4.適合率2
とても退屈だった。
別室にいるはずのドクターの声が響いたと思ったら「検査が終わったけど、結果を確認したいからその場で待ってて」と言われてしまった。
この場には、高そうな検査機器しかない。適当に時間をつぶすにしても、心臓に悪いものがたくさんある。壊れた瞬間追い出されるのでは? という不安がこみ上げて来た。
だから私は何もせずにじっと待つことにした。
天井を見ながら、これからのことを考える。
私はいったいどうなってしまうのだろうか。ドクターは優しそうだけど、まだこれからどうなるのかはちゃんと話してくれていない。一応、このグランツ研究所? という場所にお世話になるということだけは理解している。
でも、ただで保護してくれるわけないだろう。
もし、誰かが手を差し伸べてくれる世界だったのなら、私もお母さんも、あんな苦しい生活をしていなかった。
不意にお母さんのことを考えてしまい、胸が痛んだ。まだ忘れられない、お母さんの最後の姿。こぼれそうになる涙をぐっとこらえる。
「大丈夫、大丈夫っ! 私は元気っ」
大丈夫だと口にすることで、少しだけ気分が落ち着く。それにしても、ドクターはいったいいつまで私を放置するつもりなのだろうか。
検査機器しかないこの部屋は、高価なものしかないとても心臓に悪い部屋なのだが、好奇心のせいか、それともやることがなさ過ぎて落ち着かなくなったのか、起き上がって検査機器をまじまじと見つめることにした。
本当に大きい。私を飲み込むぐらいの大きさはある。よく分からないが、赤と緑の明かりがついたり消えたりしていた。
なんかぽちっと押せそうな場所もある。不思議なものだ。これで一体何がわかるのだろう。
もしかしたら逃げたのかもしれない。お母さんが死んだことを忘れるために。それぐらい集中して、検査機器を眺め、観察した。
突然、扉が開く。音に気が付いて振り返るとドクターがとても優し気な笑顔をしていた。
「やあ、待たせたね」
「検査、どうだったの?」
「ああ、大変すばらしい結果だったよ。ここではなんだし、別の部屋にでも移ろう」
コクリと頷き、私はドクターの後をついていく。移動した先は、食堂だった。とてもいい匂いが漂ってくる。席の一つに私を座らせて「ちょっと待っていてね、すぐ戻ってくるから」と言ってどこかに行ってしまい、宣言通りすぐに戻ってきた。
おいしそうな料理を持って。サラダ、コーンのスープ、柔らかいパン、どれもおいしそうだ。ごくりと唾を飲み込み、私はドクターを見る。
「…………これ」
「ああ、食べていいよ。ゆっくり食べながら話そう」
パンを手に掴み、それにかぶりつく。柔らかいパンは歯で簡単に千切れる。小麦のおいしさが口いっぱいに広がった。バターも塗ってあったのだろう、小麦とバターのうまみが口の中という会場でおいしさのコーラスを奏でたように感じた。
「さて、食べながらでいいから聞いてくれ」
ドクターは突然、昔話を語り始めた。
その昔、大陸は帝国が支配していた。太陽の旗を掲げるその国は、民衆にも手を差し伸べる心の清い皇帝が国を治めていた。
太陽の旗印と善なる皇帝の姿から、太陽帝として民衆に愛されていた。
ある日、帝国に一匹の真っ白な獣がやってきた。その獣は狂気に飲み込まれ、自我すら失っていた。狂暴化する白い獣をどうにかするために宰相が軍を動かすことを皇帝に進言したが、拒否された。
そして、たった一人、白き獣のそばに向かった。命がいくつあっても足りない、とても危険な状態だったが、無事に白き獣を救い出した。
ただ理不尽に痛めつけられた白き獣、それを哀れんでか、白き獣を皇帝がそばに置いたらしい。
でも、ちょっとした誤算があった。白き獣は皇帝の優しさに惚れこんでしまった。白き獣の中で湧きあがる、独占欲。
ついに白き獣は皇帝をさらってしまった。
民衆は嘆き、兵たちは憤怒した。国中が白き獣から皇帝を救い出そうとしたが、誰も成し遂げることが出来なかった。
どうしようもない状況に陥った帝国に、一人の男がやってくる。その男は、目も髪の色も神々しい金色をしていた。
金色をまとった男は、神により祝福された、
勇者は白き獣を討伐することに成功するが、肝心の太陽帝を救い出すことが出来なかった。
民衆に影が差す。帝国は暗闇に染まろうとしていた。
そこで新たに国を照らしたのが、金色の勇者だった。
太陽帝の親族と連携し、再び、この地に強大な帝国を築き上げていった。
このお話は、『太陽を奪った白獣と
この研究所に白き獣の聖遺物が格納されているらしい。それと私の体が適合したのだと、ドクターは嬉々として語ってくれた。
正直、何を言っているのか私にはちゃんと理解できなかった。
でも自分が役に立つことがあるということは理解できた。その白き獣の力が自分に宿れば、国の為の力となる、らしい。
でも私の体はちゃんとした食事もとっておらず、小さくて、弱い。このままでは、力を宿してもすぐに死んでしまうことをドクターは懸念していた。
「つまり、どういうこと?」
「実験を手伝ってもらいたいのだが、その前に体づくりをする必要があるということだ」
「体づくりって何をするの」
「立派な戦士になるための修行さ。この研究所にはね、将来的に国の力となる戦士を発掘するようなこともしているのだよ。別当には、戦士の卵たちを育成する機関も備わっている」
「ふーん」
やっぱり理解が出来ないので、残っているパンに手を伸ばしてかぶりつく。
「もっとわかりやすく言うと、国のために働けるよう訓練を受けてもらう」
その言葉でようやく理解した。難しく言わないで最初っからそう言ってくれたら、すぐに分かったのに。
でも、よく考えたらすごいことだよね。国のために働くんだ。そうすれば、お金も安定してもらえて、辛くて苦しい生活とさよならできる。国に仕えることができたら、幸せな生活が待っているんだ。
「うん、頑張る」
拳に力を込めて意思表示する。そんな私を見て、ドクターはクスっと笑った。
「さて、お腹いっぱいになったかな」
「うん、お腹いっぱい」
「それでは行こうか。今日から生活する部屋を教えてあげよう」
ドクターが席を立ったので、私もそれに続いた。ドクターが食器を持とうとしたので、それを阻止、私が食器を持って返却口に運んだ。
ドクターについていって、別の棟に進んでいく。先ほどの食堂があったフロアと違って、生活感を感じられる。たくさんの部屋、微かに聞こえる声、どれもこれも、あの場所で聞いていたものと同じ、人が生活をしている音。
そんな場所をドクターの後についていきながら進んでいく。
このたくさんある部屋、このどれかで私は生活するのかな?
ちゃんとした生活をしたことがない私にとって、これが初めての経験となる。幸せに近づいてきているような気がして心が躍った。
でも、どの部屋も通り過ぎて、ドクターは奥へと進んでいく。
奥に進むにつれ、扉が少なくなり、声が遠ざかっていく。
「さぁ、ここが君の部屋だ」
私は一番奥の部屋に案内された。
周りにドクター以外の人の気配を感じられない。さっきの場所の方がよかったと思いながら、扉を開けると、中から光が漏れだした。
「ほへ?」
部屋の中にいたのは、間抜け面でこちらを見て呆然としている、私と同い年ぐらいの女の子だった。
手にはどんぶりのようなものを持っていて、麺を食べている。口から啜り切れていない麺がはみ出ていた。
ずずずっと麺を啜って飲み込んで、ドンとどんぶりをテーブルに置いた。そして女の子はガバッと立ち上がり、私の目の前までやってきた。
「やあ、こんにちわ」
人懐っこい笑みを浮かべる女の子を目の前にして、私は戸惑うことしかできなかった。
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