夢のあとさき

「何ですか、これ?」


 読み終えて顔を上げると、嬉しそうな先輩の顔が目に飛び込んできた。


「何だろうね、これ」

「先輩にも分からないんですか?」

「パッと見ただけで分かるなんて、そんな人はいないでしょ」

「ニコニコしているから、すぐに解けたのかと思いましたよ」


 言葉を交わしながらも、先輩の視線は謎の手紙に注がれていた。

 子どもが大好きなおもちゃを買ってもらったかのように、全身からうれしさを発散させている。


「また、会長からのメッセージ――ですよね」


 ちらと上げた顔をすぐに戻して、黙ったまま先輩がうなずいた。

 右手をあごに添え、何やら考えている様子。

 やがて立ち上がったかと思うとメモ帳を手に取り、再び座って愛用のモンブランを取り出した。


「ダメ。覗かないで」


 いつものように、考えているときに書いているものは絶対に見せてくれない。

 でも、この隠す動作が謎を解き終わるサインだということも、最近になって分かってきた。

 万年筆を置き、対面に座る僕へは見えないようにメモ帳を左手に持つ。


「うーん……」


 口を尖らせるように軽く唸ってから、右の壁を見た。

 視線の先にはカレンダーがある。


「なるほどね。またか」

「もう解けたんですね。さすが!」

「まぁね。私はただの探偵ではなく、名探偵だから」

「どんな意味だったんですか」

「なんで鈴木くんは自分で解こうとしないんだい? こんな楽しい時間を放棄するなんて、私の弟子ともあろう者が」


 お世話にはなっているけれど弟子になったつもりはないんですけど、とは言えない代わりに「はーい」と返事をしておいた。

 あらためて手紙を見る。


 まず、謎を解くカギは『傘』なのは間違いない。

 わざわざ必要だと書いてあるし。

 でも、下の言葉群と傘がどう絡むのかはさっぱり分からない。

 こういう時は何か気になった言葉を取り上げて、そこから広げていくと教わったけれど……。


群青ぐんじょう、って歌があったような……。でもくれないじゃなくてわざわざべにって読み仮名を振ってあるから、歌は関係なさそうだなぁ」


 口に出しながら考えている僕のことも、先輩はなぜかうれしそうに見ている。


 そもそも、なぜ二つの言葉を対比させて書いてあるんだろう。

 蝶も蜂も、蚊も蠅も、みんな飛ぶ虫なのに。

 花の蜜に集まるから蝶と蜂?

 じゃぁ、蚊と蠅は何だろう。どちらも牛に集まりそうだ。


「蜂と蠅じゃ、だめなのかな」


 ぼそっと呟いた声に、先輩が反応した。


「あぁ、偶然だけれど蜂と蠅でも大丈夫だよ」

「えっ?」

「蝶と蚊もオッケー。ただし、順番は蜂と蠅が先だね」


 これは重大なヒントなのでは。

 蝶と蜂でも、蜂と蠅でも成り立つということはキーワードは蜂だよな。

 次の方は蚊が共通している。

 蜂、蚊……なんかモヤモヤしているけれど……。

 蜂と言えばなんだ? さっき蜂に刺されたニュースが――


「あっ! 蜂も蚊も刺しますよね」

「おっ、いいところに気がついたようだね」


 先輩はソファの背もたれに体を預けた。

 この二つに共通するのは刺す、ということ。

 傘とのつながりは――「さす」だ。傘を使うときには「傘をさす」と言うじゃないか。

 もう一度、言葉群を見ていく。


 指 と 脚

 胃薬 と 目薬

 画鋲 と 糊

 魔 と あやかし

 勝気 と 血の気


 蝶 と 蜂

 蚊 と 蝿

 嫌気 と 惚気のろけ

 かすがい と 釘

 べに と 群青ぐんじょう

 味噌 と 醤油


 指すのは文字通り、脚じゃなくて指だ。

 胃薬をさすとは言わないけれど、「目薬をさす」はありだ。

 壁に刺すのは画鋲、次は……「魔が差す」か。

 血の気が差す、嫌気がさす、釘をさすとも言うよな。

 紅をさす。だから「くれない」ではなく「べに」だったのか。

 最後は醤油さし、醤油をさす、か。味噌をさすとは言わないもんな。

 順番に整理しよう。


 指

 目薬

 画鋲

 魔

 血の気


 蜂

 蚊

 嫌気

 釘

 紅

 醤油


「どうだい、解けたかな」

「ありなしクイズみたいですね。こちらのグループに共通しているものは? ってクイズ番組でもよくやっているし」

「そこから答えにたどり着くには?」


 この単語の羅列からすると……


「変換、ですか?」

「さすが鈴木くん。学習してるねぇ」


 先輩にはお世辞が通用しないけれど、自身でも本当に思っていることしか言わない。褒められて素直にうれしい。

 ひらがなに変換して、頭文字を繋げると――


 ゆめがまち はかいくべし


「墓行くべし、って……。また弥勒寺へ行けってことですかね」

「ほら、昨日はお彼岸の中日ちゅうにちだったからね」


 先輩がカレンダーに目をやる。


「お墓参りに行けば、何か夢のようなことが待っているんだよ」

「なんだろう……夢が待ち、って」

「とにかく行ってみようよ。あのお寺は彼岸になると本堂でおはぎを振舞うし」


 夢かと思うほど美味しいおはぎ、ってことだったりして。

 とにかく先輩は早く確かめたくてしょうがないのだろう。

 ジャケットを着て、車のキーを手にして僕の方を向いて微笑んでいる。

 謎と聞くと、子どもみたいなんだから。


「わかりました。行きましょう」





「おじい様も、もう少し気の利いたことをすればいいのに」


 本堂の離れでおはぎをいただきながら、先輩は不満そうにしている。

 お墓参りに行くと、墓石の裏にはビニールで包まれた百枚の宝くじが貼り付けられていた。たしかに「夢」は待っていた。


「そんな顔をしていたら、おはぎが不味いのかと思われちゃいますよ」

「このおはぎは美味しいね。小ぶりだけれど上品な甘さだ。毎年、お彼岸には食べに来ようか」

「せっかくだからこのあと花見をして帰りませんか。この辺りの菜の花は見頃だそうですよ」

「いいね。そうしよう」


 お茶を飲みながらひと息つく先輩も、この後に怪盗ドキからの予告状を解くことになるとは夢にも思っていない。




―第七謎:忘れられた手紙 終わり―

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