字句の海に沈む~おばあちゃん

大月クマ

トークンの海

 彼等はやってきた!

 突如、シリウス星系コロニーを謎の円盤が襲った。


「宇宙艦隊は何をやっている!」


 私は窓越しの彼等の不甲斐なさに、拳を振り上げて悪態をついた。

 攻撃を受けて約三〇分。

 一方的に落とされているのは、我が宇宙艦隊の戦闘機ばかりだ。


『……不明を……ミステリアンと呼称し……』


 電波妨害も酷い。だが、今更、相手の名前を付けてどうするって言うのだ。

 名前を付けたところで、こちらの攻撃を寄せつけない謎の円盤が、変わるわけではない。

 荷電粒子砲も、ミサイルも一切受け付けないのだ。

 まあ、こんな攻撃を誰が予想していたことか。

 突如、現れた巨大な円盤の対処に、コロニー管理局は混乱をした。

 こちらの問いかけに一切答えなかった。電波も光も発しないのだ。


 そして、コロニーへの接近に警告をした。

 それ以上、近づいたら駐屯する宇宙艦隊が攻撃すると……。


 しかし、質疑応答を一切しない相手に、警告など……無意味だ。

 案の定、謎の円盤は一線を越えた。

 宇宙艦隊は攻撃を開始した。

 宇宙巡洋艦がその主砲荷電粒子砲を持って、威嚇射撃をする。

 しかし、謎の円盤は止まらなかった。

 そして、ついに荷電粒子砲が本格的に火を噴いた。だが、謎の円盤は、エネルギーを弾き返してしまった。

 さらにスクランブル発進した戦闘機は、あっさりとなぎ払われる。

 ついに謎の円盤は、居住地域まで攻撃を開始したのだ。


 それが三〇分ほど前だ。


「ナビゲーター。システムはどうなっている?」


 頼みの宇宙艦隊が、一方的にたたき落とされるのを見て、市民の一部はコロニーからの脱出を決めた……のはいいのだが、脱出するための船が問題だった。

 博物館に飾られた古い宇宙船しかない。

 このシリウス星系に、開拓移民の第一陣を運んだという。一体、いつ動かしたのか分かったものではない。

 だが、手元にある外宇宙を航行し、恒星間飛行が可能な船はこれしかない。


「コンピュータ。システムを起動!」


 元宇宙船のナビゲーターをしていたという男が、ナビケーションシステムに問いかけている。だが、ウンともスンとも言わない。

 コンピュータの音声認識システムが、死んでいるのかもしれない。


「畜生! コンピュータシステムが起動しなければ、飛べないじゃないか!」


 私も宇宙航海士の資格を持っていたために、奇しくもこの船のリーダーとされた。だが、コンピュータが動かなければ、なんとも出来ない。


『こちら機関室。対消滅機関、動作を確認』


 動力は問題なさそうだが、飛行システムが動作しない。

 ナビゲーションを含む操作パネルは、異常を示しているのだろう。

 赤いままだ。


「音声制御はダメだが、キー操作でなら動くかもしれない」

「今時、キー操作だって!?」


 今時、コンピュータなどは、ほぼ音声制御が当たり前だ。

 今更、字句トークンで操作などできない。


「これを直せるか?」


 ナビゲーターは、画面一杯にトークンを出した。

 文字の海だ。見るだけで気分が悪くなる。

 どこかおかしいのかもしれないが、サッパリ判らない。

 私もそうだが、このナビゲーターも無理だろう。

 顔を見れば判る。


「大丈夫ですかね?」


 ふと、客室からひとりの老婦人が顔を出してきた。

 その老婦人は、飛び立つ気配のないのを心配してだろうか、杖をついてヨロヨロと歩いて、操舵室に現れた。

 今時、腰に巻く、反重力ベルトが発明されいるのに、杖など珍しいものを持っている。


「おばあちゃん。迷惑だから……」


 そして、その孫娘らしき人物が、彼女を連れ戻そうとしているようだ。

 乗客に迷惑はかけられないが……。


「乗客にいるかもしれない」


 私は操舵室を離れ、客室にいる市民に協力を求めた。


「誰か、コンピュータを直せるモノはいないか」


 乗せられるだけ……女子供含めて、数十人はいるだろうか。

 お互い顔を見合わせるだけで、名乗り出るモノはいない。

 諦めて、操縦室に戻った方がいいかもしれない。

 無線で生きていそうな宇宙艦隊の士官にでも、頼んだ方がいいだろう。


 戻ってみると、かの老夫婦が、ナビページョン席に座っているではないか。


「あらあら……」


 楽しそうに微笑みながら画面文字の海を見つめ、しわくちゃの指を動かしている。

 まるで、ピアノを奏でるようにだ。


「何しているんだ!」


 さすがに素人が勝手な考えで、適当にいじくられては困る。だが、ナビゲーターは見てみろと、顎で画面を指した。


 ――どういうことだ!?


 異常を示す赤いランプが並んでいたものが、ズルズルと緑色へ変わっていく。

 何も表示されなかったディスプレイに、宇宙地図が表示され、レーダも作動しはじめた。


『メインシステム起動。ようこそ、アルファ号へ』


 聞き慣れたナビゲーションの音声が、操舵室に響き渡った。

 つまり飛び上がれると言うわけだ。


「最近の航行士さんのカリキュラムには、コンピュータの修復は含まれていないのかしら?」


 かの老夫婦が呟いた。


 ――ナビゲーション席に座っているこのご婦人は一体何者か!?


 その疑問を発する前に、その孫娘が答えた。


「おばあちゃんは、元宇宙艦隊の提督さんで……」


 ――人を見かけで判断してはいけない、とは聞いたが……私より適任じゃないか。この船の指揮を執るのは!


 丁重に、私は老婦人に船長席を譲った。

 私は、本来の操舵パイロット席に座る。


「宇宙の海に潜るのは、いつぶりかしら……」


 老婦人席に座るなり、緩んでいた口元が引き締まった。

 そして待った杖を、あたかも教鞭かのごとく、自分の手に叩きつけて音を上げた。

 そして、上空を指す。


「ワープ可能領域に、一気に飛び上がりなさい」


 後で、このご婦人がその昔、戦争で『突貫エヴァ』と名高き人物だと後で知った。

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字句の海に沈む~おばあちゃん 大月クマ @smurakam1978

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