赤い月の下で ~白い一室での物語~
黒猫館長
第1話 「 起 悪魔との邂逅 」
「ごはんだよー。」
母が一回から声をかけてくる。CDプレイヤーで音楽を聴いていたが、イヤホンを付けていない左耳にその声はしっかり届いていた。
「ふいふーい。」
家でのみ使う変わった返(変)事をしつつ、一階へと降りていく。そんな日常小説でもよかったかもしれない。だが俺の日常小説ほどつまらないものはないだろう。悲劇も喜劇もないつまらない話。だから、あんなことがなければ小説のしようもなかったのだ。
ある日のことだ。自分は英単語帳を片手に登校していた。決して勉強しているわけではない。今日は英単語のテストがあるのである程度英文だけ覚えておこうというあさましい魂胆なのだ。朝に少し見ておけば満点がとれる程度のテストなので、そう難しくはないのだが。十分くらい目を通し、飽きたので本を閉じた。時刻はすでに八時を回っている。ほぼ屋内で生活をしている自分にはこの時間の目に差し込む朝日は天敵だった。まぶしさに目を細めて憂鬱に歩いている。
いつもはそのまま校舎まで付くのだが、今日に限って前が妙に騒がしい。女子四人グループが喧しく話している。いや、どちらかというと一人の少女に対し三人が一方的に話している感じか。背の高い女子がミディアムショートの少女の肩に手をまわし、取り巻き二人が横に取り巻いている。イメージとしてはC級不良グループに絡まれた小心者Aというところだろうか。さすがに黄色い声にうんざりしたのでさっさと前に出ようといつも常人の0.8倍ほどで歩いている足を1.5倍ほど早く動かした。そろそろ抜けそうかもと思った時、嫌な偶然が起きた。
ドンっとミディアム少女が背の高い女に突き飛ばされた。恐らく背の高い方はおふざけのつもりだったのだろう。けれどミディアムは予想以上に吹っ飛んだ。それはもう不自然に。俺はなぜか手を伸ばし道路へ出ようとするミディアムを引っ張り戻した。そして自分は体勢を崩し、勢いよく道路に倒れ、さらに中型トラックに踏みつぶされた。まさに嫌な偶然の三段活用、ここまでテンポのいい不幸の連続はそうそうないだろう。頭はとっさに守ったけれど足に激痛が走り、守ったはいいが結局頭はぶつけて気を失った。意識が亡くなる直前、なぜか冷静にも今日は学校休めるかも?と思っていた。
誰かが救急車を呼んでくれたらしい。その後自分は近くの病院へ運ばれ、応急処置を受けた。母親には歩きながら本なんて読んでいるからだと怒られたが、どうやらその時の状況は伝えられていないようだった。あのグループは逃げて、その時の状況をまともには見てない人が119してくれたということか。あとで弁明はしよう。証拠はないけど。そんなっことより自分の怪我はというと、左足の脛あたりががぽっきりだそうだ。痛み止めを飲んでいてもまだ痛い。下手したら頭がつぶれて即死だったろうことを考えるとこの程度の怪我ですんだのは不幸中の幸いなのだろう。自業自得ではあるものの、あのデカ女、次あったら泣かせてやろう。経過観察の後、家近くの病院へと移った。
ここに入院してしばらくたった。さて、高校生にとっての苦痛、いろいろありますが特に二つあります。一つ目は勉強、(一人でやるのが辛い)もう一つが暇だ。
ベッドで一人天井しか見られない状況です。頭も少々打ったせいか頭を上げようつするだけで痛い。よってベッドの横に設置されているテレビさえ見れない。母親に暇つぶし用の本を持ってきてもらうことを忘れたため本当に暇だ。ここは四人部屋なのだが、ほかの人は大体寝たきりで話す相手もいない。どちらにせよコミュ障の自分では話すこともめんどくさいのでいいのだけど、それにしたって暇なのだ。家のパソコンが恋しい。そう思っていると、近くのドアから足音がした。
「ヤッホー!起きてるー!?」
どう考えても病室にかける感じではない声に顔をしかめる。看護師の鶴田さんだ。
「…ぐーぐーぐー。」
「って寝たふりするなー!」
狸寝入りを決め込もうとすると布団をはぎ取られる。どうしよう、メンドクサっ!
「まったくもう。」
「あー、おそようございます。鶴田さん。」
鶴田さんはこの部屋を担当している看護師で、入院初日からお世話になっている。性格は明るく社交的で、コミュ障の自分でも話しやすい人だ。
「それでどうしたんですか?こんな時間に。」
診察はもう少し後のはずだし、多忙な鶴田さんが来るのには何か事情があるはずだ。
「いやー、千明君はきっと暇かなーって。」
訂正。この人本当は暇人かもしれない。
「まあやることないですからね。」
さっきまでどうしようか考えていたところだ。さすが看護師何でもわかるエスパーだ。
「よかったー。じゃ、入って入って。」
ぼんやりとドアの方向から人影が来た。ぼやけた視界を直すために眼鏡をかけると自分より少し年下くらいであろう少女が立っていた。
「同じ病棟にいる咲ちゃんですー。」
「はあ…。」
「はあ…。」
返事のつもりの「はあ」と、ため息の「はあ」が重なった。補足しておくと、ため息は少女の方だ。なんだこいつ。
「それはわかりましたけど、どうしてこの子を連れてきたんですか?…どう見てもだるそうですが。」
瞼を半分だけ開けて質問する。恐らくまともな答えではないだろう。
「えっとねー、ほら、千明君の話し相手にどうだろうなーと。二人でいてくれると面倒見るの楽だし。」
なるほど、後者が本音か。
「あの、い…」
「じゃ二人とも後でねー。」
いやなんですが、というつもりが鶴田さんはそそくさと出て行ってしまった。くそ、結局押し付けられただけか。確かに自分は怪我以外はいたって正常だが、この娘は病人だろうに、こんなところに立たせておくとは…。
「咲さん、だっけ?どこか座れよ。」
いたた…。無理やり体を起こしたがやはり痛い。けれど案外起きれるものだ。気持ちの問題だなこれは。咲はベッドに腰かけ、隣のタンスにもたれかかった。どこか、と場所を指定しなかったとはいえ近い。
「咲…。」
「ん?」
「呼び捨てでいい。長いし。」
「ん?ああ。」
昔からの癖で「さん」付けしていたが、ふむ、小学校の頃の自分ならかたくなに「さん」付けしていただろうが、もう高校生ということもあり咲の願いを聞き入れようと思う。(高校生といってもまだ入学して半月たっていないんですけどね。)
「で、咲。お前は何で入院しているんだ?おれは見ての通りだけど。」
不躾な質問かもしれないが、ほかに話すことなど見つからない。先ほども言った通り、自分はコミュ障なのだ。見たところ目立った外傷はない。そして病人とは思えないくらい綺麗な顔と声だ。顔色は青白いので体調はすぐれないのだろうが。
「悪性貧血。」
咲は淡々と答える。そして思ったより普通だ。
「レバー食えよ…。」
「苦いから嫌。」
子供っぽい発言だ。少々可愛げがある。どの応答に対してもこちらを向かないことに対しては、まあ許してやろうじゃないか。
「そうか。」
「…。」
「…。」
これ以上話すことがない。
「暇じゃないか?」
「いつものこと。」
「別にお前の病室に戻ってもいいんだぞ。」
「歩くのダルイから。鶴田さんに持ってもらった方が楽。」
持ってもらうって…。
「そ、そうか。」
それから二人で何をするわけでもなく鶴田さんが来るまで座っていた。
「おっ疲れー!二人で楽しめた?」
「何一つ話すことありませんでしたよ。」
「…。」
万年コミュ障の自分に同じタイプの無口少女を連れてこられても困るだけだ。とはいえ、さっき咲は暇なことがいつものことと言っていた。ということは…。
「なあ咲。お前本とか読むのか?」
「別に…。」
退屈は猫を殺すというし(あれ?好奇心だっけ?)本の一つも読めないことは人生の損害だろう。
「なら明日も来いよ。面白い本紹介するからさ。」
母に頼んで持ってきてもらおう。元々俺の暇つぶしのために今日頼む予定だし。
「…わかった。」
「おう。」
「おー、これはいい感じ。」
なんか中学生のように冷やかそうとする鶴田さん。特に反応しないでいると頬を膨らませた。
「もー。」
「どうしました?牛ですか?」
「違うよー。まったくもう。まあ、じゃ、帰ろうか。」
「ん。」
「じゃあな。」
「…また。」
咲は鶴田さんに担がれていった。(行きもこんな感じで来たのだろうか?)もう少ししたら母が来るだろう。そしたらライトノベルとか漫画、あと一応遅れないように教科書も持ってきてもらおう。最近の文学者はすごいのだ。たかが文章でどんな世界でも作り出せる。文字だけで仏頂面の子供を何度も笑わせられる力を持っているのだ。今日ずっと無表情だったあの娘でも笑顔にすることができるだろう。なんでそんなことするかって?彼女のあの目にひかれたのだ。彼女がどんな悲劇のヒロインでも自分は納得してしまうだろう。彼女に秘められている気がする底知れぬ物語性に、なぜか自分はどうしようもなく惹かれてしまっているのだ。その物語に入りたいとそう思う自分がいた。
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