第19話 失踪15(修正済)

マコトの家に向かったヒロコから携帯に連絡があったのは、二十時の少し前だった。


「一樹くん!」


ヒロコは興奮しながら大きい声を出した。ヒロコには、以前マコトの家とエミの家に行った黒田という刑事が付き添っている。あのときベランダをよじ登っていた相棒も一緒に違いない。


「なにかあったの?」


「ないの!なんにも!」


「え?」


「家具も何もないの。一つもないの!」


明らかな異常事態だと思った。


「ヒロコ、刑事さんに変わって」


俺はヒロコを信用していない訳ではないが、ヒロコ以外の人間の意見が聞きたかった。すぐに電話口に聞いたことのある声が出た。


「坊っちゃん、引っ越したあとみたいですね。家具が何もありません。少し調べますか?」


「お願いします」


嫌な感じしかしない。マコトがアパートに帰って来て家具を運び出したというのか。なぜ俺たちには連絡を寄越さないのか。いや、というより、他の誰かが家具を持ち去ったと考えるほうが自然だ。また、このことで、少なくてもマコトの失踪は確定したといっても良い。


俺は、電話を切ったあとすぐに中原さんに連絡して、ことの顛末を話した。すぐに確認します、と言って中原さんは電話を切った。いつの間にか、音のない雨が降っていた。窓は雨に濡れて、ひっそりと湿気が室内に入ってきたような感覚を覚えた。俺は作りかけの料理研究会のポスターをサイドテーブルに置き、代わりにあの日のメモを手に取った。






マコトとエミは行方がわからない。確

エミは俺と約束があった。確

エミは2日間着た服や下着を着替えずにどこかへ行って、まだ戻らない。確

エミの部屋に男の髪の毛。確

エミの部屋の窓は鍵が開いてた。確

マコトはエミが好きだった。確定

エミとマコトはかつて付き合っていた。確定

マコトはバイトを無断欠勤。確

マコトはサラ金に借金三百万円~五百万。確

マコトは大学に通っていなかった。確(2重線)

三百万円はヒロコに?

ヒロコのバックにチーマー?

金はヒロコから亀井へ






マコトは、ヒロコの借金を肩代わりし、サラ金から金を借りた。しかし、三百万円が五百万円になった理由は結局わからないままだ。とにかく言えることは、マコトはエミを好きだった。そして、エミは俺と寝た。二人が消え、マコトの部屋が片付いていた。


マコトの母親が来て片付けた、と考えるのが最も自然かもしれない。そして二人は母親と一緒にいる可能性が高い。でももし、それ以外の人間が片付けたのだとしたらどうか。一体なんのためにという疑問は残る。考えられるのは借金のことと、エミのこと。二人が姉弟なのだとしたら、エミがマコトの借金を返すために働く、ということも考えられなくもないが、俺たちに連絡をしないというのはおかしい。少しでも出費をなくすためにも、マコトの部屋は解約した、というところか。だとしたら、エミの部屋はどうなのだ。


そもそも、こんな額のために、学歴を棒に振るというのか。授業料を滞納してるのならあるいは可能性はあるが。


これは中原さんに調べてもらう必要がある。今年度の授業料を納入しているかどうか。そしてエミの家はどうなっているのか。それによっては、二人がすぐ近くにいる可能性もあるし、場合によってはすぐに会えるようになるかもしれない。エミのお父さん、木島さんには何かある度に連絡を取っていたが、マコトの木島姓が判明してからはまだ電話をしていない。進展があったわけでもないし、木島さんに連絡を取るのは明日でもいいように思えた。


中原さんから電話がきたのは二十二時を過ぎてからだった。俺は少し寝ていた。管の痛みや動けない苦痛、入院生活はかなり疲れる。


「坊っちゃん、遅くなり申し訳ございません。警察から報告がありましたが、近隣住民への聞き込みによりますと、本日の午前中に荷物が運び出されたようです。二トンのトラックが停まっているのを複数の住民が目撃しています。業者は特定できませんが、現在、県下の複数の運送会社に照会しております」


「わかりました。ありがとうございます」


「坊っちゃん、明日の仙台行きは予定通りでよろしいでしょうか」


「お願いします。遅くまで働かせてすいませんが、大丈夫ですか?」


「問題はございません。ただ、もし直接マコトさんのお母様とお会いすることができたとしても、今坊っちゃんがエミさんのお父様にしている配慮は無駄になってしまうかもしれませんな」


「それは、姉弟か確認するということですよね。中原さんに任せます。知らなくて良いこともあるけど、知ったほうが安心するってこともあると思うんで」


「わかりました」


中原さんはゆっくり答えた。もしかしたらマコトとエミの関係については、お蔵入りした方がいいのかもしれない。そう、言っているように聞こえた。


「中原さん、調べてほしいんですけど、マコトは大学の学費を納入していたんでしょうか」


「それでしたらすぐにわかります」


「お願いします。明日でもいいです。あと、エミ先輩の部屋の様子も知りたいんです。あ、お父さんに聞くって手もあるんですけど、なんだかお父さんには連絡し辛くて」


「エミさんのアパートがマコトさんのアパートと同じになっていないか、ということですな。わかりました。そちらもすぐに手配します」


「あ、でも、今日はもう遅いので、明日とかでもいいんですけど」


「坊っちゃん、遠慮されますな。私どもは神谷家に忠誠を誓っておるのですぞ。ただでさえ事務所の者が坊っちゃんに迷惑をおかけしてしまっているのに、ここで動けなければ私どもは坊っちゃんに顔向けできませぬ」


「中原さん…、」


「坊っちゃん、マコトさんの学費とエミさんのアパートの様子、確かに了解いたしました。報告は明日にします。明日は朝から出かけますので、連絡は私以外の者から入れさせます。では」


中原さんはもう還暦だ。どこにそんなエネルギーがあるのかと疑いたくなる。俺もああいうふうに年を取りたいと思う。少なくとも、だらしなく金を使いきるだけの人間にはなりたくはない。






4月21日(土)


翌朝、今から出るとの連絡を、ユウナから受けた。車で行くことにしたらしく、中原さんの車にユウナたち四人が乗り、もう一台に事務所の職員が車で追走することになったそうだ。そっちには職員が二人乗っている。仙台まで何時間かかるのかわからないが、俺は急に彼らに対して申し訳なくなってきた。別に俺のわがままを聞いてもらってる訳ではないが(中原さんの事務所の人たちにはわがままに他ならないが)、ユウナたちを顎で使っているような錯覚を感じたのだ。今はそう考えてしまっても仕方ない気はするが、帰ってきたらちゃんと労おうと思った。


朝食を取ったら、中原さんの事務所の人が訪ねてきた。中年の男性で、横山と名乗った。


「神谷様、早速ですが、木島マコトさんの今年度の学費ですが、すでに全額納入されています。木島エミの家は特に変わった点はございません。それと、木島マコトの引っ越し業者が特定できましたので話を聞いたのですが、引っ越しを依頼した人物が特定できました。安藤と名乗ったそうです」


「本当ですか?わかりました。引っ越し先はわかったんですか?」


「船橋です。詳しい住所は船橋市本町3丁目…」


横山はメモを残した。


「わかりました。ありがとうございます。変なことを調べさせてすいません」


「いえ、中原からすべて聞いております。神谷様、お友だち見つかるといいですね」






横山はすぐに帰った。大収穫だ。安藤という男、そして引っ越し先の船橋、すぐにでも動きたいが、どうすることもできない。俺はポスターの製作に戻った。

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