悪役令嬢は買い物に出かけてみる

「お父様、わたくし街へ買い物に行ってまいりますわ!」



私が高らかに宣言するとお父様が紅茶を吹き出した。あらやだ、公爵様がそんな行儀の悪いことをしてもいいのかしら。せっかくのイケメンが台無しよ。



「エル、何か欲しいものがあるならお父様に言いなさい。商人を呼びつけるからね」



お父様、クローヴィル=エトワ=セーナ=フォン=ゲッドパーツ=ヘルゾフ=フォン=インヴィディア公爵はナプキンで口元を拭うと私に微笑みかける。

お父様のこの長ったらしい名前だが、名前はクローヴィス=エトワまででセーナ以降は全て姓だ。この世界の名前はおそらくドイツ貴族がベースとなっている。ドイツ貴族は確か名前=爵位=フォン=家名だった気がする。お父様の場合、セーナとヘルゾフが爵位に当たるわけで、セーナが伯爵、ヘルゾフが公爵という意味であるらしい。ちなみにセーナとヘルゾフはドイツ語ではなく造語だ。だって、前世で公爵はヘーツォックだし伯爵はグラフだって誰かが言っていたぞ!

お父様は私にデレデレと甘い。いつも柔和な雰囲気を放っていて温厚そうに見えるがそれは「セーナ」に一蹴されてしまう。お父様は元々インヴィディア公爵家の長男だったらしいがゲットパーツ伯爵位は戦争の功績で叙爵したらしい。お父様は顔に似合わずゴリッゴリの武闘派なのだ。インヴィディアとゲットパーツは分けて子供に継がせることができるらしく、お父様はクロードお兄様にインヴィディア、私がお嫁に行けなかったらゲットパーツを継がせる気満々だ。私にはもう一人お兄様がいるんだけど…

そんなことより買い物だ。お父様はすでに商人を呼ぶ気満々で執事のグレイスと話を進め始めている。



「お父様、わたくしは街の人々と同じように直接お店に行ってみたいのですわ!」



私はお父様に私が直接お店に行きたいとどれほど願っているのかを力説した。筋道立てて説明し、言われてしまうであろう反対意見は先回りして対抗策を説明の中に織り込んでしまうことで言わせる隙を与えない。この完璧なプレゼンはきっと前世で培われたものだ。私はどこかしらの企業でプレゼンばかりの日々を過ごしていたのかもしれない。いや、セールスマンか?

私の素晴らしいプレゼンテーションにお父様が折れる形で私は条件付きで街のお店に行く権利を手に入れた。

条件といっても使用人を同伴させるだけという易しいものだが。もとより私は私付きの侍女ハンナと共に行くつもりだったため#無問題__モウマンタイ__#。

許可がもらえると勢いよく立ち上がり、さっそく出かけようとする私をお母様が止めた。



「エルちゃん、まさかその格好で行くつもりかしら?」



私は今、ピンク色のフリフリした可愛らしいドレスを着ていた。確かにこれだと動きにくいし誘拐されてしまうかもしれない。だって私美少女だし。

お母様は自分のお忍び用の服を私に着せようとうきうきしていたが結局ハンナが彼女の妹のものを貸してくれることになった。

お母様、あなたは今28歳のナイスボディです。7歳児には大きすぎます。



そんなわけで私はハンナの妹の服に袖を通してみたのだがこれがまた可愛い。若草色のワンピースに茶色のベストのようなもので、それに合わせて髪も町娘風に簡単に結い上げてもらったのだがさすが舞台がヨーロッパ風なだけあってめちゃくちゃ可愛い。

対してハンナは落ち着いた深い緑のワンピースに茶色のベスト。いつも地味な侍女服を着ているからなんだか新鮮だ。ハンナにはこっちの方が似合う。

そうこうしているうちに店の前に着いた。看板には「アイリスの雑貨屋」と書かれている。

中に入るとさすがヒロイン御用達。可愛らしい小物が所狭しと並んでいる。

私は目当ての鉛筆を探すがなかなか見つけられない。どこだ筆記用具。

鉛筆を探していると店主と目があった。



「鉛筆と画用紙はどこにありますか?」



私が店主に尋ねると店主はカウンターの裏からガラスケースを取り出した。



「お嬢様、お嬢様には鉛筆よりもガラスペンの方がお似合いだと思いますよ」



なんと、貴族だとバレた。この店主、なかなかやりおる。

店主が勧めたガラスペンは繊細な装飾が照明に照らされてとても綺麗だった。

だが私が求めているのは鉛筆だ。



「ペンだと絵が描きにくいわ。だから鉛筆がたくさん欲しいの。あと消しゴムと画用紙も」



私の発言に店主は目を丸くした。どうやらこの店にお忍びでくる貴族令嬢は皆大体ガラスペンを観賞用として買うだけで筆記はしないようで、鉛筆なんて絶対に買わないとのこと。それに絵を描くために鉛筆を買うなんて客も今までいなかったらしい。この世界は木炭か油絵が主流であるようだ。なんだよ…鉛筆で描くヒロインパイオニアかよ。



「あともしあればだけどスケッチブックとカルトンとイーゼルも欲しいわ」



すると店主は私を鉛筆など筆記用具のある場所へ案内し、自分はイーゼルを持ってくると店の奥へ行ってしまった。

筆記用具コーナーにはたくさんの鉛筆があった。それも種類はHBとFとBと2Bだけ。意味がわからん。見た目は完全にu○iだ。STAE○TLERはどうした。

そして消しゴムだが、もっと酷かった。練りゴムが無いのだ。練りゴム無しでどうしろと。

店主が戻ってきたので色々聞いてみることにした。



「鉛筆の種類は他には無いのかしら?あと練りゴムが見当たらないわ」



「鉛筆は俺が知ってるのは4種類しかないんだけどなぁ…あと練りゴムってなんです?」



店主が首をかしげる。口調もさっきより崩れてきている。こっちの方が話しやすい。



「もっと硬い鉛筆とか柔らかい鉛筆とか…あ、もっと砕けた口調の方が話しやすいです。私だけ砕けてるのも変だしお忍びっぽくないわ!」



店主は笑って口調について快諾してくれた。

今回は、無いものは仕方がないので今のところの全種類の鉛筆と消しゴムと画用紙、スケッチブック、カルトンとイーゼルを買って帰ることにしたのだが、さすがにカルトンとイーゼルを持って歩くのは大変なので届けてもらうことにした。

私がスケッチブックを抱きしめて店を出るとハンナがまるで子供の相手をしているかのように微笑んだ。いや、実際子供の相手をしているか、私7歳だし。

さて、帰ったら何を描こうか。私はうきうきスキップしながら考えていたが重要なことに気がついてしまう。

そう、練りゴムだ。奴が無いと消したときに紙が傷むし柔らかい光を描けないのだ。どうしてくれよう。


…仕方ない、作るか。


こうして私の第一の前世知識チート、練りゴム作りが始まるのだった。

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