第14話
オスローでのクエストを無事終え、セレンディアに帰ってきた2人は、いきなりギルドに呼び出しをくらっていた。
セレンディアに入門する際に身分証として冒険者カードを見せた時、衛兵に伝えられたのだ。ギルドから伝言で、セレンディアに戻り次第至急ギルドに顔を出すようにと。
自由が信条の冒険者達を取りまとめるギルドは基本的に放任主義だった。
呼び出しをくらうなど何か懲罰がある時くらいのものだったため、2人はその心当たりがあるわけもなく首を傾げた。
しかし、いくら自由とはいえ、ギルドとことを起こすと面倒になるから、言われた通り2人は常宿に戻ることもせず、まっすぐにギルドへと向かった。
そしていつも通りに高ランク専用受付に行き、受付嬢のアンナに声をかけた。
「アンナさん。こんにちわ。何か問題でもあったんですか?」
「ああ! ソフィにサラ! やっと来たわね! えーと、ここでは話せないからこっちへ来てちょうだい」
アンナはそういうと椅子から立ち上がり、受付横の扉を開け、手招きする。そこはギルド職員専用のエリアで、通常冒険者はその区画には立ち入り禁止なはずだ。
そこに招かれるということはそれだけ大事が起きているのだろうか。2人は少し不安な気持ちになりながらアンナに連れられ、奥へと進んでいった。
階段を上がり、二階の最も奥まった部屋の前でアンナは一度立ち止まり、扉をノックした。
「サラさんとソフィさんをお連れしました」
「おお、入れ」
部屋の中から低い男の声が返事をした。アンナは扉を開けるとまず2人に中に入るよう合図をし、最後に自分が入ると扉を静かに閉めた。
そんなに大きくない部屋に座り心地のよさそうな対面に置かれたソファが一対。その向こうに重厚な造りの執務机があり、そこに先ほど中から返事をした男が座っている。
白髪が混じった灰色の髪は短く刈り揃えられ、むしろこちらの方が長いくらいに立派な髭が蓄えられている。
体は大きく、服の上からも分かるほど筋肉が隆起しており、多くのしわが刻まれたその顔と不釣り合いに見える。
2人はこの男のことを知っていた。Aランク昇格の際に一度だけ顔を見せ、訓示をした男。セレンディアのギルドマスターである。
ギルドマスターまで出てくるとなるとよほどのことが起きたのだろう。2人の不安は一層深くなった。
セレンディアに限ったことではないが、ギルドマスターは引退した高ランクの冒険者が担うことが多い。
彼は元Sランクの冒険者で、その実力は当時のSランクの中でも有数だった。
冒険者時代に拠点としていたのはセレンディアではなく、先日まで2人が行っていたコリカ公国の領地にある都市だったのだが、なんでも後を任せられる優秀なパーティが現れたと冒険者を引退し、世界を渡り歩いていた所、前ギルドマスターから是非にと今の役職を譲り受けたらしい。
世代的に言うとサラの父親の更に1世代上の人物であり、かなり高齢なはずであるが噂では今でもSランク相当の実力を持ち、表に出せないようなクエストを時折処理していると言われている。
実際この衰えの知らない体を見るとあながち嘘ではないかもしれないと思えてしまう。
「まぁ、座れ」
短くそう言うと、ギルドマスターは自身もソファに身を沈めた。2人は言われるがままギルドマスターに対面するように腰かけた。アンナはギルドマスターの横に立ったままだ。
「それで、お前たち。何をした?」
「何をしたとは?」
要領の得ない質問につい、質問で返してしまった。
「覚えがねぇってのか。いや、聞き方が悪かったな。コリカ公国の大公からオスローのギルド宛にお前らをSランクにするようにと推薦状が来た。推薦状とは言っているが、一国の主の言葉だ。つまり命令状だ。お前らこのことに何か心当たりはあるか?」
「あ・・・」
「何か心当たりがあるようだな。まぁいい。俺もお前らが大公を色仕掛けでもしてランク昇格を狙ったなんて思っちゃいねぇ。だが俺らは冒険者だ。国とそれなりの付き合いはしなくちゃならないが、どの国にも属さない、独立集団だ。分かるか?国にあれこれてめぇらのことを指図されるのは面白くねぇと考えるもんもいるんだ」
「つまり、オスローのギルドマスターからうちに苦情が来たんです」
アンナが補足の説明をする。なるほど。まさか大公が本当に推薦状を出すとは思ってもいなかったが、こうなっている以上、本当に出したらしい。
困ったな。というのが本心だった。2人はすでにAランクのクエストを何度もこなし、これからもこなしていくつもりだったし、その結果Sランクになるというのも夢のひとつではあるのだ。
むしろ冒険者の中でSランクを夢見たことのない者などいないだろう。Sランクになれて嬉しくないわけはないが、そのせいでいざこざに巻き込まれたくはなかった。
「それで・・・どうするんですか?」
まさか、大公が勝手にしたことで自分達が何か罰則を受けることなどはないだろうが、ここに呼び出されたということは何か話があるということなのだろう。2人は続きを待った。
「大公がこんなことをしでかすなんて初めての出来事だからな。他の国でも実例が全くないわけじゃないが、ほぼないと言っていい。オスロー側も大公の言いなりになるようじゃあ面白くねぇってんでこっちにわぁわぁ言ってきやがったが、そのままこっちが言うこと聞くんじゃあ、それこそこっちが面白くねぇ。それでだ」
ギルドマスターはじろりと鋭い目つきで2人を睨み付けた。
「タイラントドラゴンの集団討伐。話はこっちにも伝わっている。タイラントドラゴンを撃ち落としたのも、止めを刺したのもお前らで間違いないんだな?」
「ええ。ソフィが魔法で空から撃ち落とし、私が止めを刺しました。でも止めを刺すまでに他の冒険者が多大なダメージを与えていたから、止めを刺せたのはたまたまです」
「遠慮するんじゃねぇ。奴さん、突然黒く変異して大変だったらしいじゃねぇか。千切れかけた足で戦士を踏みつぶし、防御魔法をかけられた弓使いを消し炭にしたらしいじゃねぇか。変異した後の身体の強度だって信じられねぇくらいだって話だ」
「それは・・・」
「まぁいい。2人がやったことが事実だってんならな。お前らを問題なくSランクに出来る」
「え?」
「いいか。あの討伐でやられた2人だ。あいつらはここのギルドのもんじゃねぇが、Sランクの冒険者だった。その2人をぶっ殺した化け物をお前らは見事打ち取ったわけだ。それにこれまでのAランクのクエストの成果もある。誰もお前らをSランクに昇格させても実力が伴っていないなんて思うもんはいないだろう」
「でもそれでは・・・」
オスローのギルドが黙っていないんではないかと言おうとしたが、ギルドマスターは被せる様に。
「セレンディアのギルドが、自分のとこの冒険者の実力を加味してSランクに昇格させたんだ。誰に何か言われたからじゃない。問題あるまい?」
なるほどと2人は思った。ギルドマスターはあくまでセレンディアのギルドの判断で2人をSランクにしたと言い張るつもりなのだ。大公の推薦状の存在は関係ないという体で。
そうすれば、ギルドが大公の言いなりになりたくないというオスローのギルドの面子も立ち、実際Sランクになったのだから大公からとやかく言われることもないだろう。
また、実質オスロー側に反抗する決定なのだから、セレンディアとしても溜飲が下がる。2人がここに来る前にすでに考えていたのだろうが、今考えられる最良の決定のように思えた。
2人はその後、Sランク昇格の手続きをした。その際、Sランクの数多くの優遇とSランクのみに課される義務を説明された。
優遇はギルド関連施設の優先的利用権、ギルドの資料の多くを無料で閲覧可能なことなどがある。中でも、重大な犯罪を犯すなどしない限り今後ランクが下がることが無くなるという物は際立った優遇処置だろう。
他のランクの冒険者は一か月以上クエスト活動が滞ると必ずではないがランクダウンの可能性があり、しかもその際、再びランクを上げるために必要になる実績はリセットされてしまう。
ランク=実力なわけではないため、ランクが下がったからと言って自分の能力が下がるわけではもちろんないが、ランクによって受けることのできるクエストは異なり、当然高ランクほど報酬が良いため、ランクを好き好んで下げたいと願う冒険者はいなかった。
特にサラはこの制度がために三年もの間、一度も故郷に戻っていないのだ。
一方、様々な優遇を受けるが義務もある。それは大きく二つで、一つは常にギルドに自分の所在を明らかにしなければいけないというものだった。
重要な戦力であるSランクはギルドの宝であり、武器だ。有事の際には素早く対応してもらうために、いつでも連絡が取れるよう、どこにいるのかを常にギルドに伝えなければいけないのだ。
もう一つは指名依頼の強制だった。緊急度が高くかつ難易度も高いクエストが発生した際に、ギルドの判断で対応可能なSランクの冒険者に指名依頼を入れるが、基本的にはその依頼は拒否できないということだった。
手続きを済ませ、常宿に戻ると2人は荷物を片付け、ふーと大きく息を吐いた。余りにも色んな事が一度に起こった。
Sランクも混じるような大掛かりな集団討伐に参加するのも初めてだったし、城に招かれるのも、ましてや
大公と食事するなども一大事だった。
極めつけはSランク昇格だ。ある意味、一つの夢を達成したとも言える。
Sランクと言ってもその中でも実力は人それぞれだから、これからも研鑽を続けなければいけないことは分かっていたが、自身が最高ランクであるSランクに名を連ねたということに気持ちの整理が追いついていなかった。
「それで、これからひとまずどうしようか?」
ソフィが聞いてきた。
「私、まずは、故郷に帰って色々報告しようと思うの」
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