り言を言うパイセン。


「なるほど。ソフィ様は水と雷の属性の相性が非常によろしいようですね。また、魔力量も相当な量お持ちのようです」


 パイセンは何やら数値や文字が書かれた小さな紙をソフィに渡した。同じものをギルドにも提出するのだという。

 次にカインが同じようにパイセーに手を置き、いつものように魔力を込め始めた。

 透明だった板は一瞬にして白く濁り、やがて音もなく粉々に崩れ散った。

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