宮廷画家は悪役令嬢
鉛野謐木
悪役令嬢は前世の記憶を少しだけ思い出す
みなさまごきげんうるわしゅう。わたくし、ローゼンシュヴァリエ王国、インヴィディア公爵家次女、エルヴェラール=フィオン=インヴィディア7歳ですわ。
さっそうよくある話で恐縮ではございますが、わたくし、前世の記憶を少しだけ思い出しましたの。わたくしはどうやら前世でいう「乙女ゲーム」というものに転生してしまったようですの。
私は部屋の中でCMよろしくふざけた決めポーズをする。誰も見ていなくて良かった。現在午前4時、使用人の中には職務を開始している者もいるが、私の家族は未だ夢の中だ。何故私がそんな朝早くに起きて茶番をしていたかというと、眠っていた時に夢の中でふと、私が今生きている世界が乙女ゲームの世界であることに気が付き、目が覚めてしまった、いや目覚めざるを得なかったのだ。
だって私は処刑されてしまうのだから。
私が見た夢は乙女ゲームの悪役令嬢エルヴェラールが処刑されるところだった。まさか某小説サイトでありがちな悪役転生をしてしまうなど夢にも思っていなかった。いや、実際夢に見たんだけど。
この世界が乙女ゲームの舞台だとは思い出したは良いが前世の自分は何者で、どんな生活をしていたのかは思い出せなかった。
しかしありがたいことに前世では当たり前にあったのに今世では無いような物についての知識も思い出すことができた。それにこの乙女ゲームには魔術があるのだ。RPGの知識で魔術もすぐ会得できそうな気もする。よし、これで転生チートができるぞ。
とりあえず乙女ゲームについて整理してみることにした。私は机の引き出しから紙と筆記用具を出すが、筆記用具が羽ペンとガラスペンしか無い。それもものすごく高そうなやつ。
そういえばゲームのエルヴェラールはヒロインが鉛筆を使っているのを見て、自分のペンを見せびらかしながら馬鹿にしていた。どうやら私は庶民の使う、安価な鉛筆は持っていないようだ。
そう、ヒロインは王立の魔術学園に通う元庶民なのだ。元というのもヒロインは、まあ、乙女ゲームのお約束設定、市井で育った男爵の娘で、母の死をきっかけに父親である男爵に引き取られるという設定の男爵令嬢なのだ。ヒロインの名前はフローラ=ブラン。またまたお約束設定、彼女は薄いピンク色の髪と瞳の可愛らしい見目に誰にでも優しい、攻略対象曰く天使のような人で頭も良い人物だ。
対して、私が転生したエルヴェラールは最高位貴族の娘である上にわがままで学園では女王よろしく傲慢な態度を取り、攻略対象以外の人々を見下し、嫉妬からヒロインには犯罪まがいの嫌がらせをしていた。天使なんて程遠い、悪魔なんて呼ばれた女だ。というかインヴィディアってなんだ、嫉妬のインウィディアじゃないか。ネーミングが安直すぎる。だがさすが作画担当が神絵師の乙女ゲームなだけあって銀髪に青い瞳の美少女だ。
さて、それより攻略対象だ。攻略対象は5人ということになってはいるが実は隠しキャラなるものがいるらしい。いるらしいというのも私はその隠しキャラが誰かわからないのだ。おそらく私は隠しキャラを攻略していないのだろう。いや、思い出せないだけかもしれないけど。
まずは王道ルートであるレオン=カイル=ローゼンシュヴァリエ王子。彼はローゼンシュヴァリエ王国の第3王子でエルヴェラールの婚約者。金髪に金の瞳のイケメン。
次に宰相の息子のウィルム=ドーラ=マクレーン。水色の髪に水色の瞳の嫌味なイケメン。確か伯爵の息子。
続いてアルム=ルイス=マクレーン。ウィルムの双子の弟。ウィルムと瓜二つだが優しいイケメン。
それからクロード=ジャン=インヴィディア。エルヴェラールの2つ上の兄。まあ、イケメン。生徒会長だった気がする。
最後にヴォルグ=リタ=イズフェス様。騎士団長のリエン=セーナ=イズフェス伯爵の御子息で黒髪に赤い瞳の美青年。寡黙で一人でいることが多いために周りに一匹狼だと思われているが、実際は寂しがり屋で人と話すことは好き。自分の見た目にコンプレックスを持っていて、いつも人気の無い場所で本を読むか剣を振っている。
隠しキャラについては何人いるのかもわからない。
ざっとこんなものだろうか。少しばかり格差があったかもしれないがまあいいだろう。これから先処刑されないためにも彼らに関わらなければ良いだけだ。あとヒロインいじめしない。絶対。というかせっかくお金持ちの家に転生したんだ、他人に迷惑をかけないならやりたいことをやってもいいだろう。好き放題やるぞ。
確かヒロインが攻略対象の似顔絵を描いていた気がする。だから画用紙と鉛筆はある。おそらく消しゴムもあるだろう。今度ゲームでヒロイン御用達だった文具屋に行ってみよう。
そう、私は絵が描きたいのだ。それも鉛筆で。できれば画材も自分で選びたい。今世の私、エルヴェラールが買い物をする時は父がいつも商人を邸に呼びつけていた。しかし、今は前世の記憶を少しだけ思い出したせいか、店に直接出向きたくなった。
私は紙とペンをしまうと時計に目をやる。現在時刻は午前7時、もうそろそろ私付きの侍女が起こしにくる時間だ。
よし、今日は朝食を食べたら街に出るぞ!
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