第3章

第28話

「え?! 2人はとうとうSランクになったんですか?」

「そうなのよー。凄いわよねー」


 セレンディアのギルドの受付で、ソニア達は受付嬢と話していた。

 気だるそうな目をした受付嬢は、口調も気だるげだ。


「それであの2人に何か用ー? 何処に行ったかまでは一般の冒険者に教える訳にはいかないけど、しばらく帰ってこないと思うわよー」

「え? あ、いいんです。なんでもないです」


 ソニアは慌てた口調でそう話し、ギルドの受付をあとにした。


「おい、ソニア! カインさんからの手紙渡さないのかよ?」

「だってマーク。Sランクよ? Sランク! とうとう雲の上の存在のようになっちゃたじゃない」


「それがどうしたんだよ」

「話しかける機会なんて、これを逃したらきっともうないわ。だから、ね。これを渡すのをきっかけにすれば」


「あ! お前、悪いやつだなぁ。もしすれ違ったらどうするんだよ」

「大丈夫。あの2人が戻ってきたら嫌でも話題に上るわよ。何よマーク、あなたは反対だって言うの?」


「いや、大賛成だ」

「良かった。アレックスも良いわよね? しばらくはこの辺りのクエストだけ受けましょう」



 旅は恐ろしく順調だった。道中魔物には一切遭遇しなかった。

 盗賊も出たには出たが、はるか遠くからカインに探知され、ソフィの雷魔法で感電させられ、遭遇することは無かった。


「着いたわ。うーん。快適すぎて、これじゃあ毎回3人に護衛を頼みたくなるわね。知り合い割引とかないの?」

「ふふ。シャルルにはお世話になってるから、目的地が一緒の時はいつでも無料で護衛してあげるわよ」

「それって自分達が移動する時の良い移動手段に使われるだけじゃない。このこのー」


 3人は既に姉妹のように仲がいい。道中も3人でたわいのない話をしては笑い転げていた。

 カインは本当に娘が3人出来たみたいで、なんだか楽しかった。

 しかし、旅はひとまずこれで終わり。それぞれがまた、自分の道を歩んでいくだろう。


「お父さんはこれからどうするの?」

「まずは、住む場所を決めないとなぁ。それからギルドに行って、冒険者登録をしないと」


「それだったら私達のいつもとってる宿屋にしたら?」

「サラ達が泊まってるところかい?うーん。高ランク冒険者が泊まるような宿を初心者の稼ぎで払えるとは思わないなぁ。それに街にいるんだから、会おうと思えばいつでも会えるだろう?」


「え? 会おうと思えばって、お父さん私達のパーティに入るじゃないの?」

「それは出来ないだろう。そんなことしたらいつまで経ってもランクが上げられないじゃないか」


 冒険者でパーティを組む場合、どんな組み合わせで組むのも自由だし、クエストもパーティの最高ランクの冒険者に応じたものを受けられるが、適正なランクでない冒険者はそのクエストを完了しても、昇級の対象ポイントはもらえない仕組みになっている。

 そのため、冒険者登録を改めてするカインがサラ達のパーティに入ると、サラ達が初心者のクエストを一緒に受けない限りはカインのランクを上げることが出来ない。


「こんなおじさんを入れてくれるパーティがあるかどうか分からないが、地道に探すことにするよ。昔だってそうやってきたんだ」

「そんな! だったら私達が低ランクのクエストを一緒にやればいいじゃない」


「そうしたら意味がないだろう。Sランクに助けられてなったSランクなんかに意味はないんだよ」

「それでも!」

「サラ。カインさんの言う通りよ。カインさんが本当に困ったときに臨時でパーティを組むことだってできるわ。それにカインさんの実力ならすぐにでもSランクになるわよ」


 未だに納得がいかないサラだったが、2人に言われては自分が1人わがままを言っているような気がして、それ以上言うのを止めた。

 そもそも、パーティはサラ1人のものではないのだから、メンバーのソフィからそう言われてしまっては諦めざるをえない。


「それじゃあ、ギルドまでは一緒に行かせてよ。私達も戻ってきたことを報告しに行かなくちゃいけないし。そのくらいはいいでしょう?」

「ああ。構わないさ」



 サラ達が常宿にしているものよりもかなり安めの宿を取ったカインは、必要な荷物だけ持つとその足でギルドへ向かった。約束通りサラ達も一緒だ。

 ギルドの扉を開けて中に入ると、懐かしい熱気がカインの頬に当たった。

 受付でクエストを受けている者、討伐報告をしたものの完了のサインが貰えず抗議をしている者、向こうでは若い冒険者達が殴り合いの喧嘩をし、野次馬達がそれを煽っている。


 懐かしい。もう、当に忘れたと思っていた。もう一歩足を前に踏み出す。

 どうやら、冒険者の多くがこちらに気付いたようだ。顔を向けている。

 恐らく、後ろの2人を見ているのだろう。しばらくいなくなっていたSランク冒険者が帰還したのだ。


「よう。おっさん。見ねぇ顔だな。ここはあんたみたいなおっさんが来るような場所じゃないぜ。さっさと村に帰りな」

「私に言っているのかな?」


 どうやら、冒険者の視線はサラ達ではなく、カインに向けられていたらしい。そういえば、背の高いカインの後ろにいる2人は向こうからはよく見えないな、とカインは思った。

 それにしても、この若い冒険者は何が言いたいのだろう? 冒険者になるのに若さの年齢制限はあっても、上はなかったはずだが。


「おう。耳はまだ聞こえるらしいな。ここはな、危険なダンジョンや恐ろしくつえー魔物を討伐する冒険者が集まる場所だ。おっさんみたいなやつに来られちゃ迷惑なんだよ」

「よく言っている意味が分かりませんね。その冒険者が集まる場所に私みたいなのが来ると、あなたにどんな迷惑がかかるんです?」

「てめぇ! 調子こいてるんじゃねぇ!」


 突然、若い冒険者はカイン目がけて殴りかかってきた。近づくと冒険者から酒の匂いが漂う。なるほど、相当酔っているようだ。

 周りの冒険者達は面白い見世物でも見る様に、笑いながら成り行きを見守っていた。


 冒険者の拳がカインに届く瞬間、冒険者の身体は拳を支点として足を後ろに振り抜くように一回転し、そのまま地面に背中から落ちた。

 ぐぇっ、と潰れた声を出して、冒険者はその場で目を回していた。周りで見ていた冒険者達は皆呆けた顔をしていた。


「ちょっと! あんたたち! 私のお父さんにちょっかい出したら私が許さないわよ!!」


 後ろから身を乗り出して、サラが叫ぶ。その登場に面を食らった冒険者達は自分は関係ないとばかりに目線を必死に逸らしていた。

 小さな声だが、「おいおい、初心者装備のSランク冒険者様の父親は、どっかの村人みたいな装備で強いのかよ」などと聞こえてくる。


 カインは今起きたことなどお構いなしに、低ランク向けの受付の列に並ぶ。

 そこへアンナが声をかけてきた。


「サラちゃん。ソフィちゃん。お帰りなさい。その人サラちゃんのお父さんだって? そんな所に並ばなくてもこっちの窓口に来てくれて構わないわよ」

「アンナさん本当? お父さん。遠慮しないであっちに行きましょ。こっちで待ってたら日が暮れちゃうわ」


 カインはずるをするようで一瞬迷ったが、確かにこの長蛇の列を待つのは大変だと、一度だけ娘の威光を借りることにした。


「それで、今日はどんな要件かしら? あ、サラちゃんとソフィちゃんはこっちの用紙に帰還したことを書いておいてね」

「初めまして。いつも娘がお世話になっています。私、カインと言いますが、昔冒険者をやっていまして。もう20年も前に辞めたんですが、もう一度冒険者を始めようと思いまして」


「冒険者の再登録ね。えーと、それなら、念のため前の情報も確認する必要があるわね。ここに名前と生年月日、出身の村や町の名前を書いてね」

「えーと、はい。これでいいですかね?」


「どれどれ、カインさん、年は38歳。出身はマルティね。コリカ公国の領土ね。ちょっと待ってね。20年も前の資料探すのは大変だから。えーと、あら? ないわねぇ。冒険者を辞めた時はギルドにちゃんと言ったの?」

「いえ。実はクエスト中に怪我を負いまして。自分でギルドに行ける体ではなかったので、手紙を書き、行商人に渡しました」


「うーん。それならもしかしたら何か問題があって、きちんとギルドに渡らなかった可能性があるわね。現在登録されている冒険者に名前が残ってないか調べてみるからもう少し待ってね」

「はい。お願いします。


「あ! あったわ。えーっと・・・え?! ちょっとカインさん、出身はマルティで間違いないのよね? コリカ公国の」

「はい。当時の冒険者カードにはそう登録されているはずです。登録したギルドは公国領のコルマールです」


「そう。登録したギルドまで一緒じゃあ、きっと間違いないわね。カインさん、あなたの冒険者カードの再発行は受けられないわ」

「え? どういうことです?」


「まだ、冒険者として登録が残っているからよ。それもSランク冒険者としてね。あなたは今コルマールに居ることになっているわ」

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