掌編つめ放題

madora

白い薄絹

娘は既に死んでいた。

だからこれは彼女にとってとるに足らないことだった。

裸足で掴む一本の縄は地と変わらない。

縄の台を支える召使いの震えはさながら野に生える草花が風に揺れるようだった。

宴の間の空中で、娘の身体は激しく舞った。

人々は、娘の腕が振られば唾を飲み、足があげられれば小さく声を漏らす。

七重ななえ薄絹うすぎぬが宙に紋様を描き、裾に縫い止められた鈴がかすかに音を立てた。

その場にいる者は誰一人と気付かない。

既に娘が死んでいることに。

娘の舞は初めからずっと母の手の舞であった。

娘は、母の親指が折れれば跳躍し、小指が伸びれば薄絹を一枚ずつ脱ぐ。

昔から繰り返して来たことがただ反芻されるだけである。

腕が振られ、足があげられ、また薄絹が落とされる。

七枚の布が地に落ちると、舞が終わる。

娘の身体は、母の手で音もなく降ろされた。


「褒美をとらせよう」

母の隣の金持ちが言った。

「では、かたきの首をくださいまし」

娘の声が鳴った。

金持ちは首肯した。


やがて夜明け頃、扉が開き、銀の盆が担がれて来た。


その銀の盆に、男の首はのっていた。

娘はその男の瞳を見た。男もまた娘の瞳を見た。


ああ、なんという邂逅!

なんという幸運!


盆に朝日が射し、反射する。

人々が眩しさに目をしばたたかせた一瞬、女は床に落ちたヴェールを拾い上げ、彼をこれに包んだ。

女は首を抱えて駆け出した。


扉を抜け、まだ起きぬけの街を抜ける。

ちりん、ちりん、ちりん。

ヴェールの鈴が祝福の音を奏でる。

足の指が草を掴む。大地を蹴る。

裸のままの全身が空気を切り裂いていく。

筋肉が歓喜の悲鳴をあげた。


大きな川辺に着いた時、男を天に掲げた。

風が吹いてヴェールを攫う。

額に赤い血が飛び散った。

女の名はサロメ。

彼女は今、息を吹き返したのだ。



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お題「花嫁、ゴシック、綱渡り」

お題bot*(@0daib0t)より

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