第20話 失踪16(修正済)

ユウナたちが仙台に着いたと連絡があった。これから、ユウナたちと事務所の職員とで、二手に別れて行動するらしい。俺は朝、横山から聞いた話をそのまま伝えた。すなわち、マコトの授業料、エミの部屋、船橋と安藤という男、の三点だ。ユウナたちはまず、マコトの部屋から荷物が運び出されたことに驚いていた。そして、なんとしてもマコトのお母さんと会うと息巻いた。俺が何もできなくて申し訳ないと言うと、すでに道の駅で二万円使ってるから気にすんな、と言って電話が切れた。辛い旅になるはずなのに、楽しんでくれているのなら、何よりだと思った。


俺は頭の中をもう一度整理した。そして今やるべきことを探った。たが、何度考えてもポスターを作る以外に思いつかない。昨日から作っている料理研究会のポスターは、最初はマジックで文字を書くだけだったが、雑誌の料理を切り抜いて張り付けているうちに、全面を料理で覆うようなデザインになった。大きさや上下を考えているうちに、かなり拘ったデザインになってきている。まだ四月だし、新入生が一人でも多く来てくれることを祈ることにした。


入院してから丸三日経った。昨日、つまり金曜は、ベッドで寝ていると驚くほど多くの来訪者があったらしい。ほとんど警備員が対応をしてくれたものの、大学の関係者と与党県議連は病室に来て見舞いを述べていった。悪い気はしなかった。特に県議の先生方に持ち上げられるのは。俺は今後も力を貸すと固く約束した。その代わりに、先日の斉藤の話を出し、雇用の創出や正規労働の増加などの政策を推し進めるようお願いした。県議の先生方は揃って頭を下げたので、最後に困ったことがあったらいつでも来るように声をかけた。


商工会からも面会の申し込みがあったが、あいにくCTなどの検査中だっため後日にしてもらった。多分、県議よりもこっちのほうが会うべきだったと思う。現会長、青年部代表など、要職はすべて祖父の会社の代表だからだ。落ち着いたら話を聞きたいと思った。また、不動産ビジネスでも始めようかと思っていたので、その助言ももらいたいところだ。


そのまま俺は考え事をしながら寝てしまった。やることがないからなのか、ベッドにいたら本当にすぐに寝てしまう。俺は年配の看護師によって起こされた。患者を起こすとしたらよほどのことだと思うが、俺は事前に中原さんと警察からの連絡は起こしてくれるよう頼んであった。


「坊っちゃん、警察の方です」


「ありがとうございます」


病院に備え付けの電話を俺は受け取った。時刻は正午を過ぎていた。電話してきたのは黒田だった。


「坊っちゃん、療養中に申し訳ございませんが、今からそちらにお伺いしてもよろしいでしょうか」


「あ、はい。大丈夫です」


「ではすぐに。警備員は今も詰めていらっしゃいますよね?」


「はい。多分」


「彼らにいつでも行けるように言っておいてください」


「え?」


「とにかく、すぐに行きます」


黒田は一方的に電話を切った。何か余程の事柄があったと見受けられる。俺はナースコールで警備員を呼び、警察から電話があった旨を伝えた。二人とも顔色を変えずに頷いた。俺は同じことを看護師にも一応伝えた。これで病院内および祖母のいる福祉施設の職員にも、非常用のマニュアルが確認されていることと思う。病室の中は静かだが、気配で慌ただしさが伝わってきた。数分後、黒田が同僚を一名連れて入ってきた。


「坊っちゃん、驚かせてすいません」


「なにかあったんですか?」


「はい。まず木島マコトの荷物が運び出された住所ですが、一軒家でして、その土地の所有者が金田大という男です。そして建物の所有者が安藤慎一です。件の男です」


「ちょっと待ってください」


俺は咄嗟にメモを取った。黒田はそのまま続けた。


「土地と建物で所有者が違うってことですか?」


「そうです。金田は三年前にこの土地を購入しました。しかしその際に一悶着があったそうです。この土地は、もともとの所有者が三崎貴博という男です。当時で七十七歳、妻子はなく、土地にはテナントビルを建てて運用していたようです。三年前に、株式会社大和から三崎に対してビルと土地を買いたいとの交渉がありました。三崎は売らないと突っぱねたのですが、そのとき、大和の前に地面師グループが現れたのです。地面師は三崎に成り済まして偽の書類を揃え、逆に大和に土地売却を持ち掛け、これを完了しました。この時点で三億円が大和から地面師に振り込まれました。」


「三億円!?気づかなかったんですか?偽者の三崎だって」


「そのようです。地面師側は書類、身分証明書など、完璧に偽装をしました。印鑑証明も勝手に変えたみたいです。大和はあっさり騙されたのです。しかし、騙されたことに気づくまでの間に、大和はこの土地を地面師から三億円で買い取り、更に第三者に売ってしまったのです。それが金田大です。金田は、地面師への入金があった頃から大和に近づき、破格で土地の購入を申し出たということです。金田はテナントを追い出してビルを壊すと、更地にすぐに家を建てました。家といっても、プレハブ小屋です。突貫工事だったようです」


「三崎の土地にですよね?」


「そうです。ただ、この時点で法務局には金田の土地であると登記されていました。その事実を知った三崎は、土地登記を変更するよう求めましたが、金田は善意の第三者ですので自分からは動かず、法務局としては限りなく黒に近い事件であるにも関わらず金田の主張を聞き入れざるを得ない、という状況になりました」


「そんなことってあるんですか?」


「同様の事例は他にもあります。とにかく家を建てたことによって、三崎も簡単に追い出すことができなくなり、年齢も相まったため諦めたようです。借地に関する法律では貸し主と借り主では、借り主のほうが有利な場合が多いのです」


「それで、そのまま金田が所有しているんですか?」


「そうです。現在では安藤が家の所有者となっています。ちなみに三崎は昨年なくなりました」


ひどい話だ。三崎は何を思って死んだのだろうか。俺は、会ったこともない一人の老人に、激しく同情した。


「金田と安藤は血縁ですか?」


「いえ、血縁にはありません」


「金田は血縁でもないのに、そのあばら家を安藤に貸しているんですか?」


「ええ。ですが法律上は何も問題ないのです」


俺は、こういう犯罪者が得をして、真面目に生きている人が損をするようなことが大嫌いだ。真面目に生きる人がバカをみるような社会に、どれほどの夢があるというのか。人が、人を蹴落とすことしか考えられない社会、それは俺の好きな日本じゃない。絶対におかしい。


「坊っちゃん、とにかく、その家に木島マコトの家具が運び込まれたのです」


「マコトが安藤と繋がっているということですか?」


「そうかもしれませんし、事件に巻き込まれた可能性もあります。安藤がどうやって木島マコトの部屋の鍵を手に入れたのかも気になります。安藤慎一と、そして金田大。この二人はもう少し様子を見ます」


「わかりました。黒田さん、今の話中原さんには?」


「私からはしていません」


「わかりました」


黒田は、不審者にご注意ください、と言い残し、帰っていった。マコトと俺との繋がりが相手に知れたら、次は俺のところに来るかもしれないと。






時間を置いて、中原さんに電話をかけた。一度頭の中を整理したかったからだ。


「中原さん、ちょっと大変なことになりました」


「どうしましたか?」


俺は簡単に説明した。どこまで伝わったかはわからないが、少なくても「詐欺事件のあった土地に住んでいる安藤という男のところに、マコトの荷物が運び出された」ということは伝えた。


「それはおかしいですな。坊っちゃん、私どももマコトさんのお母様を訪ねようと青葉学園高校へ行ったのですが、こちらも大変なことになりました」


「なんですか?」


「マコトさんもエミさんも入学はしましたが、登校していないそうです」


「え?高校に?」


「はい。エミさんは高校一年の入学式のみ出席をして、翌日から登校拒否に、マコトさんが中等部三年のときですが、エミさんが来なくなった翌日から、マコトさんも登校はしていないそうです」


「それ、どうなったんですか?」


「その後は一日も登校はしていないそうです」


「転校したんですか?」


「編入には所属校が受け入れ先に書類を提出しなければなりませんが、その記録はないそうです。つまり、エミさんは退学扱いに、マコトさんは中卒という扱いになっています」


「え、その状態で大学は受けれるんですか?」


「条件を満たせば問題はないです。大学に問い合わせてみましょう」


中原さんはそう言って電話を切った。俺は物凄く喉が乾き、ナースコールを押して看護師にオレンジジュースを頼んだ。一分足らずでグラスに入れたオレンジジュースが出てきたので、一気に半分飲んだ。味が薄いと感じた。


失踪中のマコトのアパートの部屋から、何者かによって家具が運び出された。また、マコトとエミは高校には行っていない。そして姉弟で付き合っていた…。


何もかもがおかしいというか、普通じゃない。少なくても、俺の知っている普通ではない。目の前にあるのは現実のはずなのに、まるで幻の中を進んでいるような気分になる。俺はエミとマコトと、確かに出会った。二人とも大学生だった。それは事実なのだが、最初から大学にはいなかったという気もしてくるのだ。


中原さんからの電話は、数分できた。


「坊っちゃん、大学には成績証明書ではなく、高等学校卒業程度認定試験の合格証書で受験したようです」


「え?どういうことですか?」


「高卒ではなく、大検での受験だということです。高校に通わなくても、この試験を受ければ大学を受験できるのです。二人は高校には通っていません」


「そうなんですか。俺、全然知りませんでした」


俺はジュースを一気に飲んだ。


「とにかく、マコトさんのお母様は、その当時の情報によると木島姓です。お父様とご一緒に青葉区荒巻というところに住んでいたそうです。今からそちらに向かいます」


「わかりました。ただ、調べてほしいことがあるんですけど、エミ先輩の中等部時代の友だちと、高等部での担任の先生、もしわかったらこの二人に話を聞いてほしいんです」


「かしこまりました。また連絡します。坊っちゃんも、我々が戻るまではどうかご安静になさってくださいませ」


マコトとエミは高校には通っていなかった。マコトはそもそも高等部には入学していない。エミは初日のみ行って、以降は通っていない。私立の高校に入学したものの、初日しか登校しない理由は何か。入学式の日に何かあったのか、それとも家庭の事情なのか。同じように、うちの大学でも四月の早い時期に来なくなった、ともいえる。マコトとエミに何があった?そして今、何が起こっている?






昼食後、午後の日差しを暖かく感じた。いい加減、身体中に刺さっている管が鬱陶しくなったので、ドクターを呼んで相談した。


「坊っちゃんすいません。腎臓の手術でしたので、万一のこともありますので尿道の管はまだ取れません。首の管は人工透析ですのでこれもまだ必要です。腕を一本にまとめましょう」


「頼みます」


「右手でいいですか?」


「はい!」


右手の注射の管が左手に移された。右手が自由になった。これだけでもだいぶ違う。俺は尿道の管がいつ頃取れるのか聞くと、


「一週間と思ってください」


と言われた。本来ならもう取っても差し支えはないかもしれないが、若いドクターは、俺の腎機能に万が一の障害なりが残ることを心配してくれた。ありがたかった。正直にいえばすぐにでも管を抜いて走り出したいところだったが、きっと今は安静にしなければならないのだ。人生の中で、きっとそういうときもある。入院していなかったら今頃は仙台に行っていたか。尾見くんたちは上手くやっているだろうか。俺は急にコーヒーを飲みたくなった。コーヒーを飲みたいとドクターに相談すると、あまり良くはないですが一日一杯程度でしたら良いです、と言われたので、看護師を呼び出してドクターの分もコーヒーを買いに行ってもらった。ドクターはすいませんと言いながらも、迷惑そうな顔はしていなかった。






「そういえば坊っちゃん、さっき院内に流れた防犯マニュアルは、なんだったんですか?」


「すいません。俺なんです」


俺は大体のあったことを説明した。どこから言えばいいのかわからなかったので、マコトとエミの失踪から話した。


「その地面師とマコトって人が繋がっていた場合、次は坊っちゃんの財産を狙って来るかもしれないってことですか」


ドクターは、看護師が買ってきたコーヒーを飲みながらそう言った。


「まあ、この病室には絶対に入れないですね。あの警備員も強そうですけど、今うちの病院はセキュリティが発動してますからね。テロ組織でも入って来れないですよ。でも坊っちゃん、株式会社大和って、うちの系列じゃないですか」


ドクターは言った。


「そうなんですか!?」


「確かそうですね。健康診断で大和の人たち、毎年来てます。今年も来ますよ」


「そうなんですか。連絡取れますか?」


「もちろんです。それでしたら中原さんに言うのが早いんじゃないですか?私はちょっと、すぐにはわからないんで」


「そうですよね。わかりました。ありがとうございます」


思わぬところで繋がりが見えた。どうなるかわからないのであれば、話を聞いても無駄かもしれないが、どんな小さなことでもいいので手がかりがあるかもしれない。あの土地に、マコトとの繋がりがあるかもしれないのだ。俺は中原さんに再度連絡を入れた。中原さんに事情を話すと、すぐに手配します、とだけ言い電話を切った。こういうときの中原さんは電光石火だ。誰よりも早い。





花束を持った大和の社長が現れたのは、ちょうど一時間後だった。


「株式会社大和、社長の奥井でございます。お祖父様には大変お世話になりました。今度は坊っちゃんにお呼び立ていただき、光栄に思います!」


名刺を差し出した。肩書きには、株式会社大和代表取締役社長、とあった。


「お忙しいところわざわざすいません。あの、寝たままで話すのをお許しください」


「とんでもございません。坊っちゃん、どうぞそのままお話くださいませ」


奥井が恐縮したので無駄話は切り上げて本題に入った。マコトのこと、荷物が運ばれた先の土地、過去の地面師事件のこと、奥井は終始驚いたような顔で俺の話を聞いた。


「大和の損害は大丈夫なんですか?三崎に対して賠償はしたんですか?」


「坊っちゃん、お気にかけていただきありがとうございます。面目もございません。我々の損害につきましては、今年度で補填分の穴埋めが完了する予定でございます。三崎様にはなんとか条件付きで許していただきました」


「どんな条件ですか?」


「簡単にいえば、あの土地を必ず金田の手から取り返すというものです」


「金田は黒なんですか?」


「金田は、不動産売買のプロです。あの辺り一体の地上げを行うために、銀行から融資も受けています。三崎様は金田の言葉には乗らなかった。すると金田は地面師グループを用意して、ビルごと土地を奪い取りました。その隣の区画ですが、パチンコ店がありますが、この春からの規制のため店を畳み、すでに金田へ売却が決まっています。さらに隣の区画には幼稚園の入ったビルがあり、現在こちらの地上げに乗り出しています。それが完了し次第、高層マンションの建設に乗り出すとの専らの噂です」


俺は地図を見た。駅の南口一帯の地域で、何度も通ったことがある。そんな大がかりな計画があるとは知らなかった。


「でも、その話を聞く限りでは、金田は全うな商売人のように聞こえますね。地面師詐欺以外は」


奥井は顔を強ばらせた。


「とんでもございません。地上げ屋が全うな商売だと私どもは認識しておりません。現に幼稚園やその上の階のテナントには、追い込みをかけていますが、やり方は見ていられません。」


「銀行から融資を受けてるんですよね?信用があるってことではないんですか?」


「融資の利息分だけで、月五百万円ほどになると予想されます。長引けば金田に不利になるのです。幼稚園は代替地もありませんし、頑なに断り続けていますので、今は幼稚園に通うご家庭にまで出向いて、入園者を一人ずつ買収しているのです」


「随分詳しいですね」


「土地売買に間する情報は、私どもの命です。パチンコ屋がすぐに売却に応じたのはなぜだと思いますか?」


「規制が行われるからじゃないんですか?」


「それもあると思いますが、要は北朝鮮の企業だったのです。売り上げは総連から本国に流れていたと言われています。そして金田も通名です。本名は別にあります」


「ちなみに、高層マンションが完成したら、どれくらいの収益になるんですか?」


「百億円はくだらないと思います」


俺は、別に国籍で差別をするわけではないが、ルールを守らない外国人がでかい顔をしたりでかい商売をすることに、嫌悪感を覚えた。金田にはめられた三崎さんは、俺たちを信じてあの世へ旅立った。何より、金田がはめた株式会社大和は、俺の祖父の会社だ。祖父に喧嘩を売った以上、黙ってはいられない。喧嘩になったらどんな手を使ってでも絶対に負けるな。祖父の口癖だ。俺はこの言葉が好きだ。勝てなくてもいいから絶対に負けるな、とよく言ってた。勝負は次に持ち越してもいい。でも、一回負けたら相手は一気に付け上がる。だから、絶対に負けられないのだ。


「この街でそんな奴らに好き放題は絶対にさせたくないです。奥井さん、話してくれてありがとうございます。プロジェクトチームを立ち上げましょう。予算はいくらでもあります。奥井さんのところからも動ける人を何人か出してください。幼稚園を守って、三崎さんの土地を取り返し、パチンコ屋の跡地も掠めとります」


奥井さんは俺に深々と頭を下げた。一瞬、俺はマコトとエミのことを忘れていた。


奥井さんが帰るとすぐに中原さんから電話があった。俺は今あったことを報告しようとしたが、


「坊っちゃん、木島家に来ましたが完全な空き家です。少なくとも数ヶ月は誰も住んではいないようです。ちなみに、目と鼻の先に朝鮮学校があります」


淡々と話した中原さんの言葉に薄ら寒さを感じた。

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