第2話「最高の薬」
次の日、母は朝早くに来てくれた。気合で起きられるようになったのでテレビを見ていたのだが、いい加減つまらない番組にうんざりしていたところだ。
「はい、本と教科書。」
「ありがと。」
袋いっぱいに詰められたほんと教科書、二、三日は持ちそうだ。
「そういえばさ、入院期間ってどのくらいになりそうなの?」
「二か月くらいだって言ってかも。」
「結構長いなそれ。」
粉砕した骨が治るのはもっと後だろうが、まあ本当に勉強遅れないようにしないと。その後もリハビリとかあるだろうから病院とは長い付き合いになりそうだ。
「何か食べたいものとかある?」
「んじゃポテトで。」
今のところ食事について何か制限があるわけではない。ここの売店は充実しているので移動できるようになったらぜひ行こう。
母が部屋を出て行ったので、本を一冊手にとってみた。いわゆるラノベというやつだ。これは今人気の異世界もので、とても面白い。勧めるなら、まずはこれにしよう。
午後になると鶴田さんとともに咲はやってきた。整った顔立ちのくせに半開きの目でけだるそうに。恐らく本当に気怠いのだろうが。
「じゃ、あとでねー。」
鶴田さんはそそくさと出ていった。この場合、鶴田さんはどちらの仕事を預けていることになるのだろう?咲の相手を自分に?自分の相手を咲に?少なくとも、鶴田さんの仕事が減っているのは確かなのだろう。定期的に見回るにしても一か所にいたほうが回数は減るというもの。と考えると咲は個室の病室を持ったお嬢様の可能性もありそうだ。
「よ。」
まあ、一応挨拶だ。大切だからな。するとあちらは無表情のまま、
「ハロー。」
「なんで英語!?」
「ナイストゥーミーチュー。」
「初めましてでもないだろ!さてはあれか!?人種の判断もできないうえに昨日会ったことも忘れる症候群なのかお前は!?」
「突っ込み長っ…。」
「誰のせいだ!」
こいつ、ボケ人種だ。クラスに一人はいるサラッとふざけたこと言わないと気が済まないタイプだ。
「で?」
「ん?」
「本、紹介するって言ったでしょ?」
「ああ、そうだったな。」
ついさっきまで考えていたことが、こんなしょうもないショートコントで忘れていた。健忘症かもしれない。
「ほれ。」
先ほど渡そうと思っていた本を渡す。ラノベではよくあることだが、その表紙にはこの世界ではありえないような髪の色の女性が大きく映っている。それを見て咲は顔をしかめた。
「うわっ…。こういう趣味…?」
「うわとはなんだ。見た目で判断するな。」
「ふーん。」
すると、咲は本の表紙をめくり読み始めた。(読む場所は昨日と同じ場所。ほんと近い。注意すべきなのだろうか?悪い気はしないけどさ…。)それにしても、そういうところは素直なちびガキだ。もう少し姿勢よく座れば絵もになると思うのだが。本当に残念なガキだ。(え?別にさっきの態度がむかついて心の中で小突いているとかそんなことはないよ。全然ない。)自分も暇なので何か読もう。無言で静寂の時間だ。本の中以上に楽しい世界などそうそうない。中学までなど最悪だった。いい思い出よりも、悪い思い出のほうが先に出てくる。高校はとてもましになったが、それでも本の中にはかなわない。恋とか、愛とか、そういうたぐいのものは本の中にしかないように思える。小学校の頃はそんな気分になることもあったが、いつの間にか忘れてしまった。周りを見るとくっついたり離れたり、諸行無常とはよく言ったもので、不変なものなど何もない。けれど本の中にはあるのだ、永遠が。その世界に浸れるこの静かな時間はとても心地いい。
しばらくすると、くすくすと笑い声が聞こえてきた。やはりな。これでこやつも本のとりこだ!キラーん!そう思いながら見てみると、咲は少しだけ頬を上げて、ニヤッとしながらくすくす笑っている。例えるならば、引きこもりのオタクが一人でアニメを見ながら笑っているような。怖い恐いよ咲さん。特に目が、目があああ!
「何?」
こちらに気づいたらしい。目をさらに細めながらこちらを睨んできた。
「どうだ?面白いだろ。」
あくまで平静を装いながら聞いてみると、
「まあまあね。」
ふいっと顔をそむけると、また読書を再開した。まあまあ、彼女からすれば合格点ととってよいのだろう。自分もまた本を読み始める。心地よい静かな時間だ。けれどこの病院は静寂が過ぎる。少しくらいはにぎやかにしても良いくらいだろう。咲がある程度読み進めたら、話題でも振ってみよう。そうだな、まずは登場人物の好き嫌いとかかな。話すことなら無限にある。確かにここにいるのは二人だけ、小さな一室だ。だがここには無限に等しい世界がつまっているのだ。Laughter is the best medicine. 単語帳にあった一つの英文だ。自分がいる数か月間、こやつをいっぱい笑わせてさっさと治ってもらおう。それが自分のここでの暇つぶしだ。
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