36 暴発に至る経緯と取材の反響

国連のなかでストラトスもまた賢者にあるまじき粗野な人物であるという非難を浴びることになる。そこにはストラトス自身が賢者の世界で鼻つまみ者だったことも背景としてあった。


この中傷は大きな問題となり、訂正と謝罪を拒むどころか一切の反省すらしない彼に対して当時の賢者会代表アルデバランは鉄槌を下す。ストラトスは賢者の称号を剥奪されることになる。


“流浪の元賢者”の始まりにはこうしたいきさつがあったのだ。

何の因果か必然か、二年後、フェリルの王子と流浪の元賢者はフェリルの森で出会うのだ。王子は自分の師匠となってくれるよう懇願し、元賢者は迷いながらも承諾する。


最初の時点ではそれによって居場所を得られるという目算があったからだ。つま弾きされた元賢者をかくまうようなところは少なくとも表の社会にはない。


振り返ればこの時点では善き判断となった。デュカス、ストラトス両者にとって互いにプラスとなる幸福な出会いである。


が、これに激怒したのがモロゾフ王だった。当時デュカスは十歳。自分の意志を持つ年代である。ふたりの関係には大きな亀裂が生まれた。王妃が病によって亡くなっていなければいくらか緩和されていたのかもしれないがそうはならず以後亀裂は深まりつづける。


この五年後にデュカスが独断で単独殺戮を行うケイバルの戦いが起こり、ここで両者の関係は決定的に決裂し互いに距離をとり、儀式の場以外ではほぼ会話することもなくなるのだった。


デュカスの側からすればこれは当然の流れである。頭のなかには魔法のことしかなかったのだ。森ではストラトス。宮廷ではリクサスが教育と訓練を受け持ち、このふたりとドラゴンたちをはじめとする動物族との関係が彼にとっての世界のすべてと言ってもよかった。


ただ十七で状況は少し変わる。女の存在である。王の側室でも、或いはたまに赴く学院でも、デュカスは誘惑の対象となっていた。このなかには残念なことであるが王による画策も混じっていた。


実際、デュカス唯一の停滞期が十七の時期である。恋と愛のはざまで揺れた時期だ。王の画策が混じることに気づくまでこれはつづいた。こうした経緯あっての翌年十八歳での暴発である。


モロゾフ王はついにストラトスとの関係を絶つよう王子に迫った。そこに問題の根源を見い出したからだ。側近や第一担当賢者のネオストラーニは懸命に王の思い込みの修正を試みたが無駄だった。


かえって怒りを呼び起こす結果となった。モロゾフはストラトスのデュカスへの関わりを自分への報復と考え、悪意による指導と教育だと決めつけ、そうデュカスをなじる。


お前は報復に利用されている愚か者だと。

玉座にてそう罵る王に対しデュカスはこう述べるのだった。


「愚か者かどうかは魔法で決着させましょう。国王とて師匠への侮辱は許せません。あなたの功罪のうち功を見るように努めてきましたが、もうそれも限界です。俺と国王は争う運命にあるようです。俺は運命を受け入れ、あなたに決闘を申し入れます。俺の矯正を求めるのなら魔法によって矯正してみて下さい。……できるものなら!」


「……よかろう」


この時点では間違いなく王の方が法力量も戦闘力も上だったはずである。ならばこそ王も即答したのだ。デュカスはただ怒りに燃え、怒りに身を任せていただけ。結果はどうでもよく怒りを叩き込みたいだけだった。


二三時になろうとしている頃、ふたりは森の奥深くに移動し、ひらけた場所で対峙する──



デュカスの記憶にはっきりと残っているのはここまでだった。そこから先は断片的であり虚実の混じる光景が頭にある。


翌朝まだ蒼い世界のなか、巨大なクレーターの中央で目を覚ましたとき、戦いの記憶はおぼろげだった。体は動かず彼はまた眠った。次に目を覚ましたのは国連施設に設置された監獄の中だった。


この件は暴発となっていて、彼自身も暴発と言うしかないのだが、ほんとうにそうであったかは彼もよくわからない。いまもまだよくわからずにいる。


モロゾフ王が存命であれば明らかになったのであろうが王はこの世から消滅し、千里眼にて観察していた賢者たちがふたりの結界を越えて内側を見れていれば判明しているのだがそれもかなわなかった。あまりに膨大なエネルギーが放射されていたからだ。


デュカスは石造りの席の上にあぐらをかき、メビウスの煙を頭上の空へと立ち昇らせる。


──アシュトンが言っていたように俺ひとりの力ではない。俺ひとりの力であるはずはない。が……、考えてもしょうかないか。考えてわかるわけもない。


デュカスはタバコの火を消すと携帯灰皿に吸い殻を入れ、ゆっくりと腰を上げた。名残惜しそうに彼は闘技場の武舞台を見つめ、それから足元に魔方陣を張り、その赤い輝線で描かれる円陣に身を沈めていった。



ホテルの部屋のベランダに戻るとリヒトが待っていた。何やら様子に焦燥が現れており不思議に思うデュカス。

「どうした?」


「いや、デュカス大変なことになってます。一息入れて部屋に入った方が」


「? ここで言えよ」


「昨日の取材の件ですよ!」


見当はついた。発言内容が各所に反響を生んでいるのだろう。


「あらま……誰か来てるの?」


「国防大臣と番組プロデューサーです。あとリクサスさんと議長の方」


彼は少なからず驚いた。ギルバートが来ているのかと。かなりややこしい事態である。


「どういう騒ぎなんだ?」


「ふたつあります。国を救った恩人に何と失礼な質問をしたのかという番組側に対する苦情と……」


「と?」


「あの狂った王子の恫喝を許すな、という視聴者からの苦情です、、」


「もっともな反論だ。なぜギルバートが来てるんだ」


ベランダからでもビリビリと怒りの波動が届いてくる。


「勝手に出演を決めて勝手な内容を全世界に向けて語ったからですよ……さっきミュトスさんに怒鳴ってました。お前がいながらって」


「リクサスは?」


「最初に来て騒ぎの全体像を教えてくれて、まあ周りの反応やら一般の人の反応を言ってましたね。全体的にはウケてるようですフェリルでは。否定的な意見もあるとはいえ」


「そうか……」


「そうかじゃないですよ。騒ぎを何とかしましょう」


デュカスはため息をついたあと言った。

「騒ぎになればなるだけ宣伝にもなるし。こういうの向こうでは炎上商法って言うんだぜ」


「なにのんきなこと言ってるんですか」


「ふはは…… まあいつでも遊びに来いよリヒト。ミュトスとリクサスによろしく言っといて。じゃあな」


え? という顔をしたリヒトをその場に残し、デュカスは素早く魔方陣を張ると素早く陣に潜ってゆく。


──俺の仕事は戦闘なんだ。みんなあとはよろしくね!


デュカスは胸のうちでそう言い、言ったあとは意識をノウエル……ニホンの日常へと切り替える。戻ればそこからはニホン名村井潔である。人生、切り替えが肝心である。



ホテルの部屋ではギルバートが今度はリヒトに怒っていた。


「なぜそのまま帰した! 耳でもつまんで引っ張ってくればよかろうに!」


「すみません、力足らずで」


怒りに身を震わせる議長をミュトスが諭す。

「いや議長、彼にそう言うのは酷というものですよ。あれは我々の王子なのですから」


はは、とリクサスが笑った。

「確かに。あのクソ王子が俺たちの王子なんですよ、議長。認めましょう」


「ぐ……!」


フェリル議会議長ギルバートは込み上げる怒りをこらえた。その事実に、彼はただ、頭を垂れるのみであった。


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