第38話 キャンディリング2

横浜から戻った翌日、俺は午前中の講義で風紀委員会のメンバーに会った。中畑くん、佐藤くん、それに神くん。俺たちは一番前に陣取り、せっかくだから一緒に講義を受けた。教授も俺たちのことを覚えていてくれた。




川口さんの姿は見えなかった。三人に聞いても心当たりはなかった。何かあったのかもしれないが、俺にどうにかできることではないだろう。そのまま午前中の講義を終えて、四人で食事をした。




「そういえば、みんなキャンディリングって知ってる?」




俺はなんとなくキャンディリングのことを聞いてみたところ、佐藤くんは知っていた。




「ネットで話題になっているよね。」




「そうなんだ。実は明日、横浜でライブがあるんたけど、良かったら一緒に行かない?チケット代はかからないから。」




「横浜?」




みんな興味は示したものの、横浜というワードに抵抗を示した。「なんなら車で送る」と言いかけてやめた。ヤクザの車に乗せる訳にはいかないからだ。




結局、その場で解散して、俺は料理研究会の部室に行った。












部室には、一年生の三人、遠山さん、諏訪さん、福田さん、それにユウナがいた。若干気まずい気もしたが、俺は平静を装って挨拶をした。みんなしっかりと挨拶を返してくれた。俺はここでもキャンディリングのことを聞いてみた。誰も知らないと思ったが、意外なところから声が上がった。




「アイドルだろ。中学生だっけ?あたしの妹がそれにはまってる。なんだ、おまえ、好きなのか?」




ユウナだった。妹のサナは中学三年生だ。




「明日、横浜でライブがあるんだ。チケット代はかからないから行く人を探してる。」




「横浜で?」




「うん。夜から。マネージャーの人に招待されたんだけど俺も一人じゃ行きづらくて。ユウナ、サナちゃん誘って行かない?」




ユウナは聞いてみると言った。俺はユウナからの連絡を待つことにした。これで普通に出かけてこれたら、もうユウナとは大丈夫だ。俺はそんなことを考えながら、午後の講義を受けた。












「坊っちゃん、北房運輸の丸山より連絡がありました。デモ隊が百人を越えたそうです。応募が殺到して事務が追い付かないくらいだそうです。」




帰り際に来た電話は、中原さんだった。以前募集をかけた、日給二万円のバイトは、当初の予定は百名だったが、そのくらいなら集まるだろうという見なしだったが、オーバーする分には一向に構わなかったので、俺はゴーサインを出した。




「越えても構いません。二百名になってもいいです。最初はそれでいきましょう。説明会ですが、僕からも話をします。いいですか?」




「もちろんでございます。月曜の夜の予定ですがいかがでしょうか。」




「わかりました。」




月曜の夜から、いよいよ年間六億円のプロジェクトが動き出すことになった。気合いを入れねばなるまい。












その日の夜にユウナから、「サナはオーケー。あたしも行く。」との連絡が来た。土曜日の昼、一旦花房に集まって、それから横浜に行くことにした。とりあえず一安心だ。




俺は昨日調べた画像をもう一度、調べることにした。「ベースのマイは児童ポルノに出ていた」というツイートとともに貼られていた画像だ。画像検索にかけたが、「妹の秘密」というタイトルのDVDで間違いなさそうだ。六年前の作品だった。仮にマイという子が中二だとしたら、八才のときの作品ということになる。水着というか、紐を身にまとってバランスボールに乗っている。他の画像は、かなり小さいが、ソファーに座ってお尻を突き出したり、舐めるように笛を吹いていたり、倫理的に許されるものとは到底思えなかった。




肝心のツイッターからは、個人情報のようなものには辿り着かなかった。というより、この画像を上げるためだけにアカウントを取得したのではないかと思うくらい他には何もなかった。




この画像が知れたら、デビューどころではないのではないか。俺は時間を確認しつつも、大介に連絡を入れた。




「大介さんですか?神谷です。先日はどうもお世話になりました。」




「会長、なにかございましたか?」




「インターネットでキャンディリングを調べたら、児童ポルノみたいなのが出てきたんで、これ本当かなと思って。」




俺は一部始終と、ツイッターのアカウントを教えた。




「ちょっと、こちらでは確認できてないです。事実なら対応しないといけないですので、事務所で検索してみます。」




そう言って電話を切った。大介は知っていてもおかしくはなかった。「キャンディリング アイドル 評判」のようなワードで、グーグル検索の二ページ目に出ていたからだ。知っていたのかもしれない。どっちにしても、大きく問題がないのであればそれにこしたことはない。俺はそれ以上検索するのをやめて、この日は寝た。













土曜日、ユウナとサナが花房に来て、俺は店を閉めた。午後四時だった。今から出れば夕食を食べる時間が取れるかどうか、ギリギリのところだった。




「ごめん。遅くなった。」




すぐに駅に向かい、快速に乗った。瀬川組長にも大介にも連絡を入れてないが、向こうに着けばなんとかなるだろうと思った。




五時過ぎに横浜に到着し、みなとみらい線に乗り換えた。




「横浜やべえな!」




ユウナはさっきから横浜ヤバいを繰り返した。確かに建物の質も量も千葉とは段違いだった。




みなとみらい駅で降りて、クイーンズスクエア内を歩いた。結局着いたのは時間ギリギリになってしまった。




「ホールでかいな。こんなとこでやるんだ。」




「神谷さん、誘っておいて知らないんですか?キャンディリング、めっちゃ人気あるんですよ。」




ホールの内外に人、特に若い女性が溢れていた。男性ファンもいる。女性からの支持を得るアイドルはやはり強いだろう。だからこそ、あの水着の写真は気になるところだった。












「神谷というんですけど、社長の瀬川大介さんに招待されてるんです。」




受け付けでかなり待たされ、何とか入ることができた。大介は、さすがに顔を見せなかった。




ホールはすでに超満員だが、こんなに実績があるのであれば、デビュー後の成功は約束されたようなものだ。




俺は出資を断ったことを後悔したが、とにかくまずは観てみないことには始まらない。サナは感激のあまり泣きそうになっている。サナのように、コアなファンはしっかりついているのだ。あながち、出せば出した分だけリターンもあるかもしれない。












ライブは、いきなりカッティングギターから始まった。演奏は、ぎこちなさが全くなかった。場数をこなしたと思わせるプレイングだった。ボーカルの二人も、どこか気の抜けたようなハーモニーを披露したが、俺はこのときすでにキャンディリングのファンになっていた。ネットで聞いた曲が流れると、思わず歓声を上げてしまった。ユウナが俺を見て「おまえ、これ好きなの?」と聞いた。俺は「投資しようか迷ってる。」と返した。ユウナは頷いきながら前を向いた。素直にファンだとは言えないところがあったが、本当に好きになってしまった。




「キャンディリングです。今日は来てくれてありがとうございます!私たちは、横浜から日本中に元気を届けるために頑張っています。応援よろしくお願いします。」




ボーカルの一人が笑顔で手を振ると、大歓声が起きた。サナも叫んでいた。その後、踊りを踊り、新曲も披露し、カバー曲を演奏し、メンバーからの近況報告があった。




「ベースのマイです。 」




マイというメンバーの番になったとき、客席の前の方にいた客が、手に持っていたなにかをステージに向けた。マイに軽い動揺が見られた。言葉に詰まり、ステージ脇を見たりした。マイは何とか最後まで話したが、誰が見てもおかしかった。












全部で一時間ほどのステージだったが、思っていたよりも良かった。少し待機したあと、退場のアナウンスが流れた。客はドアに殺到した。それもそのはずで、出口でキャンディリングのメンバーが握手をしてくれることになっていたのだ。一般の出口もあったが、せっかくだから、俺たちも握手をしてもらうことにした。ユウナは不満そうだったが、俺とサナは盛り上がっていた。




「めっちゃ良かったですね!可愛かった!」




「ボーカルの声がいいよね。俺、ファンになっちやいそう。」




「ファンになりましょうよ!」




長い列ができていた。俺は列の中程まで来たときに、大介の顔を見つけた。




「大介さん!」




予想外に大きい声が出てしまった。大介はこっちに気づき、俺のもとに駆け寄ってきた。大介はホストのようだった。役者を志望していただけあり、顔立ちは本当に整っていた。スーツはコンサート用なのか、ダークグレーにストライプが入った派手なものだった。




「会長、わざわざありがとうございます。」




大介は俺にそう言った。ユウナとサナはキョトンとした顔をした。




「良かったですよ。キャンディリング。こんなに実力があるんなら大丈夫ですね。安心しました。僕のほうはいつでも準備はできてますんで。」




「ありがとうございます。良ければこのあと、食事に行きませんか?お連れの方もどうですか?」




大介はユウナとサナを見た。サナは目を輝かせている。大介の容姿に見とれている感じだ。俺が二人に確認すると、サナが大介に「キャンディリングも来るんですか?」と聞いた。




「みんな来ますよ。」




えー!嘘!行きたい!列に並んでいる周りの女がそう漏らした。




「僕らが行っても迷惑じゃないですか?」




「会長のことはもう話してあるので大丈夫です。彼女たちも喜びますよ。」




周りの客から羨望を集めながら、俺とユウナとサナは列を離れた。そのまま、ホールを出た。大介たちが終わるのを待つため、一旦ニナスに行き、そこで時間を潰した。




「一樹、おまえ会長って呼ばれてんのな。」




「うん。俺、会社の会長なんだ。じいちゃんの会社。名前だけだよ。大学卒業したらそこに就職するんたけど、今からちょっとずつ仕事してる。」




ユウナとサナは驚いた顔で俺を見た。




「それで、この前、仕事で知り合った人からキャンディリングの事務所に出資しないかって持ちかけられたんだ。でも、全然知らなかったから、今日こうして見に来た。だから今日は付き合ってくれて助かったよ。」




「神谷さんって、実はお金持ちなんてすか?」




「そんなことはないよ。会社の資産はあるけど、自由にできるわけじゃないし。」




俺は適当に誤魔化した。




「それより、ユウナは就活とかしてるの?」




そう聞くと、睨まれた。












一時間ほど話していると、大介から電話がかかってきた。少し離れたフレンチの店にいるとのことで、俺たちもすぐに移動した。




店の前まで来ると、メンバー全員と大介が待っていた。大介がこっちに手を振った。するとメンバーも手を振ってくれた。サナは感激のあまりユウナの後ろに隠れた。




「神谷です。こんばんは。ライブ、すごく良かったです。」




俺はユウナとサナも紹介した。サナは年齢を聞かれ、中三だと答えると、同い年のメンバーに手を引かれて店に入っていった。俺はユウナにも先に行くよう促した。




「大介さん、ライブの途中になんかありましたよね。ベースの子がマイクで喋ったときに。」




「やっぱりわかりましたか。客の一人がモニターで例のDVDを流したんです。すぐにスタッフが駆けつけたのですが、そのときにはモニターごと消えていました。」




「あれは、本人なんですか?」




「すいません。また確認が取れていません。」












店の中に入った。キャンディリングのメンバーは俺に色々と気を遣ってくれたが、俺はベースの子とはまともに顔を合わせられなかった。大介から挨拶を求められ、期待しているから頑張ってほしい、千葉にも来てください、とだけ言った。メンバーは、元気な声で「行きまーす!」と言ってくれた。みんな本当に気持ちの良い笑顔をした。




そのとき、ベースのマイだけが、うまく笑顔を作れなかった。少なくてもそのことで悩んでいることだけは明白だった。周りの子には話せているのだろうか。俺はその辺のことを聞いてみたくなった。




「みんなはこれからスターになるかもしれないけど、それ以前に中学生だから、無理はしないでほしいな。身体壊したり、メンタルおかしくしたり、一回そうなったら復帰するのは時間がかかると思う。」




俺の話にメンバーは神妙な顔をした。なんの話が始まるのか、期待と不安が入り交じった顔だ。




「悩みを相談できないチームは、良くないと思うんだよね。みんなはちゃんと相談できる人、いるの?」




「います!」




メンバーはすぐに返事をした。そりゃ、いないとは言えない。俺はマイの顔を見た。マイも頷いていた。




相談できる人がいるならいい。もしいなくても、俺の言葉と視線の意味に、マイなら気づくはずだ。人生で一番多感な時期なのだから。




「いるならいい。でもなにかあったらすぐに大介さんに言ってほしい。君たちも大変だと思うけど大介さんはもっと大変なんだ。悩みがあれば、早いうちに解決して、大介さんを安心させてやってほしい。」












帰り際、俺は大介に再度確認した。




「ベースの子のことをはっきりさせないと、この話は先には進めません。別にダメだと言っているわけじゃないんです。」




大介は大きく頷いた。そして俺に頭を下げた。

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