快速急行の道列
@bokuteki
第1話 先発16:25特急・町田山行き
「3番線に電車が参ります。ご注意ください。」
真っ青な車体が〇〇駅に流れるように到着する。私はベンチから立ち、単行本をカバンにしまう。
「扉が閉まります。ご注意ください。」
滑らかに扉が閉まる。私は自由席の中の空いている窓席にどっしりと腰を下ろす。カバンから単行本を取り出し、続きを読み始める。
新調された車内には、呼吸を始めたばかりの赤子のように、透明な空気があった。周りの乗客は、皆、各々の知り合いと会話をしている。沈黙は私の専売特許だ。
「次は△△駅に停車します。お降りのお客様はお忘れ物をなさいませんようにお気をつけください。」
彼らの中の数人が、次の駅で降りるため、体をもぞもぞと動かし始めた。私は、単行本から顔をあげ、時刻を確認する。電光掲示板には1631という数字が並んでいる。それが何時なのか、私はすぐに理解できない。アナログの腕時計と共に見て、その数字がいつを意味するのかをゆっくりと深く理解する。
特急は、途中にいくつもの駅を通過し、私を目的地へと運ぶ。
「まもなく△△駅です。降り口は右側です。ホームとの間が広く空いていることがございますのでお降りの際はお気をつけください。」
窓の外の駅に目をやれば、たくさんの人間がおもいおもいの等速度で歩いている。
すみません、
吐息混じりの小さな女声が聞こえる。その客は私の隣に座った。私は、また本を読み始める。特急は駅を出て、再び走り出す。私は、本を読みながら、自分の人生を記憶のスタート地点から思い出している。隣の女の香りが、なぜか私の記憶の奥深くにある記憶を次々に呼び覚ましているような感覚に陥る。女は、私の心に入り込んでくる。
「...will be stopping at − station. Station number ...」
私は、いつの間にか、本をカバンに入れ、彼女のことを考えていた。高嶺の花だった彼女は、私など存在していないかのように振る舞い、結局、私ではない他の誰かのものになり、私の世界から消えてしまった。私は彼女の姿や香りを思い出そうとした。だが、隣の女の匂いに鼻腔を塞がれ、何も思い出せなかった。覚えているのは、彼女の名前、だけである。親しくなかった私は、彼女に関する一切の情報を持ち合わせていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます