閑話「ティラミス」
サラが寝静まった後ジュリーはダイニングで仕事の報告書を作成していた。
「遅くまで大変やね。ちゃんと寝とーと?」
「大丈夫ですよ。最近は徹夜する日も少ないですし。エリザベート様が寝込みを襲ってこないので割と寝れてます。」
「まだあん人そげんなことしよっと―と?あとで説教したる。」
「いや最近はないんですって。あ、でも仕事がひと段落したら始まるかもしれないので、牽制お願いします。」
「ふふふ、任せとき!」
この屋敷のメイドであるモモセはそういってジュリーにコーヒーを出してくれた。とても小柄で茶髪の髪を綺麗に伸ばした。まさに大和撫子という感じの綺麗な女性だ。顔は童顔で、一見少女にも見えそうなくらいではある。コーヒーを飲んでみるとコクのある丁度いい苦みとコーヒー特有の芳醇な香りが広がった。
「ほう、これは美味しいですね。全然酸味もなくて苦みもちょうどいい。俺好みだ。」
「気に入ってくれてうれしかばい。うちが豆から選んだんや。そのうえ水出したい。」
「さすがモモセさん。分かってますね。」
「ジュリー君好みは全部お見通しやけんね。」
モモセはジュリーの料理の師匠でもあるわけだが、料理の好みの観察眼は本当にぴか一だ。ジュリーはこの人がいなかったら料理の文化の薄いイギリスになんて住んでいられないだろう。
「風呂出たぞー。」
「ぞよー。モモセの残り湯、最高だったわ。」
そういってきたのはジューンとエリザベートだ。エリザベートは金髪碧眼というまさにヨーロッパ美人の極致(言うほど白人っぽくもないのだが。)といった女性だ。見た目は清楚な貴族のようだが、首に巻いたタオルが妙におっさん臭い。いや、金曜のOLといったところだろうか?
「何気色悪いこといっとーとジューンちゃん…?」
「そんないけずなこと言わないでちょうだい。ただモモセに全身包まれているみたいで天国だったというだけよ。」
「それが気持ち悪かって言いよーっちゃけど…。」
ジューンはモモセのことが好きだと公言しているが、どうもオヤジ臭いセクハラ発言が多くそういう時は敬遠されているようだ。普通にしていれば美人なのだからもったいないのだけど、どうもまともの美女というのはこの世に少ないらしい。そしてなぜこれほどの美人たちが集まっているのに(エリザベートの趣味だろう)浮いた話が一つとてないのか。やはりジュリーはモテないようだ。
「おいジュリー。小腹がすいた。何か出せ。」
「えー俺まだあなたに頼まれた資料の作成中なんですけど。」
「っていうかしゃっき夕飯食べたばっかりなんやけど。」
「私は甘いものが欲しいのだ。何かないのか?」
「あー、ティラミスはありますよ。昼に作っておきましたから。」
この主、子供っぽいことを要求してくる。ジュリーは冷蔵庫からティラミスの入った大きな器を取り出し、切り分けていった。ビスケットを下地にクリームとココアパウダーで仕上げたティラミスだ。三人分皿に盛ってテーブルに出した。
「ほう、これはうちで見るのは初めてだな。」
「一応前から作ってみてはいたんですが、ちょっと味の調整が難しくていい感じになったのでお披露目しました。本当は一日寝かせて生地となじませるつもりだったんですけどね。」
「ジュリー君が一人で作ったんですよ。昔お母さんが作っとったんばいね?」
「とはいえ作り方を習ったわけではないのでネットの知識ですね。」
「まあどちらでもよかろう。食べてみようではないか。」
若干声のトーンが高くなるエリザベート。彼女が食べている間は静かだとジュリーは報告書の完成を急いだ。
「あら、いい乳使っているじゃない。もしやモモセの…。」
「くらしゃれたかと?」
「冗談よ。控えめな甘さだから食べやすいわ。」
「…そうやなあ。」
「この甘みは蜂蜜を使っているな?それもバラの蜂蜜だそうだろう!?」
「どこの海原〇山ですか。そうですよ。ちょっといい蜂蜜があったのでそれを使いました。多分そのコーヒーとも合うと思いますよ。」
どれどれと当然のようにエリザベートはジュリーの飲んでいたコーヒーを飲んだ。
「なるほど確かに。」
「私にも頂戴な。」
ジューンもエリザベートから手渡されたコーヒーを飲む。
「そうね、いい感じに口に残ったクリームの後味を流してくれてすっきりするわ。」
「確かにコーヒーパウダーもココアパウダーに少し混ぜてたし、合うかもしれんね。
じゃあお茶よりもコーヒーの方がよかね。持ってくるばい。」
みんなが食べていて静かな間に頑張って報告書の作成を進める。もともとあと少しだったので頑張ってタイピングしていたわけだがもう急ぎすぎて多少のスペルミスは許してほしい。…よし終わった!この後エリザベートが活性化した場合、今日は仕事が不可能になるので終わらせられてよかった。明日やるとか嫌だし。
「お、終わったか?」
「はい。ものすごく疲れました。…もう毎日報告書とか勘弁してください。」
「それが仕事なのだから仕方なかろう。ま、ご苦労だった。ほれ。」
「むぐっ!」
ジュリーはエリザベートに強引にティラミスを口の中に押し込まれた。一瞬開いた口に的確にれるとはまさにプロの技である。
「どうだ?うまいか?」
「…別に酷い味ではないですけどね。」
自分で作った料理を素直にうまいといえるほどまだ熟練した腕ではない。及第点ぐらいに思っておこう。
「まったくかわいげのない弟だ。」
「弟って言ったって俺養子ですしっぶ!」
エリザベートに抱きしめられ何も言えなくなってしまう。この人無駄に胸がでかいから押し付けられると本当に息ができない。いやできないは言いすぎだけどすごく苦しい。
「ずるいわ駄犬!私もどうせ死ぬならエリザベート様の胸で窒息死かモモセの小さい胸でキュン死がいい!」
「本当に死にたかとかなジューンちゃん?」
この屋敷では絶望的に浮いた話が出ない。美人の三人中二人はまともではないし残り一人は高嶺の花すぎてどうしようもない。サラは子供だから論外だ。けれどこれほど仲良く生活できているので今はそれでいいかと思う。まだ結婚しなきゃいけないような歳でもないからだ。まあ、その年になる前にどうやら俺は死んでしまいそうである。もうろうとする意識の中でジュリーはそう思った。
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