第5話 チュートリアルからハードモードて〜前編!

 


 突然だけど、

 これは僕がこのゲーム世界で、5歳になった時のお話。



(僕…5歳……今……ピンチ………)


 そう心の中でつぶやきながら凝らす視線の先には、陽炎……のような、何か………がいた。



 何この急展開。



 その陽炎(?)は白い。あと、妙に不吉を感じる細長さで…それ以外の情報が何故か読み取れない。

 なのに、なにを根拠にしてなのか、僕の本能は警報を鳴らし続けてる。


『アレは絶対危険なモノだ』と。


 僕はその本能の忠告に素直に従った。なのに……僕が警戒して目を凝らせば凝らすほど、あの陽炎は霞がかってぼやけて見える。

 このままでは見失ってしまいそうなほどだ……今は昼だというのに、視界が暗くなって……アレ?狭くもなって……アレレ?……もしかしてこれ、『気を失う寸前…』ってやつなんじゃ、ないか……?



 オイオイ…ナンデこうなった。



(いつの間にこんな恐慌状態………て、そうか、僕は、恐怖してたのか……そうだ。気を失いそうなほどブルってるんだ。僕は。身体もほら、こんなに震えて……)


 恐怖もある一定ラインを越えてしまえば現実味が無くなるということを初めて知った。


(コレが本当の恐怖……)


『なら今まで僕が恐怖していたアレやアレやアレは一体、何だったのでしょうか?』なんて、暢気な思考に脱線してしまうのは正真正銘、僕が混乱してる証拠でもあり……うん、確かにコレは、恐慌状態だ。


 とにかく、心底恐怖しているということだけは、再確認。………恐ろしい……あの、死神が。……て、いやいや……死神って何だソレ?


『……違うにしても、アレはきっと、それに近い者だ』と本能がまた忠告……いや、罵ってきた。


『アレは出会ってはいけない存在だったのに……もし出会ってしまったのなら避けてやり過ごすことが第一の条件。その前提を知らないことはそれだけで罪……いや、罰だというのに』


 本能が様々に言葉を変えて罵るのを遠くに聞きながら、この時点の僕の心が優先したのは、この例えようもない恐怖への対処よりも、ただただこの状況に至ってしまった事への後悔。


 さっきまで保証されてたはずの身の安全。それはもう既にないのは明らか過ぎた。


『無くして初めて未練する。』


 …っていうのは、この僕の16年間の人生で、もはや定番の現象だ。『また凝りもせず…』と自分に悪態の一つもついてやりたい。


 が、そんな余裕も、もう既にない。


 うん。もう一度言おう。どうしてこうなった?……もうやるしかない…のか?


「……こないの?」


 はあ?往けるかよっ……!……ってこの声……あれ?この声……


 コレ、


(………父さんの声?)


 ………なんだ死神じゃなかったのか……良かった。


「こないの?」


 『父さんだったモノ』がもう一度言う。……モノ?いやだからあれは、父さんの声だって……多分だけど。

 父さんというのは、この、『テンセイライフオンライン』の世界での、僕の父親に当たる人……のことだ。

 その父さんから発せられる言葉は、まるで物理的な攻撃力を宿したかのようだ。

 無造作に言葉をぶつけられる度、僕の身体は痛みすら感じてビグと強く痙攣した。

 もはや怖いのかどうかすら解らないよ……身体の震えだけで相当な消耗だ。もう、クタクタだ。このままヘタリ込んで寝てしまいたい…。


(本当に、ナンデこんなことに……ああ、……そうか。父さんに稽古つけてもらうことになったんだ。そんで……父さんと対峙した瞬間には……もうこうなってて……)


「臆病風に吹かれるのと慎重に機を探るのは違う。ジンくんは今、死んだね。何もかも、遅かった。特に心が。致命的な力不足は当然として……問題はそこじゃない。冒険者になりたいだなんて夢……向いてないんだよジンくんには……君に戦いは無理だ。」


 …剣は寸止めだったが言葉の刃は容赦無かった。僕の心をバッサリと斬って捨てる。 

 これは父さんなりの僕に対する親心なんだと頭が理解しててもその言葉は思った以上に肚の底に響いた。

 『言わせておくな』って?でもアレって言われた通りだからね。……言われた通りだけど……やっぱ言われりゃ辛いな。

 肚の底の……どんな神経と絡んでそうなった?鼻の先ッぽにツンとした痛み。ヤバっこれっ…泣きそうだわ…………て、え?



(『寸止め』?…… あ…… え……??)



 気付けば 僕の眉間に触れる寸前の位置に 剣の切っ先。いつの間に?

 全く見えなかった。気付けなかった。理解が追いついてなかった。言われて気付いてなお剣を認識できないでいた。


(……僕は…本当に向いてないんだな……)


ぼやけた視界に霞む剣先を見つめ、思う。


(……これが、父さんの剣……)


 数メートル先で『棒立ちだった父さん』のシルエットが気付けば『接近した姿』にいた…そんな感じだった。


 僕の眉間に剣を突き付ける父さんの姿はあまりに唐突過ぎた。

 あまりに唐突過ぎたため、接近されたと気付いた後も突き付けられた剣に目をやりつつ、なおも、『剣を突き付けられている』という事実を頭が理解するまで時間がかかってしまった。

 ……馬鹿馬鹿しく聞こえるかも知れない。でも、本当にそんな感じだったんだ。

 父さんのあまりな動きの速さと巧みさ、そしてあまりに普段とは落差がありすぎるその異質な存在感に慌てた僕の頭と心と身体が、バラバラに動いてしまってついていけなかったんだろう。


 ──僕の頭はそう理解した。


 刃引きしてある剣だったけど、父さんの力なら僕のこの小さな頭など、容易く貫通出来ていたはずだ。

 もしこれが模擬戦ではなく実戦という前提があるなら、この人の剣は躊躇なく息子を貫く用意がある。


 ──僕の身体がそう信じてしまって疑わない。


 眉間という焦点定まらぬ位置、しかも至近に突き付けられたため分からないけど……多分1mm未満の寸止めだなコレ。


(あは。確かに死んでた。今のが実戦なら……)


 ……ブルルッ


「おわあっ!!」ガキン!


 ──僕の心はこの時点で、もはやの臨界越え。情けない震えと声を解禁して不用意な行動を許可。そう。いつものアレだ。


 『敵前逃亡』


 いつまでたっても手放せないでいるこの常套手段に、また、頼ってしまう僕。相変わらずの僕だった。

 眉間に突き付けられていた父さんの剣先をとりあえず持っていた剣で弾いて逸らす。そしてこの状況から逃げ出そうと……ってアレ?

 何でだ?父さんの剣先……何で今も僕の眉間に突き付けられて……もう一度だ!


 ガキン!……て何でだよ!まだ有るよ眉間に剣先!


 弾き方がタリナイんだっ!じゃあもっと力!そうだ!力込めて!


 ガギン!おああ!まただ!ちゃんと弾いたのに!また眉間に!


 今度は身体を躱して……!ああ!追尾されてる!また!眉間に!じゃあ弾きながら!ガギン!躱す!また眉間!!ひ……あ…


 やめて!ガギン!眉間…!父さんやめて!!ガギン!また…もうやめてえええ!!!


  ガギン!!


 嫌…ガギン嫌だガキン眉間に剣…ガギン剣がガギンまた…っガキン何度も弾くのにガギン躱すのにカギン逃げてもガギン逃げても!ガギン何処までもガギン追って……ガギンくるガギン嫌だガギン怖い!ガギン眉間!ガギン剣!ガギン父さん!ガギン父さんやめ…っガギンコレ以上は…ガギン僕…ガギン僕もう…ガギン僕……ガギンぼ…ガギン狂…ガギンあが…ガギンあひ…いガギンひ…ガギひあ…ガギンガギン!ガギンガギンガギンガギンガギンガギンガギンガギンガギンガギンガギンガギンガギンガギンガギンガギンガギンギィインンン…………


 …狂いそうになった。


 実際あの瞬間は…狂ってたんだと思う。それほどに、追い詰められてしまった。我ながら簡単過ぎる。

 そしてあまりに乱暴な僕の扱いに耐えられなくなった訓練用の剣は遂に折れてしった。

 見ればぼくのと同じものであるはずの父さんの剣は無傷。それを見ただけで分かる。何から何まで違いがあり過ぎるのだと。遠すぎるのだと。

 いや、一体どこを直せばいいのか皆目検討がつかない…ということならわかった。


 そんなことを思いつつ僕は既に意識を手放しつつあった。剣同様に心がポッキリと折れてしまったんだろう。


 ………そして完全に気を失う寸前、父さんの言葉だ……遠ざかる声……でも……確かに聞いた。


「ジンくん、悪く思わないで。僕は、君の夢を全力で絶ち切るつもりだよ。『かわいい子には旅をさせるな』が、僕の教育方針なんだ……。」


(……いやいやそれを言うなら『旅をさせろ』でしょ父さん…)


 チュートリアルなのに初っ端からゲームさせない方針とか……マジ笑えない。

 このゲームのチュートリアルは、全くもってチュートリアルらしくなかった。








  そして








 僕は12歳になった。


 なんやかんや弱音吐いたが、

 僕はまだ、負けてない。


          踏ん張ってる。


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