第37話 1月30日 何度でもお金のこと、脅迫、IMF

 翌1月30日の日曜日、午前0時過ぎ、鮎美は非常識を承知で飲酒しない下戸の漁師がいる家を訪ねていた。けれど、その漁師は風邪を引いていて舟を出せないと言われる。

「そうですか。夜中に、すみません。他をあたってみます」

 さらに3件を訪ねたけれど、どの漁師も飲酒していた。

「………。たしか、馬力の少ない小型舟なら、免許無しで運転できたはず…」

 鮎美は電動モーターで動く小舟を持っている漁師を訪ね、貸してほしいと頼んだけれど、怒鳴られる。

「アホ言いな! こんな真冬の夜中に死ぬ気か! ウミ舐めるなや! あんな小舟、晴れた風の無い日に使う遊び道具じゃ!」

「すみません。どうしても、本土に渡らんといかんのです。お願いします」

「わかった。ちょっと待っとれ!」

 漁師は寝間着から防寒着に着替えてきた。

「送っちゃる」

「え……いえ、でも、お酒、呑んではりますよね?」

「ガキが余計なこと気にせんでええ。本土の道路じゃあるまいし、誰が飲酒検査するんじゃ?! ワシの顔が赤いのは日焼けじゃ思とけ」

「……すみません………助かります」

 鮎美は頭を下げて、漁船に乗せてもらった。港を漁船が出ると、冷たい北風が吹きつけていて、波も高い。海に比べれば凪いでいるように岸からは見えても30センチほどの波があって、意外なほど漁船でも揺れる。小型のボートのような舟では危険だと思い知ったし、ここを渡ろうとして鷹姫の妊婦だった母親が事故に遭ったことも思い出した。漁船なら5分で渡れるし、夏なら泳いでも渡れるけれど、今の水温を考えると、この時期は危険だった。

「着いたぞ」

「おおきに、ありがとうございます」

 鮎美は礼を言って燃料代と手間賃を払い、港へ呼んでおいたタクシーに乗る。鐘留の家に一番近いコンビニへ寄ってもらい、ATMで現金をおろしたけれど、限度額の問題で100万円しか確保できなかった。

「………とりあえずは100万で……」

 銀行が開いていないので、どうしようもないし、今まで大きな金額の交渉をすることはあっても実際に現金の束を手にしたのは初めてだった。たいして重くはないはずなのに、議員バッチを手にしたときと同じに、その質量以上に重量感を覚える。

「…これが100万円なんや…」

 厚さ1センチ程度の札束を制服の内ポケットに入れてタクシーに戻った。

「かねやさんの本店へ、お願いします」

 有名な店なので、タクシーは迷わず到着してくれた。

「………ご両親、寝てるよね……」

 一般の一戸建て住宅の5倍くらいある鐘留の家を見上げると、鐘留の部屋だけ、ぼんやり照明がついている。鮎美が到着したとメールを送ってみると、門扉や玄関ドアのロックが自動で開いた。

「……失礼します…」

 小声で挨拶して中に入る。靴をそろえて脱ぎ、足音を立てないように鐘留の部屋を目指した。

「……カネちゃんの部屋、ここやんな…」

 静かにドアをノックした。部屋の中から不機嫌そうな鐘留の声が響いてくる。

「入りなよ」

「…お邪魔します…」

 物音を立てないように入室して、頭を下げる。

「遅くなって、ごめんなさい」

「………」

 鐘留は黙っている。部屋は高価な間接照明で今は照度をさげているようで薄暗い。鐘留は机前の椅子に座っていて、こちらを向いているけれど、背中からデスクライトの光りを浴びているので、表情が見えない。服装さえ、よく見えないけれど、なぜか夏服の制服を着ているように見える。

「いくら、もってきたの?」

「……さしあたって、これだけです」

 鮎美は頭をあげ、内ポケットから100万円の束を出した。受け取った鐘留が予想通りの反応をしてくる。

「たった、これだけ?」

「今は銀行も開いてなくてコンビニのATMやと、これが限度やったんです」

「アタシのおっぱい何回触った?」

「……よく覚えていませんけれど、毎日のように……」

「お尻にも、よく触ったよね?」

「はい……」

「スカートの中にまで手を入れたこと、多いし」

「……はい…」

「夏に体育の後にさ、おでこの汗と腋の汗で塩分の濃度は同じかな、とか理科の実験っぽいこと言いつつ、アタシと宮ちゃんの顔と腋、舐めたよね? 月ちゃんへは嫌がったから遠慮したみたいだけど、あれってさ、男子がアタシたちにやったなら、犯罪級のヘンタイ行為だよね?」

「………はい……すみません……」

 また頭を下げる。

「なんで舐めたの?」

「……舐めたかったからです…」

「テレビで言ってたけど、同性愛ってマジに?」

「…はい、本当です」

「………。アタシへも性欲を感じるの?」

「……はい…」

「うわぁ……マジに?」

「…はい…」

「………。ようするに、男子がアタシたちの裸を見たいみたいに、見てたし、男が触ってくるのと同じ感じで、アタシたちに触って舐めて、いろいろ楽しんでたんだ? 耳にも、ほっぺにも、よくキスしてくれたけど、あれも性欲?」

「……親愛の情という部分も大きいですけれど、性欲と言われれば否定できません」

「何その官僚みたいなムカつく答弁。アユミンの本心は、どうなの?」

「………見てたら、可愛くてキスしたくて、しました」

「ふーん……。で、さんざんアタシにいろいろした代償が、たった100万?」

「月曜になれば、銀行が開くので、また用意します」

「いくら?」

「……。できる限り多く」

「一億円」

「………。20年くらいかけて、なんとか用意します。今は、これが限界なんです」

 鮎美は通帳を開いて鐘留に差し出した。最大で500万円を超えていた残高は桧田川への支払いで減り、今週振り込まれた歳費で55万円増え、さきほどコンビニでおろしたために減り、今は270万円ほどだった。

「これ、全部アタシにくれるの?」

「……。せめて10万円ほど、生活費を残していただけると、ありがたいです」

「それが精一杯の誠意ってわけ?」

「はい、どうか、許してください」

 さらに鮎美は頭を下げる。鐘留の足元に土下座した。鐘留は満足そうにクスクスと笑って言う。

「ちょっと、顔あげて」

「はい」

 鮎美が顔をあげると、鐘留は100万円の札束でペシペシと鮎美の頬を叩いた。

「クスっ…フフ…これ、一回、やってみたかったんだ」

「……」

「あと、これも」

 さらに鐘留は札束を天井へ向けて放り投げた。一万円札が降ってくる。

「いまいち、足りないね。あと暗いし、わかりにくい」

 鐘留はリモコンで照明の照度を最大にして部屋を明るくすると、机の引き出しから現金300万円を出した。金額的に自動車教習所でのセクハラで手にした示談金だとわかる。鐘留は三つの札束の帯封を破り、なるべく紙吹雪として散らばるよう、ほぐしてから一気に天井へ投げた。今度は迫力のある量が降ってくる。

「うーん♪ いいね」

「………」

「アユミン、拾って。百万円と3百万円に分けて」

「…はい…」

 言われるとおり散らばった紙幣を拾い集め、合計で400万円あるはずなので100枚だけ数えて別にすると、残りは積んだ。鐘留は100枚の方を手にすると、それを鮎美に返す。

「ん」

「……はい?」

「もういいよ。君の誠意は見せてもらった。許してあげよう」

「……ぉ……おおきに…」

「じゃ、それはポケットに入れて。この3百万で、もう一回、紙吹雪やろうよ」

「……もう、ぜんぜん怒ってへんの?」

 鮎美が拍子抜けする。鐘留から送信されてきたメールは、お金を払って謝れば許すこと前提だったので、本当に一億円も払うかは別にして、とにかく今は誠心誠意謝って、手元にある現金を差し出す気だったけれど、鐘留の方は最初から笑ってしまいそうなのを誤魔化すために部屋を暗くしてデスクライトを背中から浴びていて、明るくなった今は笑っているのが、よくわかる。性的指向を隠して鮎美がキスしたり抱きついたり舐めたりしたことは、少しも怒っていない様子だった。

「まあねン♪」

 鐘留は300万円を雑に半分へ分け、鮎美にも投げさせる。

「ほら、321で投げよう。いくよ、3、2、1!」

「……。こうなったらヤケや!」

 少しタイミングが遅れた分、長い紙吹雪が部屋に降る。

「きゃははっは!」

「……フ…あははは!」

 可笑しさが込み上げてきて笑った。

「雪合戦みたいに投げ合おうよ」

「ろくなこと考えんなぁ」

「えい!」

 鐘留は掻き集めた紙幣を投げつけてくる。

「育ちのええことやね!」

 もう吹っ切れて鮎美も掻き集めて投げ返した。一万円札が舞う。この300万円という金額が年収という人も多い、さらに300万円を貯蓄しようと思えば、月に10万円を貯めても30ヶ月もかかる。月5万円なら60ヶ月、五年もかかってしまう。そして最貧国では年収が2万円ということさえある。そういうことを数字としては知っている鮎美と鐘留は無邪気に紙幣を投げ合った。

「ハァ、楽しかった♪」

「そやね。悪趣味やったけど、楽しかったわ。………」

 鮎美は無造作に掴んだ紙幣を眺める。ざっと10枚はある。これだけでも月収となる。

「……お金か……」

「お金って、なんなのかなぁ? ただの紙といえば、紙なのに」

「そやね。一つの言い表し方としては、お金とは価値を映す鏡やて、静江はんに習ったわ」

「シズちゃん、なかなかに哲学者だね」

「ううん、これは静江はんが大学の講義で習ったそのまま受け売りやて、あと哲学やなくて経済学の初歩らしいよ」

「ふ~ん……でも、アユミンがやろうとしてる連合インフレ税ってさ、ようは1億円をもってる人が1人、1千万円もってる人が10人、百万円しかない人が100人いるとき、政府が、あと3億円を発行して平等にバラまくってことでしょ、単純には」

「そやよ。一気に発行すると、いろいろマズイから10年くらいかけて国際協調してな。あと、単純にバラ撒くんでなく赤ちゃんのいる世帯や障碍者のいる世帯、非正規雇用で長く働く人がいる世帯を選別してやよ。目下、眠主党と協力するなら、彼らの提唱してた子供手当てを赤ちゃんがいて保育園に入れてない世帯だけ満額出すくらいが、手をつけやすいとこやよ」

「さすがに細かく計画してるね。けど、単純な話では111人へ3億円をバラ撒けば一人あたり約270万円、そうなると1億270万円が財産の人が1人、1270万円になる人が10人、370万円の人が100人だよね。で、通貨の価値が単純に半額だとすると、感覚的には5135万円が1人、635万円が10人、185万円が100人だよね?」

「うん、そうなるよ」

「100万円の100人が185万円になるために、1億の人は半額かぁ……」

「実際には貯蓄ゼロ家庭もいはるから、もっと平等化するよ」

 鮎美は握っていた紙幣をパッと手放した。ヒラヒラと床へ落ちていく。

「人は、みんな強欲やねん。貧しい人に金持ちが施せばええ、そう言うけど、そう言う人も、いざ自分が寄付するとなると、せいぜい全財産の数%も出したらええ方や」

「月ちゃんちは貧乏そうなのに、毎月、教団へ寄付してるらしいよ。で、教団は炊き出しとかやってるみたい」

「えらいね。信仰ってたいしたもんやわ。まあ、陽湖ちゃんかて難民に比べたら、恵まれてるから。けど、うちなんか何百万も急にもらえる立場になったけど、寄付する気ぃないし、そもそも寄付が禁止なんは気楽でええけど、禁止やなくても、はたして、どれだけ出したことか」

「だから強引かつ平等に出させるために連合インフレ税なんだね」

「そういうことやよ」

「しかも円やドルの価値が半分になれば、円建てドル建てで借金してる国の借金も実質減になって世界中ハッピーになるかぁ………アユミン、マジに実現しそうになったら、殺されるんじゃない? だって10兆円の財産もってる超金持ちは5兆円も盗られるわけだもん。殺意湧くよ? 普通にスナイパー雇って、スイス銀行のいつもの口座に振り込んでドキューンだよ?」

「もしも、うちを殺したら、逆に実現が近づくよ。弔い合戦って雰囲気で盛り上がるやろ。富裕層が賢こかったら、うちを暗殺するより、うちにスキャンダルをつくるわ」

「スキャンダルかぁ……ってことは、アタシ、かなり、すごい立場にいるんじゃない? アユミンのスキャンダルの被害者なんだけど?」

「はい、その件は何卒ご内密にお願いいたします。世界のために」

「フフフ、フ~ン♪」

 鐘留は笑いながらセクシーなポーズを取ってみせる。元モデルなのでポージングは巧く、女性の魅力を生々しく鮎美へ見せつけてきた。さらに鐘留は紙幣の投げ合いで汗ばんでいたので、その汗を指先でぬぐい、鮎美へ向けた。

「アタシの汗、舐めたい?」

「………わりと本気で、そう感じるから、からかうのやめて」

 鮎美が顔を背けると、鐘留は両手を後頭部で組んで腋を見せる。改造した夏制服を着ているので、よく見える。

「アユミンってさ、腋フェチでしょ?」

「…………」

「どうなの? 正直に答えてみなよ」

「……誘惑されます」

「やっぱりね。前から変だと思ってたんだよ」

「………いつから、気づいてたん? うちがビアンやって」

「それを知ったのは記者会見で自分で認めてたときだけどさ。夏場とか、めちゃアタシの腋を見てくるし。アタシだけじゃなくて月ちゃんや宮ちゃんの腋も凝視するしさ。この人、他人の腋チェック厳しいなぁ、アタシはレーザー処理したから、どんなにチェックしても生えてこないのに、よく毎日毎日、他人の腋をチェックするなぁ、って感じてたの。けど、同性愛って言われたらピンときたよ。そっか、フェチなんだ、こいつフェチだ。絶対、腋フェチだ、ってさ」

「…………」

「ほらほら、触りたい? 舐めたい?」

 鐘留は腕をあげたまま、鮎美の顔へ腋を近づけてくる。

「ちょっ、それ、もう逆セクハラやって。うちはホンマに同性に感じるんよ」

「味見くらいさせてあげてもいいよ。久しぶりにアタシの味、舐めてみたい?」

「からかうのやめてよ。下手したらカネちゃんのこと襲うよ。うちを男子やと思ってみ、こんな夜中に二人でいるのに、そんな誘惑されたら爆発するかもしれんよ」

「男子ねぇ……アユミンが男子だったら、彼氏にしてあげてもいいくらい、スペック高いよね。宮ちゃんや月ちゃんと取り合いしてでも、アタシの彼氏にしたかも」

「………」

「そういえば、前にアタシの足へキスしたこともあったよね? あのときも、したくてした?」

「……実は……」

「ふーん♪」

 鐘留はベッドに座ると、右足を高くあげて鮎美へ向ける。

「靴下を脱がせて」

「……」

 鮎美は言われる通り、両手で鐘留の靴下を脱がせた。白い素足が輝いてみえる。

「……こんな冬場までネイルアートしてるんや……」

 鐘留の足爪には正月らしいネイルアートが施されていて、雪だるまや鏡餅、羽子板が描かれている。

「左はクリスマスバージョンだよ。見たい?」

「……見たい…」

「じゃ、アタシの右足にキスしたら、左の靴下も脱がせていいよ」

「………。からかうの、やめてって。さっきから本気で刺激されてるんよ。カネちゃんはビアンちゃうやろ? うちに何かされたら気持ち悪いやろ」

「足にキスなら、していいよ。むしろ、させてみたい。ネットで言われてるよ、10兆円の女、ってさ。ほらほら、キスしてごらん」

 鐘留が足の指を動かしている。片足をあげているので極端に短いスカートから下着も見えている。鮎美は強い衝動を覚えた。キスどころか、足の指に吸いつきたいし、スカートをめくりあげて下着を脱がせたい。生意気に動く唇を息もできないくらいにキスで塞いでやりたい。

「…ハァ…カネちゃん…、どういうつもりなん? これ以上、うち我慢せんかもしれんよ」

「アタシの可愛さは、アユミンの目には、どう映るの?」

「………めっちゃ……可愛いよ……」

 鷹姫と違い、鐘留は女子としての身なりやスタイルに強く気遣っていて、足の指先まで美しく整えているし、一本のムダ毛もない。脛の肌まで瑞々しくて、内腿の肌になると赤ん坊のようにきめ細かい。頭も小さくて可愛い、そのくせ瞳と唇は生意気で、よく動く。胸もウエストも理想的なバランスで羨ましいのと、抱きしめたいので鮎美は脳が沸騰してくる。いつのまにか、鐘留の右足へキスしていた。

「きゃは♪ くすぐったい」

「…ハァ…」

「じゃ、左の靴下も脱がせていいよ」

「………」

 興奮を沈黙で抑えながら鮎美は靴下を脱がせた。

「どう? 可愛いでしょ」

 鐘留の左足にはクリスマスをイメージしたネイルアートが施されていて、小指に星、薬指にリボンで飾られたプレゼント箱、中指にトナカイ、人指し指にサンタ、親指にツリーだった。可愛すぎて鮎美は小指を吸った。

「んっ♪ 足、吸われるの、けっこう気持ちいいね」

「…ハァ…」

「でも、腋フェチだから、やっぱり腋がいい?」

 鐘留が挑発的に右腕をあげて腋を見せてくる。鮎美の目が熱く視線を注いでしまい、その視線を鐘留も感じた。

「舐めたい? 舐めさせてあげようか」

「……、……あとでセクハラとか、示談金、言わん?」

「言わないよ。お金なら、ほら」

 鐘留は散らばっている紙幣を握り、また投げた。降ってくる紙幣を受けとめるように両腕を広げてあげながら、鐘留はベッドに倒れ込む。

「アタシの腋、舐めたいなら、舐めていいよ。腋フェチ君」

「…ハァ……ハァ…」

「それとも宮ちゃんみたいに毛が生えてるのが好みなのかな?」

「…カネちゃんは……カネちゃんで……キレイで、可愛いよ…ハァ…」

「きゃっはは、マジ興奮してるじゃん。息づかいがヘンタイだよ。キャッ?!」

 鐘留は食いつくように腋へ舌を這わされると同時に胸を強く揉まれて驚いた。

「アユミン……マジなんだ……」

「ハァ…ハァ…」

「……。マジに、……同性愛なんだね…」

「カネちゃん、ハァ…ノーブラなんや…ハァ…」

 言いながら鮎美は手を制服の中へ入れて直接に鐘留の乳房を揉む。張りと柔らかさのある乳房の感触が、たまらなく手に拡がる。

「アユミン……おっぱいも吸いたい?」

「吸いたい!」

「……。いいよ」

 鐘留は無抵抗を示すように両腕を広げ、肘を曲げた乳児が寝るようなポーズになる。鮎美は制服をめくりあげると、乳首に吸いついた。

「……うっ……ヤバっ……アタシも、ちょっと気持ちいい、かも…」

 乳首を吸われる感触に鐘留も快感を覚えてしまった。もう鮎美は遠慮も自制心もなく、乳首を吸いながら鐘留のショーツに触れてくる。ショーツの上から何度も股間を擦ってくる。

「ちょっ……そんな風に擦られると……アタシも……ヤバいかも……」

「カネちゃん…ハァ…」

 鮎美が乳首を吸うのをやめて口へキスしようと顔を近づけてくると、鐘留は顔を背けた。

「キスはヤダ♪ キモい」

「っ……」

「おっぱいなら吸っていいよ」

「……」

 また鮎美は乳首に吸いつき、今度はショーツの中に指を入れてきた。

「うわぁ……マジにアタシのアソコを触るんだ……アユミンは……ガチに……」

「ハァ…ハァ…ハァ!」

「指、アタシの中に入れたいの?」

「入れたい! 入れさせて!」

「…………。いいよ。どうせ、処女じゃないし」

「入れるよ。入れるしな?」

「…うん…」

 鐘留が頷くと鮎美の指が入ってきた。

「…ぅっ………」

「ハァ…ハァ…」

「…ぃ、…いきなり、そんな激しくしないで、濡れてても痛いから」

「…ハァ…ハァ…」

 鮎美は指を入れたまま、乳首を吸うのをやめ、鐘留の股間に吸いつく。上質なレースのショーツをより避けて股間へ食いついた。

「うっはっ…か、感じちゃう……アユミンの舌なのに……うわっ……マジ……これ、そのうち……イクかも……」

「ハァ! ハァ!」

 もう鮎美は指と舌で鐘留を感じることしか頭にないし、鐘留も女性器の特徴を熟知している同性からの愛撫に高まってしまい、果てた。

「…ハァ……嘘………アユミンにイカされちったよ……きゃはは…」

「ハァ…ハァ…」

「……イクんだね……アタシ………女同士なのに……うわぁ……キモ…」

「……ハァ………ハァ………カネちゃん……ごめん…」

「別に謝らなくていいよ。何も悪いことはないし。妊娠はしないし。したら産んであげるよ、きゃはっは」

「………ハァ……」

 そう言われて安心した鮎美は猛烈な眠気を覚えた。興奮で忘れていたけれど、いったい睡眠不足が、どれくらいになるのか、仮眠ばかりでろくに寝ていない。安心してしまうと気絶するように眠った。

「……ぐすっ……ぅぅ……」

「……」

 朝、鐘留の泣き声で鮎美は目を覚ました。

「……ひっく…ぐすっ…」

「カネちゃん……」

 泣かれるようなことをした覚えはある。軽い調子で明るく受け入れてくれたと想っていたけれど、あとになって嫌になったのかもしれない。鮎美は後悔しつつ、どう慰めるべきか考えているうちに、気づいた。

「……カネちゃん、オネショしたん?」

「っ…、こっち見ないでよ…ふえぇぇん、ふぇえぇえん!」

 鐘留が声をあげて泣き出した。

「アユミンのせいだよ、ふぇぇえ! 夕べ、トイレいかないで、そのまま寝たから、ふぇええ! ナプキンも忘れたから、ふぇぇええ!」

 二人とも制服のまま眠ってしまい、鐘留はスカートとショーツを濡らしていた。シーツにも大きくシミができている。どう見ても夜尿だった。

「ぐすっ…ひっく……二人で寝ても怖い夢みるなんて……ううっ…」

「そんな泣かんときよ、制服は濡れたかもしれんけど、どうせ登校も自由登校期間やし、そもそも日曜やし、夏服やし。うちは誰にも言わへんから」

「ううっ……アタシのうちは洗濯物は全部、家政婦がやるの! だからバレるの!」

「そうなんや……シーツも?」

「っ、ふぇえええん! ふえぇええん!」

「それ嘘泣き? ホンマに泣いてるの?」

「ふぇええ!」

 鐘留は幼児のように大粒の涙を零していて、嘘泣きには見えなかった。とにかく落ち着かせようと鮎美は背中を撫でながら抱きしめる。それでも泣き止まないので提案する。

「オネショしたの、うちってことにしてあげるよ」

「え?」

「制服、交換しよ」

「……でも、これ、明らかにアタシの改造制服だよ」

「だから、うちは改造制服を着てみたかったし、カネちゃんは議員バッチの着いた制服を着てみたかった。ってことで交換して、そのままお泊まりして、うちは刺された傷もあるから、調子が悪くてオネショしてしもて。そう言うて誤魔化したらええやん」

「……でも、……それじゃ、アユミンがオネショしたことになるよ?」

「だから、それでええよ」

「………いいの? ホントに」

「ええよ」

「……ごめんね……じゃあ、これ」

 鐘留がベッドの上に散らばっている紙幣を30枚ほど掻き集めて差し出してくる。

「ええよ、そんなん」

「ううん、受け取っておいて」

「だから、いらんて。友達同士で、そういうのやめよ。しかも、お礼としても多すぎるし」

「そうじゃなくて。ベッドマットの弁償代、このベッド、たぶんマットだけでも30万くらいするから、これママに渡して」

「……オネショしたし弁償させると?」

「だって、今夜からアタシはオシッコの染み込んだベッドマットで寝るの? そんなのヤダし、買い換えてもらうし」

「………ほな……受け取っておくわ……。とりあえず着替えよか、服を交換して」

「うん、……ごめんね」

 鐘留は謝りながら裸になり、鮎美も裸になるとショーツも交換して着替えた。濡れた下着とスカートは冷たかったけれど、それは表情にも口にも出さない。部屋に散らかっている270万円も集めて机に突っ込んでから、鮎美は濡れたシーツの上に座り込む。

「ほな、うちは嘘泣きしてるし、お母さんか、家政婦さん、呼んできて」

「…うん…」

「顔を洗ってから行きよ。まだ泣いたの、わかる顔してるし」

「…ありがと…」

 鐘留が部屋を出て行く。鮎美は嘘泣きするために精神を集中する。最近、泣くことが多かったので、それを思い出してみると、すぐに涙を零せた。

「…ぐすっ…」

 しばらくして鐘留と母親が入室してきた。

「おはよう、芹沢さん。夕べ、泊まっていたのね。おかまいできなくて、ごめんなさい」

「…ぐすっ……おはようございます……すみません……お布団を汚してしまいました。…うっ…うううっ…」

「あらあら、泣かなくていいのよ」

「アユミン、いい歳して、オネショとか笑えるよね。きゃははは!」

「……」

 あんたってヤツはぁ! と怒った顔を見せないように鮎美は顔を伏せて両手で隠す。鐘留はポンポンと鮎美の頭を叩いて言う。

「もう高校も卒業なのにさ。かわいそうだし、黙っていてあげるね」

「…ぐすっ…絶対、誰にも言わんといてな……」

「きゃははっはは!」

「芹沢さん、お風呂に入ってください」

 もってきたバスタオルで腰を巻いてくれるので、鮎美は立ち上がった。

「すみません。ベッドマット、弁償します」

「そんなの気にしなくていいのよ。さ、お風呂へ、どうぞ」

「あ、アタシも入る。使い方、教えてあげるよ」

 鐘留と二人で広いバスルームに入った。

「さすが金持ちやな……」

 バスルームは5人でも同時に入れそうなほど広くて豪華だった。身体を流して、バスタブに二人で浸かっても余裕がある。そして鐘留の全裸を見ると、鮎美は再び衝動を覚えた。

「………」

「またエロい目でアタシを見て。ホント好きだね」

「……おっぱい揉んでいい?」

「どうしようかな。フフ」

「濡れ衣、着てあげたやん。文字通り」

「しょーがないな、どうぞ」

 鐘留の乳房を揉むと、より衝動が強くなる。鮎美が向かい合って浸かっている鐘留の身体へ、身体をよせる。

「アユミンにおチンチンがあったら、よかったのにね」

「……。うちは男になりたいとは思ってないよ。身体、くっつけていい?」

「う~ん……まあ、……いいかな…」

 鐘留が迷いつつ承諾してくれたので、鮎美は身体を合わせた。

「あぁあぁ…ハァ…」

「……。アソコとアソコ、くっつけて楽しいの?」

「うちも初めてで…」

 鮎美の言葉は母親が脱衣所に入ってきた気配で中断される。

「芹沢さん、朝ご飯も食べていってね」

「あ……す、すみません。ありがとうございます」

 いきなりドアを開けられることは無いと思っていても、鮎美は鐘留から離れた。真夜中と違い、あまり長湯も怪しまれるので、名残惜しかったけれど揚がって朝食をいただく。両親と四人で穏やかに食べ終わり、お礼を言って30万円は鐘留に渡してから、鐘留と家を出た。鮎美は自分の制服を着て、鐘留は冬制服の上に完全防寒でタクシーに乗り、党支部へ出勤する。

「すぐに支部へ来て、って静江はん、何かあったんかなぁ」

 鮎美は静江から連絡があったスマートフォンを見て考える。

「アタシとエロいことしたのがバレたのかもよ」

「どうやってバレるねん。あと合意の上やし。そこ、よろしく頼むよ」

 運転手に聴かれないよう小声で囁き合っているうちに支部へ到着したけれど、駐車場にパトカーが5台も駐まっていて、警護任務が終わったはずの介式たちまでいるので冗談では済まない事態が起こっているのだと二人とも感じる。

「なんやろ……」

「ヤバそうだね。アタシ以外に襲った子、いる? それともワイロとか、もらってた?」

「………」

 鮎美が緊張した面持ちでタクシーを降りると介式たちに取り囲まれた。けれど、それは鮎美を逮捕するためという雰囲気ではなく、鮎美を完全に包囲して守るためという感じがする。

「介式はん、なんかあったんですか?」

「それは中で説明される。早く中へ」

「わかりました」

 鮎美と鐘留が支部内へ入ると、すでに静江と石永、陽湖、鷹姫、桧田川もそろっていて一様に顔が硬い。他の党職員たちの雰囲気も重かったし、県警の警察官と刑事が何人もいる。鷹姫と陽湖が駆けよってきた。

「芹沢先生、ご無事で何よりです」

「シスター鮎美、心配しましたよ。夜のうちに島を出ているなんて」

「ごめんな。けど、書き置きはしたやろ。で、何があったん? ただごとやない感じやけど」

 鮎美の問いには静江が戸惑いつつ答える。

「あまりショックを受けないで聴いてください」

 そう言う静江の顔が少し青ざめている。

「さきほど受け取った郵便物の中に……あんなものが…」

 静江が刑事の方へ視線を送る。刑事はビニール袋に入った銃弾と、別のビニール袋に入れた手紙と封筒をもっている。銃弾は大きめで、鮎美は知らなかったけれどライフル弾だった。

「……鉄砲の玉……、手紙には何て?」

「こちらがコピーです」

 静江がコピーしたものを渡してくれる。

 

 セリザワアユミ

 オマエハセカイヲテキニマワシタ

 カナラズコロス

 

 筆跡鑑定を逃れるためなのか、定規で書いたような直線のカタカナで脅迫文が記されていた。

「……うちを……殺す、てか……」

「アユミン……」

「シスター鮎美……」

「芹沢先生は私が守ります。私だけでなく介式師範たちも」

「報告が遅れたが、先刻より警護を再開している。また、人員は12人チームとなり警視庁からの増員が到着するまでは所轄の協力をえる」

「……おおきに…」

 鮎美は手近な椅子に座った。

「………陽湖ちゃん、落ち着きたいし、お茶をもらえる?」

「はい、すぐに」

 陽湖が熱い日本茶を淹れてくれた。それを飲み終わった鮎美はタメ息をついてから言う。

「こんなもん、どうせ脅しや」

「「「「「……………」」」」」

「ホンマに殺す気のあるヤツは、いきなりザクッと来おる。こうやって銃弾なんか送ってきたり、銃口チラつかせるもんは本心では殺す気なんか無いねん。な、介式はん」

 鮎美が意味ありげに介式を見上げて言った。鮎美へ銃口を向けたことのある介式は表情を変えずに答える。

「読みとしては正しい。だが、我々SPは最大限の警戒をする。それが任務だ」

「おおきに。ほな、今日の予定は予定通りやろか。静江はん、スケジュールは?」

「え……あ、…えっと、……ちょっとお待ちください」

 静江が慌てて、すっかり頭から消えていた地元日程を確認するためメモ帳を開く。鐘留が手を叩いて目を輝かせた。

「アユミン! 超カッコいい! すごいよ! なんかボスって感じ! 芹沢組組長って感じだよ!」

 鐘留だけでなく鷹姫も深く感動している。

「ご立派です。組長、いえ、局長たるに相応しい胆力です。感服いたしました」

「……その…、反社会勢力とか剣客集団みたいな呼び方やめてな」

 定着されると嫌な役職名に抵抗を覚えつつ、鮎美は静江からスケジュールを聴き、予定通りに行動する。午前中は六角市ゲートボール協会の30周年記念親善試合を観戦し、お昼には三上市で行われた新幹線新駅再チャレンジ委員会の新年会兼決起集会に参加して挨拶した。移動手段は午前中は静江が経費削減で買い換えた軽自動車だったけれど、午後からは党の京都支部が所有していた防弾措置が施されている高級車に変わった。その前後を覆面パトカーが走るという車列になり、運転も熟練した党本部職員があたり、静江は助手席に座っている。

「静江はん、次の予定は?」

「次は六角市に戻って新年少年野球大会の観戦ですが、介式警部が反対されています」

「なんで?」

 鮎美の問いへ隣りに座っている介式が答える。

「野球場は広すぎ見渡しがいい、警護しにくく狙撃しやすい」

「……どうせ脅しやって」

「だとしても、万一のとき、芹沢議員は少年たちを巻き込みたいか?」

「……なるほど、選択の余地なしやね。うちに脅迫状が届いたニュースは流れてる?」

 静江が答える。

「はい、お昼のニュースで流れました」

「ほな、少年野球の団体には、万一のこともあるから、うちは行けへんし、ごめん、と伝えておいて。その次の予定は?」

「阪本市で琵琶湖放送のスタジオを借りたNBCCからの取材を受ける予定でしたが、やや変更があり、取材でなく対談、それも大きなゲストを招けそうだから、京都まで出て来てほしいとのことです」

「ゲストって誰? 加賀田知事ちゃうやろ?」

「牧田さんが調整中ですが、はっきりしたことは先方の返事があってからになる、と。知事は京都なら、かまわないとのことです」

「加賀田知事が、そう言わはるんなら、うちも合わせるわ。ちょっと時間に空きができるやんな? ゆっくり京都まで移動して。うち寝るし」

「「………」」

 今朝、脅迫状が届いたというのに、目を閉じた鮎美が本当に眠ったので静江と介式は寝顔を見つめ、静かに驚いていた。鮎美が眠りやすいように高速道路を時速80キロで移動した車列はNBCCが指定した京都の古刹(こさつ)に駐まった。駐まってからも一時間ほど眠ることができた鮎美へ、定刻近くになって到着した夏子が県有車から降りてきて、防弾ガラス越しに右手でつくった銃の形を向けて冗談を言おうとする。

「……。怖いボディーガードがついてるね」

 黒い狼のような鋭い目つきで介式に睨まれたので夏子は冗談をやめて、防弾ガラスをノックする。介式が5センチだけ窓を開けた。

「そろそろメイク直しも含めて準備しないと間に合わないよ」

「了解した」

 介式が鮎美を揺り起こした。目を開けた鮎美は手鏡で身なりをチェックしてから言う。

「トイレ行きたいし、桧田川先生は?」

「後続車にいる。降りよう」

 降車して古刹のトイレを見て鮎美と桧田川は困惑した。かなり古い便所で本堂とは離れた別棟の木造で、扉は薄い木の板だったし、便器は無くて床に四角い穴があるだけだった。その床も木の板で鮎美が立つだけでギシギシと鳴り、二人で入ると体重で落ちそうな気がする。そして狭いので二人が入ると木戸を閉められないし、処置するスペースもない。桧田川がロールではない四角い紙片のトイレットペーパーを見下ろしつつ言う。

「こんな古いトイレ、まだ存在するんだ」

「島の民家やと見かけるよ。………でも、どうしよ……近くにコンビニでもあるかな」

「都市部のコンビニもトイレ狭かったりするよ」

「ぅぅ…」

「お寺に頼んで、どこか部屋が借りられないか訊いてくるよ」

 桧田川が住職に頼み、本堂を使ってよいと言われたので移動する。

「……ここは、ここで、広すぎて恥ずかしいわ」

「ま、しょうがないよ。お尻を出して」

「………」

 鮎美は本堂を見回した。広さは40畳ほどあり、これから対談に使用するため、すでにセットが組まれていてテレビカメラや照明がある。鮎美のために一時的にスタッフが出ていき、今は桧田川と介式の三人しかいない。庭に面した戸も閉めてもらったし、監視カメラの類は無い。本堂の周りは10人近い警官が守ってくれているので覗きの心配もない。

「ほら、早く。意識すると余計恥ずかしくなるよ。さっさと脱いで」

「はい……なんや、バチ当たりで、すんません」

 鮎美は本堂に安置されている仏像に手を合わせてから下着をおろし、スカートをめくりあげた。桧田川はゴム手袋をして処置を始める。なるべく鮎美が恥ずかしくないように別の話題をふる。

「お腹の傷は、どう? 痛みある?」

「ぜんぜん大丈夫です」

「そう。予定通り明日で終わりかな。長かったけど、お別れね」

「ありがとうございます」

 処置が終わったので鮎美はお尻を拭いて衣服を直した。桧田川は片付けて出ていき、代わりに夏子や男性SPたち、テレビ局のスタッフなどが入ってくる。鮎美は匂いが残っていないか、とても心配だったけれど、どうにもできないので黙って正座した。夏子も隣りに正座して、仏像へ合掌する。

「……」

 夏子が合掌を解いたので鮎美が問う。

「加賀田知事は仏教徒ですか?」

「どうかな? 家は禅宗だけど」

 夏子は少し正座を崩してから、スタッフに声をかける。

「対談の相手ってアメリカのテレビ局で、わざわざお寺を指定ってことは外人さんですか?」

 その問いが肯定されたので夏子は注文する。

「椅子を用意してもらえますか。外人さんに正座は無理ですし、私たちもスカートなので」

 夏子のスカート丈だと問題は無かったけれど、鮎美の制服スカートで畳へ正座すると、多少の問題はあったし、少しも正座を崩せなくなる。鮎美が夏子へ礼を言っているうちに、レポーター分を含めた4脚の椅子が用意された。まだ、対談の相手は到着しないということで生放送ではなく録画編集するので白人女性レポーターが日本語で鮎美たちへ質問を始めた。

「ミス・セリザワは18歳で議員になったこと、どう感じていますか?」

「はい。その責任…」

 やっぱり、そこからやんな、と鮎美は慣れきった質問へ丁寧に答えていき、話はセクハラ問題や赤ちゃん手当て、風俗産業従事者への35歳から支給される年金、連合インフレ税などに拡がっていくし、アメリカでは深刻な問題である妊娠中絶の倫理的是非についても話題になった。一時間あまりして夏子が外から車が到着した音がしたので問う。

「そろそろ今日の対談相手を教えてくれてもいいんじゃないですか? 到着したみたいだし」

「はい。そうですね。お相手はドミニク・ストロス・ハーン氏です」

「なっ……」

 夏子は驚愕したけれど、鮎美は知らない名前だった。

「誰なん? 有名な俳優さんとか?」

「IMFのトップ!」

「国際通貨基金の?」

「そう! 専務理事、経済学者でフランスの大統領候補としても有力! そんな大物が、わざわざ日本に?」

 夏子の問いにレポーターが答える。

「日本へ仕事と観光で来ていらしたので、ミス・マキタの仲介で依頼しました。今、日本で話題になっている18歳の女性議員と対談してほしいと。こころよく受けてくださいましたよ」

「………女好きらしいからね…」

 つぶやいた夏子へ鮎美が言う。

「ゲイやない限り、男は女が好きなんちゃいます?」

「その視点も新鮮ね」

「うちも女好きやし」

「あの記者会見から、すっかり開き直ったね。元気そうでよかった。銃弾が届いたのにもビビってない感じね」

「加賀田知事も新幹線新駅を凍結したとき、カミソリが来てたらしいですやん」

「腹が立つから、オークション形式で売ってやったよ。チャリティーにしたら15万円で落札されたから、県の児童養護施設へ入れたよ。以後、送ってこない」

「それ公選法上、微妙ちゃいます?」

「ひっかからないように、私はカミソリの対価として100円だけ受け取る。落札者は任意ということで落札者の名義で寄付する。だから、私は寄付してない、そういう形」

「なるほど、抜け道はあるもんやね」

 対談相手のビックさに、かなり驚愕していた夏子だったけれど、切り替えの速さは鮎美と比肩するようで、もう落ち着いている。ドミニクが本堂内へ入ってきた。京都観光の流れで来たようでスーツではなくラフなジャケットとスラックス姿だったけれど、オシャレで女性が好感を持ちそうなファッションセンスをしているし、筋肉と脂肪のバランスが取れた恰幅のいい男性だった。そして、国際金融機関のトップらしく専属のSPを連れていて、彼らは介式たちと同じくテレビカメラの被写界に入らない位置で待機する。まず、レポーターがドミニクと挨拶し、欧米人らしく抱擁されている。次に鮎美へ向かって両手を広げてきた。

「ハジメマシテ、アユミサン」

「はじめまして、よろしゅうお願いします」

 礼儀の上で鮎美も抱擁を受けたけれど、しっかりレポーターよりも長く抱きしめられた。

「ハジメマシテ、ナツコサン」

「はじめまして。お会いできて光栄です。本当に」

 夏子とも抱擁を終えると、着席し日仏語ができる通訳がドミニクのそばに控える。ドミニクは欧米人らしく眉を活発に動かしながら語る。

「日本の女性は本当に上品で可愛らしい人ばかりで驚きます。アユミサンの黒髪はとくに美しい」

「それは、どうも…おおきに…」

 日本人女性として鮎美も率直な讃辞には慣れていないので少し困った表情を見せると、ドミニクは微笑んだ。

「そういう奥ゆかしいところが日本女性の魅力です」

「うちは日本女性のうちでは、出しゃばる方ですよ。もとが大阪育ちですし」

 関西弁が入ったので、やや通訳が時間を要し、鮎美は訊いておきたいことを続ける。

「うちが考えた連合インフレ税、どう思ってくれてはりますか?」

「仮定の話として、その方向に動き出した場合、ルーブルと元が、どうなるかで結果も大きく違うだろうね。アユミサンは仲露を説得できるかな?」

「説得が可能な相手でも、必要な相手でもないと思います」

「ほォ。では、どうする?」

「通貨安の談合に入ってくれる国だけで共同歩調を取りつつも、入ってくれない国へも十分な情報提供、とくに通貨発行残高や、その状況と近未来の計画について隠さず偽らず伝えていけば、実質的に共同歩調を取らざるをえないと考えます」

「はははは、大変に興味深いね、それは」

 ドミニクは大きく笑ったけれど、目が笑っていない。脳内で鮎美が呈示した条件で国際為替がどう動くか、真剣に予測している目だった。鮎美は愛想笑いせずに言う。

「タックスヘブンの問題は資本主義の癌です。これを治さんと誰も幸せにならんと思います。たとえ、超富裕層に生まれたとしても、そんな閉鎖された先細りの集団、息がつまる思いますわ」

「それでアユミサンの連合インフレ税なら、本当に解決すると思うかね?」

「はい。この税から逃れようと思ったら、金を買うか、他の実物資産を買うしかありませんが、金は隠せても、実物資産、とくに不動産は隠せませんし、不動産への課税は各国が適正に行うでしょう。そして世界経済に対する金の総量は少ない、これがブレトン・ウッズ体制がほころびた遠因ですよね。つまりは世界経済において、もう金の占める割合は脱税されるとしても小さい。何より、いつか金は通貨と交換せな、使えません。このとき課税するシステムを作れば、脱税不可能です」

「他の解決策を我々も、また各国首脳も考えているところだよ。とくにタックスヘブンに対して圧力をかけ、口座情報を公開するように、とね」

「その方法は、きっと抜け道を見つけられると思います」

「なぜ?」

「欧米の方々が、うちら日本人に明治の頃、法律を教えてくれはりましたよね。うちらはアメリカに開国を迫られたけど、採用したんはフランスとドイツの大陸法です。英米の判例法は採用せなんだ。ドミニクさんは、大陸法と英米法、どっちが好きです?」

「愛国心をくすぐる質問への答えは決まっているだろう」

「うちが明治の頃に政治家でも、やっぱり成文化された大陸法を採用しますわ。英米の判例法はゴチャゴチャとややこしすぎて、まるで抜け道、裏技をつくって、そして知ってるもんだけが得するような、そんなシステムに感じられます。権利の上に眠る者を保護せず、と銘打つのは裏を返せば、知らんヤツを出し抜いて損させたろ、いうのと同じです。成文法のドイツでさえ、連帯保証人制度で違憲審査までやってますよね。父親の借金の連帯保証人に女学生にすぎんかった娘をつけたのは、人権侵害の違憲行為か、有効な法律行為か、と。そんなん道理と人情で考えたら、答えは簡単やのに。なんとかゴチャゴチャと法律で縛って個人からお金を奪い、法人が肥え太る。きっと、法で縛るだけではタックスヘブンは絶対に抜け道つくりますよ。そもそも主権があれば、どんな法律でも通る。とくに判例法システムをとるアメリカなんか、デラウェア州をうまいこと使いまくるでしょう。あれは国でもないから対外的な圧力も難しいのに、アメリカの州やから自治権が強い。そこをアメリカ人なら、どこまでもうまいこと使って誤魔化しまくるでしょ。今までやってきたことやん、これから心を入れ替えて、やりません、なんて、ありえん話ですから」

「………。前言を修正しよう。日本の女性は奥ゆかしく見えても、その内部は鞘に仕舞われた日本刀のようだ」

 ドミニクが欧米人らしい大袈裟な動作で両手をあげ、肩をすくめた。女性レポーターが鮎美に問うてくる。

「ミス・セリザワは資本主義と供産主義、どちらが良いと思いますか?」

「その質問は前世紀に答えが出てる思います。今現在で人類が採用しうるのは公正な課税と所得の再分配を社会保障で行う修正資本主義路線でしょう。けど、この妨げになんのがタックスヘブンです」

「似たところのある主張で今アメリカで、ウォール街を占拠せよ、と若年失業者が盛り上がっていますが、どう思われますか?」

「デモは民主主義の基本かもしれませんけど、占拠といいつつ、建物を包囲するだけでは小田原城も大阪城も落ちんかったでしょう。暴動はいけませんけど、実行力のともなう手段でなければ何一つ解決せんと思います」

「それはビルに飛行機を突入させるような、という意味ですか?」

「アメリカは中東の貧しい国々をさんざんに空爆していますよね。あんな貧しいところを悪の枢軸やと言うて空爆するくらいなら、タックスヘブンの国々を空爆したらええんです。彼らこそ悪の枢軸やし、悪質な法的テロリストですよ。本来、納められるはずやった税金が国へ入らんことで、医療、教育、貧困救済、これらが滞り、餓死、強盗、自殺する人が何千何万と出てる。先進国内でさえ、経済苦で自殺してる。この半分程度がタックスヘブンの責任やとしても、空爆するに十分な理由です」

「「………」」

 ドミニクとレポーターが黙り、夏子が鮎美の袖を引く。

「鮎美ちゃん、言い過ぎ」

 レポーターが気を取り直して畳みかけてくる。

「ミス・セリザワは、タックスヘブンを空爆せよ、が主張ですか?」

「いえ、そんな血を見る手段より、10年かけて通貨価値を半減させれば、50%の課税をしたのと同じですし、これを財源に人頭税の逆、いわゆるベーシック・インカムのように個人へ恩恵を与えれば良いんです。うちは日本では勤労意欲と人口維持の問題もあり、赤ちゃん手当て、ベビー・インカムである方が良いと思いますが、どう使うかは各国の自由、EUやソ連のような拘束はなく、ただただ共同歩調で通貨安をはかろうというだけです。誰も血を見んし、超富裕層にしても後ろめたかった脱税が是正されるのと、自分だけが見つかって課税されるのでなく、全部が全部、世界中の金持ち、全員が課税されるんやったら、すっきり諦めもつきますやん」

「血を見るといえば、今朝、ミス・セリザワの事務所へ銃弾が届いたそうですが、どう思われますか?」

「日本て平和やな、と思います。アメリカやったら配達せんと、発砲ちゃいます? 発砲より配達、空爆より課税。貧困と絶望がテロを生むなら、豊かさと希望はテロを忘れさせるでしょう。日本人かて、もし戦後の経済復興が無くて貧しい国やったら、基地を置くアメリカに対して自爆テロやったと思いますよ。逆に今、貧しい国々も対外債務が目減りして余裕ができれば、テロも減るし、テロへの警備費用も減るでしょう。世界を好循環にもっていくか、悪循環にもっていくか、今が歴史の正念場やと思います」

 収録が終わり、それぞれに握手したとき、ドミニクが鮎美へ言った。

「夕食をいっしょに、どうですか?」

「えっと……それは…」

 鮎美が静江に視線を送ると、これからの予定を教えてくれる。

「阪本市で県の酒造組合が催す新年会へ出ていただく予定です」

「まだ、新年会やんのや……しかも、飲酒年齢やないのに酒造組合……」

「それ、私も呼ばれてるけど、キャンセルして。京都で渋滞したとかテキトー言って」

 夏子が予定を変えてドミニクとの会食を優先するので鮎美も習った。そして、もともとドミニクが観光の一環で訪れる予定だった料亭に移動して会食になる。ドミニクと夏子は飲酒したけれど、鮎美は法律を守った。

「今夜はナツコサンとアユミサンに会えて、とても嬉しい」

 会食中は、さほど経済や政治の話は無く、はじめは鮎美を口説いていたドミニクは同性愛者を口説くのは諦め、夏子へシフトしたし、夏子も楽しそうに話している。鮎美は権力をもち知性に溢れる男性に惹かれる女性の様子と、旅先で一夜を楽しみたい男性の様子を、ごく冷静な目で見ていた。

「そろそろ、うちは失礼します。東京まで戻る新幹線の時間がありますんで」

「アユミサン」

 ドミニクが抱擁ではなく握手を求めてきたので応じる。鮎美の手が小さく見えるほど、分厚くて大きな手で握りながらドミニクが問うてくる。

「アユミサンが連合インフレ税を着想したキッカケはありますか?」

「キッカケですか……」

 鮎美は料亭の庭へ視線を流した。京都らしく、わびさびを重んじた簡素な岩と苔の庭で芭蕉の句に出てきそうな雰囲気だった。

「少なくとも日本に限れば、住む家も、着る服も、食べる物も、衣食住、すべて十分にあるはずなのに、それでも貧しさに困る人がいる、これは量的な問題ではなくて、システムや仕組みの問題ではないかと、そう思っているうちに、通貨価値って何やろ、と考え始めたのがキッカケです」

「そうですか。私もアユミサンに賛同します。また、会いましょう」

「はい、ありがとうございます」

 笑顔でドミニクと別れ、残る夏子と何をするかは自分とは無関係のことだと思いつつ、重厚な防弾車に乗って京都駅に向かった。途中の車中で介式から珍しく話しかけてきた。

「インタビュー中に、芹沢議員は脅迫者を挑発したな?」

「挑発? 別に、そんなつもりは無いですけど……」

「発砲ではなく配達にすぎない、と笑った」

「ああ、そのくだりですか……たしかに挑発とも取れるかも」

「あのような発言は、脅しが脅しでなくなる動機を与えかねない。今後は慎んでほしい」

「わかりました。気ぃつけます」

 京都駅に着くとSPたちに囲まれながら新幹線ホームにあがる。夜遅い時間のホームだったけれど、京都は修学旅行生が多く、向かいのホームには学校で貸し切った専用列車に乗る他校の高校生たちが何百人かいた。

「あれ芹沢鮎美がやー!」

「ああ! 鮎美先生さい!」

「宮本様もめんせーり!」

 方言がきつくて意味がわからないけれど、ようするに鮎美を偶然見かけたことが嬉しくて遠くから撮影したりしてくれているので、鮎美は手を振ったし、鷹姫も議員秘書として愛想が悪いと言われないよう会釈して、ぎこちなく控え目に手を振る。パンチラ写真と不倫疑惑を週刊紙に載せられたときの記者会見以降、鷹姫も全国的に高校生たちから人気が出ているようで様付けだった。

「鮎美様ちゅらさん!」

「芹沢組長!」

「宮本局長!」

 京都の映画村へも訪れた日程だったようで、新撰組のハッピを着ている生徒もいるし、木刀や模造刀を買った生徒もいる。ふざけて一人の男子生徒が抜刀して叫ぶ。

「芹沢、また刺すぞ!」

「「……」」

 鮎美と鷹姫は笑顔を崩さないようにしたけれど、SPの数人が模造刀とわかっていても、鮎美を囲む。他校の生徒たちは向こうのホームなので模造刀では何一つできないのに、それでも警戒するのだと感心した。そして囲まれたために鮎美を撮影できなくなったので、叫んだ男子生徒が周囲から顰蹙を買っている。駅職員が放送マイクを握った。

「ホームで騒がないでください! 木刀、模造刀、刀の形をした傘など長い物は危険ですから振り回さないでください! まもなく7番線に列車がまいります、黄色い線の内側にさがって、お待ちください」

 他校生たちの騒ぎは鮎美がグリーン車に乗っても続き、座席に座った鮎美は発車して彼らが見えなくなるまで笑顔で手を振っておいた。

「……疲れた…」

 真顔に戻って愚痴る。

「はい……疲れました…」

 作り笑顔が苦手な鷹姫もつぶやき、桧田川が労ってくれる。

「お疲れ様。アイドルも大変だねぇ」

「はぁぁ……刀ぬいてアホなこと言うてる男子もおったなぁ……ああいうヤツ、成人式でも暴れるタイプやで」

「方言が強かったけど、どこの修学旅行生かな?」

「さあ? 関西弁やないことはたしかやね。鷹姫、知ってる?」

「知りません。介式師範は、ご存じですか?」

「いや、知らない」

 鮎美たちの疑問に男性SPの一人が頭をさげながら答える。

「あれは沖縄っす。すみません」

「沖縄の言葉なんや、ふーん…」

「知念警部補、そうか、君の親は沖縄出身だったな」

 介式が部下の出自を思い出した。知念が再び頭をさげる。知念はスポーツ刈りで若く見えるので学生のような雰囲気もあったし、やや小柄だった。それでもSPらしく逞しい筋肉をしているのは、スーツの上からでもわかる。

「はい、芹沢議員へ失礼があり、申し訳ないっす」

「いえ、ええですよ。高校生って、あんなもんやし。とくに男子」

「芹沢さんも、その高校生なんだけどね」

 桧田川が言いながら、まだ沖縄の高校生たちの代わりに謝る知念の肩を、もういいよ、と叩いた。鮎美は新幹線車窓に映る自分の顔を見つめつつ言う。

「うちは最近、自分が老けてきたような気ぃしますわ」

 鮎美は心配になり髪の毛を手櫛で流し、白髪が無いかチェックした。

「芹沢先生は成長されたのです」

「鷹姫……そう真顔で、あんたに誉められると照れるし…」

 鮎美は赤面しつつ目を閉じた。眠れるときに眠っておきたいので東京まで仮眠し、議員宿舎に戻ってからも明日からの国会のために、よく眠った。

 

 

 

 

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